修練


 ジルの予想に反して、アシュの教え方は非常に丁寧でわかりやすかった。決して、できないことを笑わずに、できない原因を検証し提案する。不意にその端正な顔が近づき、不覚にも胸の鼓動が高鳴るのを、勤勉美少女は必死に否定する。


「だから、この線が……聞いてるのかい?」


「き、聞いてるわ!」


 学校中の嫌われ者に見とれていたなんて、死んでも知られたくない。というか、知られたら、私、死んじゃう。


「そうか。じゃあ、言った通りにやってみよう……時間的にもこれが、最後かな」


「……はい」


 息を静かに整えて。先ほどのアシュが描いたシールを思い浮かべながら、静かに、彼女はシールを描く……少しだけ彼の顔が意識を掠めたまま。


<<水の存在を 敵に 示せ>>ーー氷の矢アイス・エンブレム


 その詠唱チャントと共に、掌から水が発生する。それは、微小だが紛れもなく彼女自身が放ったものだった。


「出……た……やった……やったやったやったぁ!」


 嬉しすぎて、思わず飛び跳ねて喜びを表現するジル。


「ふむ……まあ、悪くはないけど一瞬集中をきらしたね。本当はもっと大きな水柱が出たはずなんだけど……なにを考えていたんだい?」


「な……なんだっていいでしょ!? それよりも、水魔法が使えたってことが大きな進歩なんだから!」


 顔を真っ赤にしながら、慌てながら、勤勉美少女は弁明する。


「……まあ、君が嬉しいなら、それでいいんじゃないか? おっと……もう授業が終わりじゃないか。なかなか有意義な時間が過ごせたよ。を教えると、基礎の復習になるからね」


「なっ、なっ、なっ……」


 最低な捨て台詞を残して、スタスタと教室に戻っていくアシュ。


 呆然としているジルに、後ろから肩を叩かれる。振り向くと、そこには亜麻色ロングの美少女が立っていた。


「リ、リアナ


 絶対的な人気美少女に話しかけられて、思わず噛んでしまった。同性から見ても彼女は高嶺の花だ。もちろん普段は話しかけることなんてできはしない。


「ごめんね。アシュに悪気はないの。本当よ」


「悪気が……ない?」


 いや、むしろあの言葉から、悪気以外のなにを汲み取ればいいのだろうか。


「極度の意地っ張りなのよ。本当は、あなたと一緒のペアになれてすっごく嬉しかったのよ」


「そ、そうかな!? 本当にそうかな!?」


 聖母すぎる性格にも程があるでしょうあなた。少なくとも、そんな仕草なんて微塵も感じられなかった。


「本当よ。嬉しかったから、あなたになんとか『よかった』って思って欲しくて、必死に考えて教えていたのよ」


「……」


 確かに、口調こそ無愛想だったが、決して投げ出さずに辛抱強く教えてくれた。


「ねぇ、ジルちゃん。あいつ、友達が極端に少ないから。今後も仲良くしてくれると嬉しいな」


 リアナは、そのか細く長い指で、ジルの手をギュッと握った。その小さく端正な顔は。まるで絵画に描かれた天使のような笑顔は。同性のジルすらも見てれてしまうそのフォルムは。『了承』以外の回答を決して引き出させないものであった。勤勉美少女は、深く深く頷いて、それに応じた。


「ほっ……よかったぁ」


 胸を撫で下ろして、まるで自分のことのように喜ぶ彼女を見て、


「あの……もしかして……アシュのこと……」


「ばっ……そんなんじゃない。ただ、あの子が私の家に来て、弟のように接してたから、心配なの! ただ、それだけ」


「……」


 顔を真っ赤にしながら慌てふためくリアナに、一抹の嫉妬を、自覚した。ああ、可愛いなぁ。きっと、彼女には手に入らぬモノなどないのだろうな、と。同時に、凄く趣味が悪い、とも。一生の不覚にも、彼に見惚れてしまった自分は棚上げにして。


「本当よ?」


 もう一度念押しする彼女に、やっぱり、趣味が悪いと思う。


「じゃあ、そういうことにしておきましょうか?」


 少し、悪戯心が掻き立てられて、そんな風な物言いをした。決して、嫉妬からじゃない。そう自分に言い聞かせながら。


「ああ……そ、その言い方だとっ」


「だと?」


「……なんでもない。と、とにかく、アシュのことをくれぐれもよろしくね」


 そんな台詞を残して、その場を逃げるように、亜麻色ロングの美少女は走って行った。

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