なぜ


 そこは、名も知らぬ、先人たちの墓標だった。広大な草原に幾千の墓が並び、そこに一陣の風が吹く。かつて、デルタがアシュに師事して20年余り。思い出すまいと、一度も行かなかった。アシュの元を離れ、ふと心に穴が開いた気持ちになった。その穴を埋めるかのように家族の墓を探したが、すでにその場所にはなく。


 思い出すために、誰かもわからないような死体が埋まった墓へ行く。我ながら、滑稽だと思ったが、それは、いつしか習慣になった。


「……驚きましたね。あなたの方からくるとは」


 デルタは、そうつぶやいて振り返る。


「優秀な執事がいるものでね」


 アシュは表情を変えずに答える。


「ミラ……アシュ先生の最高傑作であり、最強の人形。あなたの才能には心から敬服します。しかし、あなたは誤った方にしか力を使おうとはしない」


「……御託はいいよ。エステリーゼ先生がどこにいるのかわかるかい?」


「気になりますか? 彼女に好意を抱いているんですか?」


「僕が? 彼女が僕の方を好きで好きでたまらないのさ」


 その発言に、有能執事は、ジト目でアシュを見つめる。


「なんだい、ミラ?」


「……いえ」


「ふぅ……相変わらずですね。あなたは自分が思っているより、感情を隠すことはできていませんよ。私にはわかります。あなたの怒りをね」


「……君が教えないというのなら。僕は君が犯人とみなすよ。それでいいのなら、黙っているといい」


 アシュは、戦闘の構えを取る。


「あなたは、エステリーゼ先生のことを心配してはいない。なぜなら、彼女自身には、人質の価値しかないから。ならば、あなたは何を怒っているのか?」


「……」


「もし、私がこの件に加担していたら。あなたには、それを許すことができないから。それは、アシュ=ダールの教え子の振舞いではない。そんなことを思っているんでしょう」


「……」


「あなたは、そんな男です。敵に対しては、冷酷で、残酷な悪魔でしかない。しかし、ひとたび情が移れば――「よほど死にたいようだね」


 デルタの会話を打ち切り、アシュは魔法を唱え始める。


「あなたと同じことをしました」


 それでも、デルタは話し続ける。


 まるで、嘲るかのように。


 語りかけるかのように。


 それは、まさにアシュ=ダールがとる方法と同じだった。実力で勝る相手に勝つ方法。相手の心を揺らし、勝利を手繰り寄せる方法。


<<冥府の死人よ 生者の魂を 喰らえ>>ーー死者の舞踏ゼノ・ダンス


 アシュが唱えると、墓場の土から亡者が出でる。それも、数千の墓から次から次へと。


「ククク……闇魔法使いである僕に、この場所はダメだよ。まるで、殺してくれと言っているようなものじゃないか」


「そう、だからあなたはもっと考えるべきだった」


「……なにを言っている?」


「あなたにとって、ここは都合がよすぎる場所だと。もしかしたら、誘われているんじゃないかって。この場こそが、あなたが封じられるべき場所であったと」


 デルタもまた、魔法の詠唱を終える。


<<亡者よ 天蓋を浴び 罪の洗礼を 示せ>>ーー冥界への反乱ハデス・レバリタン


 地面から出た亡者たちは、彼の元には向かわずに、身を翻してアシュとミラの方に向かう。


「馬鹿な……」


「さあ、この数千の死体たちをどう処理するのか。楽しみに見物させてもらいましょうか」


 デルタは、不敵な表情を浮かべて笑った。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る