罠
アシュにとって、油断がなかったとは言いきれない。それは、先にデルタの実力を推し量っていたから。あちらはカードを全てきったと。こちらが奇襲を仕掛ければ、確実に勝つことができると。
死体死体死体。
周りには数千の死体で溢れ、デルタの言いなりとなってアシュとミラの周りを取り囲んでいく。
反射魔法。
属性の波長を合わせることで、相手の魔法をそのまま返すという光魔法。その波長を合わせるには高度かつ繊細な調整が必要であり、失敗すれば無防備で攻撃を喰らうことになるので、使用する者は少ない。
アシュが全体に対し放った魔法を、そっくりそのまま返された。波長を合わすことは容易ではないが、長年アシュに師事をしてきたことを考えると、考慮に入れるべき可能性の一つだった。
「……ミラ、打開策に、君の意見を聞かせてくれ」
闇魔法使いに流れる一筋の汗。魔法に関し、意見を求めるなど、自尊心の塊である彼には滅多にないことだった。
「今すぐには思い浮かびません」
「くっ……使えない人形だよ、君は」
そういい捨てて、アシュは再び構えをとる。死体というのが。存外に厄介である。切り刻んでも、吹き飛ばしても痛覚などなく、一心不乱に襲い掛かってくるので、存在ごと吹き飛ばすような威力の魔法を使わなくてはいけない。
しかし、すでに四方に囲まれており、距離も近すぎる。極大魔法など撃てば、自らの被害も相当なものとなるだろう。
「ミラ、僕はなんとか状況を打開する方法を練るから、なんとかしたまえ」
「……なんとかしたら、状況を打開する必要はないんではないですか?」
「くっ……ああ言えばこう言う。言い訳ばっかり多い人形だな君は」
「……」
ああ、こいつ言葉通じねーわ、とは有能執事の結論である。
「ふふ……他にも用意していることがあるんですから、それまでに力尽きないでくださいよ」
そうデルタは笑った。
「……ふっ」
負けじと、アシュも、笑った(特に意味はない)。
そんな中、死体たちが一斉にアシュとミラに襲い掛かる。
拳と蹴りの弾幕で、ミラが死体の頭部を吹き飛ばす。
すべて一撃。
さすがに死体も頭部を失っては行動できず、2人を中心として頭部なき死体の山が積まれていく。
「ふっ……私の人形に疲れなどない。このまま数千の死体を全て葬ってくれよう。ミラ、行け」
「……頼むから黙ってみていてもらえませんか?」
そういい捨てながらも、有能執事は忠実に一撃必殺で死体の頭部を粉砕し、死体でできた壁を利用しながら、アシュを傷つけまいと身体を張る。
「やはり、彼女の能力は素晴らしいですね。正面突破とは……脱帽しますよ」
デルタは心の底からそうつぶやいた。
「ククク……エステリーゼの居場所を吐けば、今なら許してやらなくはないよ」
アシュが笑いながら提案する。
もちろん、嘘である。
今は劣勢。目の前の強敵に怒りは晴れ、勝つためにはどんな手段でも講じる元のアシュに戻っていた。その代わり、勝ったら、家畜としてこき使うという決意も新たにするキチガイ魔法使い。
「そんなこと言わないでくださいよ……おっと、まだもう一つの秘密兵器を紹介していませんでしたね」
そう言って、デルタは指先で大きく弧を描く。
<<空すらも 超越する 光をこの手に>>ーー
大きな白い光が包み、一人の少女が出てきた。
それは、見慣れた姿で。
瞳だけ、うつろになった状態で。
アシュの表情から笑顔が一瞬にして消え、
そして、
つぶやいた。
「リリー=シュバルツ君……君はそこで何をしている」
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