お見舞い(2)
もう一夜明けて、禁忌の館。部屋のベッドに起き上がらぬ闇魔法使いが一人。
「アシュ様……もう、お身体は治っているのでは?」
ミラは実に一晩中、眠れる闇魔法使いに治癒魔法をかけ続けた。さすがに2日間かけ続ければ大抵の傷は癒えるというのが、有能執事の経験則である。
「……そうかな。まだ、全身の筋肉痛が取れていないんだが」
「本当ですか?」
「嘘をついて僕になにかメリットが?」
「いえ。てっきり、生徒様方がお見舞いに来なかったので粘ってもう一日休んだのかと思いまして」
「……そんなはずないだろう。お見舞いなんて退屈な行事、誰が喜ぶと思う? だいたい、人が人を見舞うということは打算だ。打算でしたかあり得ない。ふむ、そう考えるとお見舞いとは酷くゲスな行為であると言えるな。今度それで論文でも書いてみようか。題名は『お見舞いと言う名のくだらない風習について』。うん、それがいいそうしよう」
「……」
絶対に図星。そう確信をした有能執事。
その時、にわかに森の魔獣が騒ぎ始めた。
「……フム、来客かな?」
ドキドキ。お見舞いに期待を膨らませる齢200歳越え魔法使い。
「少し見てきます」
ミラはそう言い残して主人の部屋を退出する。
・・・
「アシュ様、シス様がいらっしゃいました」
「そ、そうか。入ってくれ」
心なしか震えた声で応答。人生初お見舞いの瞬間を、今か今かと心待ちにする。
「失礼します……」
恐る恐る、聖母美少女が、入室。
「おお、シス君、どうしたというのだね?」
その言い方が実にしらじらしく、わざとらしい。
「はい……実は、私……魔法が使えるようになりたいんです!」
「……ん?」
「リリーを見てると……彼女は親友ですけど……凄く悔しいんです。ああ、なんで魔法を使えないんだろうって。そんな自分が凄く嫌で」
「……」
お見舞いじゃなかった……お悩み相談室だった……
「アシュ先生……アレから何度も何度も魔法の練習をしました。それでも、あの時から一度として治癒魔法を使えないんです。もう、私、どうしたら」
泣きそうな顔で下を向くシス。
「……まあ元気をだしたまえ。前にも言ったが、いずれ君は使えるようになる。そ、それより僕が昨日、今日と休んだことについて――」
「私は今使えるようになりたいんです!」
グイグイ。自称病人であるアシュにグイグイ迫る聖母美少女。
「お、落ち着きたまえ。わかった、僕も聖櫃としての君には興味がある。なんとか体内の物質取り出せるように模索してみよう」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ……しかし、過度な期待はしない方がいい。君が生まれて10年以上が経過しているんだ。聖櫃として、君は適合していると言っていい。その物質が君の中でどのように存在しているか想像がつかない」
「……」
「むしろ、僕は聖櫃としての興味よりは、魔獣を操ることのできる君の特性に興味を持っているんだ。だから、その物質を取り出すことで君の身体にいい影響を与えないとすれば、中断する。それでもいいね?」
「……はい」
渋々頷く聖母美少女。
「ふぅ……それだけかな? 用事は」
「はい! ありがとうございました」
すっかり悩み事が晴れた表情をしてお辞儀をする。
「……本当にそれだけかな? なにか他に僕への用事はないのかな?」
「ありません! じゃあ、また明日学校で! 失礼します」
意気揚々と部屋を去って行こうとする後ろ姿を、寂しそうに眺める闇魔法使い。
なんて、ぼっちな魔法使いなんだろう、とは有能執事の所感である。
「……あっ! アシュ先生、言い忘れてました!」
「な、なんだい!?」
一瞬にして、パアッっと表情が明るくなる。
「ケルちゃんと遊んでもいいですか? あの子と会うの久しぶりだから」
「……いいよ。ミラ、案内してあげなさい」
「はい。かしこまりました」
ミラはその寂しそうな背中にお辞儀をして、シスをケルベロスの元へ案内した。
結局、美少女と魔獣の戯れを窓からいつまでも切なげに見守るアシュであった。
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