ローラン=ハイム編
国別魔法対抗戦
国別魔法対抗戦は、国家間同士の言わば戦争であると言われている。所属する学校の代表者を戦わせる祭典に、そこまで物騒な言葉が使われるのには理由がある。あらゆるものに魔法が使われているこの大陸にとって、魔法使いとは貴重な人的資本である。すなわち、若者の代表が競うこの戦いが国家の今後の隆盛を占うと言っても過言ではない。
そして、毎年執り行われる公正運営委員会において、メンバーが大いにざわついていた。
「……今、なんて言いましたか? ライオール殿」
そう訊ね返したのは、セザール王国筆頭大臣のリデール=デンドラ。この王国は、大陸の4分の1を占める超大国であり、公正運営委員会を取り仕切る委員長である。自分が取りまとめることで、なんとか自国を有利に導きたいと考えていたが、目の前の白髪老人の言葉が幻聴でなかったら、全てを練り直さなければいけないだろう。
「わ、私も聞こえませんでした。もう一度おっしゃっていただけますか?」
そう丁寧に聞くのは、ダルーダ連合国元首のフェンライ=ロウ。小さな島々から成るこの国は、貿易で莫大な富を築いている。今回の開催場所であるナルシャ国の要人をすでに買収して、着々と勝利までの道筋を模索している。しかし、ライオールの言うことが嘘偽りではないとすると、想定の3倍を超える予算を投じなければいけないだろう。
「……僭越ですが、私もあなたの言葉が聞き取れませんでした。と言うか、耳に入った言葉が仮に聞き取れていたとしたら……正気ですか?」
そう詰め寄るのは、ギュスター共和国陸軍魔法総長のバルカ=グンゼ。ナルシャ国の隣に位置し、最近軍事発展が著しいこの国は、今回の対抗戦で是が非にでも上位に食い込む必要がある。そして、もし先ほどの言葉が幻聴でなかったら、学生たちに更に多くの檄を飛ばさねばならないだろう。
まず、彼の存在を知っていた有力な国の首脳が、取り乱した様子で立ち上がり、他の国々の首脳がざわつく。しかし、その喧騒を巻き起こした白髪の老人は相も変わらずに柔らかい笑顔を浮かべている。
「おや、私の言葉が小さかったようですな。それならば、もう一度言わせてもらいます。今回の国別対抗戦、ナルシャ国の顧問は、アシュ=ダール先生です」
*
そこは館と呼ぶにはあまりにも奇妙な場所だった。庭を埋め尽くす程の墓標。常人ならば吐き気を催すほどの死臭。その中心にあるのは無機質な黒鉄で建てられた、まるで要塞とも言える巨大な建造物。
人々はその場所を『禁忌の館』と呼んだ。
「セブラキュセブラマカラーヌ……ボラ」
ブツブツつぶやくのは、墓と墓の間にハンモックを括り付け、パラソルを立てて、優雅に寝そべって読書に勤しむ、大陸一不謹慎であろう男。20代ほどの若い男にも関わらず、その髪は全て白く染まっている。黒いテールコートにシルクハットを被り、漆黒の瞳で、尋常ならざる速度で文字を追っている。
彼の名をアシュ=ダールという。
『大陸一の美男子』、『至高の紳士』、『天才闇魔法使い』等、様々な異名で称されると自称するが、実際に呼ばれているのは『エロロリ魔法使い』、『最低性悪魔法使い』、『ナルシストキチガイ魔法使い』。どこまでも自己と世間との認識に乖離が埋まらないこの男は、それでも「ふっ」と不敵に笑えるほどの圧倒的な精神力を有している。
曰く『天才とは世間に受け入れられぬものなのだ』と。
「アシュ様、なにを仰ってるのですか?」
優雅な手つきでテーブルのカップにダージリンを注ぐ美女。
アシュは彼女をミラと名付けた。
「……わからないのかね?」
「はい。申し訳ありません」
「ククク……クククククハハハハハハハハハハッ! ハハハハハハハハハッ! ハハハハハハハハハッ!」
バンバン。
バンバン。
なにがツボにハマったか、足を地面に何度も叩きつけながら笑うキチガイ魔法使い。
「……」
「ソバラタジローバック……ダロ!」
「……」
「セルデバロラ……マロ!」
「あの、大丈夫でしょうか?」
とうとう気が触れてしまったのかと、 決して主人の心配でなく、自らの身の危険を心配する美人執事。
「ククク……勉強不足だな、ミラ。これは、古代リブロフ語と言ってね。ちょうど面白そうなイラストの書物があったので、辞書をひいて勉強していたまでだよ。人間、知識的探究心を失えば、死んだも同然だからね」
「いえ、リブロフ語はすでに習得しております」
「……え?」
曰く、『お前、なにを仰ってるんですかって、言ったじゃねーか?』。
「私は、あなたが古代リブロフ語で、『彼女は、その太ももで彼の股間を擦りつけて喜んでいた』とつぶやいていたので、『なにを仰ってるんですか?』と尋ねただけです。ついでに申し上げれば、その後、古代リブロフ語で『僕は異常性欲者だ』、『寂しがり、慌てん坊、そして甘えん坊』などと意味のわからない言葉をまくし立ててきたので『大丈夫ですか?』と問いかけた次第です」
「……」
「……」
・・・
「……対義語……か」
「……」
もはや、いい訳なのかすら、不明だった。
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