いじめっ子


 ここに、1人、アシュ=ダールのことをこよなく憎み、余さず大嫌いな少年がいる。


 クレスト=リチャード。


 このクラスを取り仕切っているボスであり、陰でいじめを先導している張本人であり、リアナのことがとにかく大好きな男である。


 クレストは、名門レッサーナ魔法学校でも天才と名高い麒麟児であり、この特別クラスでもトップの成績で選抜された。しかも、そんな自分の実力に驕る態度はおくびもださない好青年。しかし、それは仮初の姿。心の中での自尊心は相当なもので、常に最上の高みで、他の生徒を見下ろす……



「では……期末テストの成績を発表する。1位……アシュ=ダール、496点。2位……は同点でリアナ=ハイムとクレスト=リチャード、476点。3位……ジル=セルガー、456点。4位ーー」


 バキッ……バキバキバキバキッツ……


 クレストは、机の中に潜ませている鉛筆をへし折ることで、自身の感情を表現した。


 憎きアシュの後塵を拝したのは、これで3回連続。家へ帰れば一心不乱に机に向かい、眠気を抑えるために鉛筆を素手にぶっ刺し、毎日神アリストへのお祈りも欠かしたことがない超努力家で見栄っ張りの彼の自尊心がバッキバキ。


 バッキバキである。


 しかし、表情はいつも通り柔和を崩さない。学力程度のことで、右往左往、一喜一憂するのは愚者の振る舞いだ。そのマグマのように煮えたぎった感情とは裏腹な、微笑みの仮面をクレストは脱ぎ捨てない。


「じゃあ、答案を取りにこい……アシュ」


 教師ジャスパーに呼ばれると、首席魔法使いは不満気に立ち上がり、クレストの横を悠々と通り過ぎて答案を受け取る。そして、戻って来る時に、


「さすがだな、アシュ。座学にそこまで夢中になれる君が羨ましいよ」


 俺は、全然本気出してないから、全然悔しくない、と言外に残しながら、クレストはさも友達かのように、声をかける。


「……おかしいな。この魔法は、僕が描くシールの方が美しいのに。答案が間違っているとは、名門レッサーナ魔法学校も質が低下しているんじゃないか」


 そんな言葉を全く無視して。スタスタとブツブツつぶやきながら通り過ぎるアシュ。完全なるアウトオブ眼中。文字通り視界は愚か、意識にすら彼の存在は入っていない。


「……」


 バキッ……バキバキバキバキッツ……ポタッ……ポタッ……


 悔しい。悔しさのあまり2本目の鉛筆を握りつぶしすぎて、机の中で血液が滴り落ちる。しかし、口に出すことはない。笑顔の仮面も外すつもりはない。


 その時、


「こらっ、アシュ。せっかく、クレストが話しかけてくれてるのに無視はないでしょうが!」


 リアナが横やりを入れる。とにかく、アシュに話しかけてくれる人は全力で大事にしたいお姉さん美少女である。


「あ……ああ。すまないね、存在が視界に入らなかった」


「……いや、全然気にしてないから」


 嘘である。


 今にもマウントをとって、ボッコボコにしたい衝動を必死に抑えながら、彼はこの瞬間も笑顔の仮面を被る。


「次……リアナとクレスト」


 教師から呼ばれて、2人は立ち上がって答案を取りに行く。


「エヘヘ……お揃いだね」


「……ああ」


 そんな微笑ましいやりとりに、クレストの心は幾分救われる。あのアシュクズを除けば、この2人は常に順位を争ってきた。不思議と彼女に負けるのは悔しくない。むしろ、接戦を繰り広げた清々しい心地よさすら感じる。


 互いに席に戻った時に、


「……なんだ、リアナ。問い34で間違えたのか」


 と、隣の席に座っているアシュの声が聞こえる。そして、同時にリアナが自身と同じ問題で間違えたことを知る。


 もはや、運命でしかない、そうクレストは確信した。


「そうなのよ、最近忙しくってここの範囲が満足に復習できてなくて」


「ここは、だったぞ。勉強していれば、よほどの屑じゃなかったら絶対に解ける問題だった。これが解けなかったら絶対的に魔法使いとしての資質を問われるぐらいの。そんな問題に、君が間違えたのは意外だったな。へー」


 バキッ……バキバキバキバキッツ……


「……相変わらず、君は嫌な子ね。誰かさんの悪戯の後始末に時間がかかったせいな・の・に」


 そうアシュの額を指でコツンと小突く。


 バキッ……バキバキバキバキッツ……


「うっ……この問題は、ハッキリ言って超簡単だが、まあ、時間がなかったなら仕方ないか。しかし、逆によく勉強をしたにも関わらず、この問題を間違える魔法使いの適正がないバカでなくて安心したよ。仮にも同門である君がそれでは、僕が恥ずかしい思いをするからね」


 バキッ……バキバキバキバキッツ……







 この日、クレストは、10本の鉛筆をバッキバキにした。

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