あなたは……


「貴様ぁ!」


 地に伏すデルタを見て、レインズは激昂しながらロキエルに突っ込んでいく。せせら笑う怪悪魔は、満身創痍の騎士に攻撃を加えず、ただその様子を至福の表情で眺めながら攻撃をかわしていく。 


「……ある程度の時間、ロキエルを引き付けられるかい?」


 ミラとデルタの元に近づいたアシュが尋ねる。


「かしこまりました」


 その命令に、執事は悟る。『ある程度の時間』が『別れの時間』であるということを。目線でデルタに目いっぱいのお辞儀をしながら、ミラもまた怪悪魔との戦闘に加わる。


 一方。


 自嘲したように。地面で倒れているデルタは、アシュに笑いかける。すでに致命傷を負い、治療が施せるレベルではない。こんなところで死ぬ気などなかった。ましてや、敵の、しかも生きてもいない者のためになど。


「ははっ……滑稽でしょう? 人形を庇って、死ぬんですから」


 我ながら、バカすぎる行動だったと振り返る。誰もが不幸にならない国を作るために、多少の犠牲は厭わない覚悟もしてきた。しかし、その時になってみれば、千人どころか、一人の女性すらも見過ごすことは出来なかった。


「……君は潔癖過ぎた」


 アシュは、そうつぶやく。その表情からは、なんの感情も読み取れない。


「本当……なんでだろうな」


 意識が遠のくことを感じながら。デルタは、先ほどの行動を振り返る。反射的に、その黒褐色セピアに染まった髪が目に入って――


「……ふふっ。アシュ先生。思い出しましたよ」


 あなたが抱く彼女の顔を。


 今と同じ表情を浮かべているあなたの顔を。


「……」


「あなたも……結局、心に刻んでいるんじゃないですか」


「……」


「ふふっ……ふふふっ……幾十年かぶりに……笑った気が……します」


 血を吐きながら。顔面蒼白になりながら。デルタは心から、笑う。


「……そうか」


 アシュは、ボソッと、つぶやく。


「ふふふっ……しかし……先生……あなたも……滑稽だ――「、死ぬ前に君に聞きたいことがある。閃いたんだ」


 そう言って、アシュは耳に口を近けて囁く。


「……ふふふっ……こんな時に……も……あなたは……アシュ=ダール……なの……ですね」


 そう言い終わり。


 静かにデルタは首を縦に振る。


「クククッ……やはり……ということは……」


 闇魔法使いは、満足げな表情で、笑い。


 彼の服の中を探り始める。


 なににも縛られぬ、その振舞いが。


 その狂気に満ちた微笑みが。


 デルタの見る最後の光景となった。




 

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