上昇


 アシュの手に納まっていたのは、小袋だった。興味深げな瞳を傾けながら、その中を覗き込み、無数の粒を全て口に放り込む。舌を伸ばし、決してこぼさぬように。これから起こるであろう激痛と凶衝動を受ける覚悟を持ちながら。


「……う゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛っ」


 その尋常ならざる叫び声に。怪悪魔は、闇魔法使いの方を見る。


「クエエエエエッ」


 ロキエルは、またしても不気味に笑う。満身創痍のレインズ、ミラを、どう殺せば楽しいか。どのような順番で殺せば、苦悶の表情が見られるか。それを考えながら彼らを嬲っていたが、新しい楽しみができた。今度は、どう抵抗し、どうもがき、どう絶望してくれるのかと。


 激痛に息をきらしながら、闇魔法使いも、また、笑う。そして、自分の目を指さしながら、ボソッとつぶやく。


君の目を抉ってあげるよ」


 闇魔法使いのその言葉に。仕草に。表情に。


「クエッ……クエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ」


 怪悪魔は狂ったように叫びだす。


 かつて、プライドをズタズタにした人間がいたことを思いだした。その目を抉られ、顔を何度も何度も殴られ、強制的に現世から消滅されられた苦い記憶を。


 レインズにもミラにも目をくれず、ロキエルは闇魔法使いに向かって突進する。一瞬すらも、その存在を許すことはない。その鋭利な手套で、即座に闇魔法使いの首が飛ぶ――


 ハズだった。


 ――弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾ッ!


 気づけば、倒され。その顔を連続で殴られ。なにが起こったのか、ロキエルには理解ができなかった。


 もちろん、通常の打撃では、ダメージはない。


 闇魔法使いにも、それはわかっていた。


 しかし、アシュは殴り続ける。これ以上ないほどの屈辱を与えるために。より、激高して我を忘れさせるために。絶対的な実力を持つ怪悪魔を消滅させる一手を見舞うために。


 魔薬。常人では数百回は絶命するほどの分量を。リリーが飲んだ何十倍の分量を、不死の魔法使いは一瞬の躊躇もなく、飲み干した。そこから得られる、超人的な魔力を、力を、瞬間に何千回も斬り刻まれる苦痛と引き換えに手に入れた。


 やがて。


 放心状態でいるロキエルの瞳に、力いっぱい、抉る。


「クエエエエェェェェ! クエェェェェェェェ―――――――――!」


 何度も叫びながらその場でうずくまる怪悪魔。


 かつて見たその光景を眺めて、


「やはり……悪魔の瞳は柔らかい」


 闇魔法使いは、大きく笑った。


 そして、うずくまる怪悪魔のみぞおちを思いきり蹴り飛ばし、気配を辿られぬ場所まで吹き飛ばした。


「これが……正真正銘……最後の手だよ」


 そうつぶやいて。


 アシュは魔法を唱え始めた。


 


 




 

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