撤退


 一瞬にして戦況が逆転した。この状況に、生徒たちは呆然。彼らの命はすでにゲス闇魔法使いの手中にある。その事実を痛感させられガクブル状態。


「……シビれて頂けたかね?」


 劇場のフィナーレが如く、みんなに向けて、丁寧にお辞儀する。


「アシュ様……凄まじくナルシスで気持ち悪いです」


 その光景をチラ見しながら、有能執事はつぶやく。


 しかしながら、それでもここにいるのは超悪魔を操る闇魔法使い。その強大さを示し、大陸を震撼させるほど強大な魔法を放つ異端児。誰もがその姿に畏怖を抱く。デルタ、レインズ、そして特別クラスの生徒たちも同様であった。


 しかし、別の想いを抱く者が一人。


 リリー=シュバルツである。


 心臓の音が聞こえる……彼女は、一人どうやってこの超魔法を攻略するか、脳内を巡らせていた。


 聖闇魔法を使えば……いや、あの威力を相殺できるか……否。へ―ゼン・ハイムほどの魔法力でなければいけない……ならば、今は……しかし、超えてみせる。超えてみたい……超えて……


「……リー……リリー!」


「……はっ、シス。どうしたの?」


「なにをボーっとしてるのよ」


「な、なんでもない!」


 即座に見惚れた事実を、脳内で消去する、天才魔法美少女。


 一方、デルタは追い詰められていた。全ての想定に関し、目の前の闇魔法使いは想定を超えてきた。


 特にリプラリュランの存在が完全に誤算であった。この元戦天使は、小国を滅亡することのできるほどの戦力を保有する。初見で、これを凌駕することなど、大陸中の魔法使いを見渡してもできる業ではない。この時、初めてデルタはライオールに舌打ちをした。


 あの戦いが監視魔法サーバリアンで見えぬよう、結界が張られていた。そんな芸当ができるのは、あの老人しかいない。


「……撤退するか?」


 レインズが有能執事と距離を取って、デルタの横に跳躍する。


「っ……しかし……」


 この闇魔法使いを放置することは危険極まりない。彼が憎んでやまない対象の最強がここにいる。


「逃げるのかね? 無様だね」


 アシュは、絶妙に鼻につく口ぶりで元教え子を責め立てる。


「くっ……」


「決定打がない。撤退すべきだ……


 レインズは静かに答える。


「……見抜かれてますね」


 ミラはボソッと闇魔法使いにつぶやく。


「……」


 アシュはなにも言わない。


「……わかった。撤退しよう」


 デルタは表情に落ち着きを取り戻し、


「クク……僕が逃がすと思うかね? リプラリュラン」


「……ギ……ギ……」


 アシュが呼びかけるが、元戦天使はうめき声をあげて動かない。


「……」


「わかるだろう? 


 そう言い残し、レインズはデルタと森の奥へと去って行った。


 途端にアシュが息切れをしながら地べたに尻もちをつき、リプラリュランは霧散する。


「だ、大丈夫ですか先生」


 シスが心配そうに駆け寄る。


「はぁ……はぁ……だ、大丈夫じゃ……ない」


 ポテっ


 聖母美少女の胸に着地。


「な、な、なにやってんですか!?」


 リリーが噛みつくように叫ぶ。


「仕方ないんだ……動けないんだから仕方がない」


「ふ、ふ、ふざけないでくださーーーーーーーいっ!」


「ふざけてない」


 そう言いながら夢心地。至福の表情を浮かべながら胸に顔をうずめるエロロリ最低教師。


「リリー様。シス様の胸に顔をうずめる必然性は全くありませんが、アシュ様は完全に燃料切れです。格好つけて超魔法をぶっばなすから」


 リプラリュランを使役する魔力が、ここまで莫大なものだと思っていなかった闇魔法使い。超魔法を放った時点で、アシュの魔力はほぼゼロ。命拾いしたとはレインズの言葉通りであった。


「やはり、へ―ゼン先生は怪物だな。彼はこの超魔法を幾度も放っていた……」


 それが主にアシュに放たれていた事実は伏せておく。だからこそ、もう少し燃費の良い魔法だと思っていたのだが。


「へ―ゼン=ハイム……」


 リリーは静かにつぶやく。聖闇魔法の使い手となった彼女にとって、彼は自分の目標であり、道しるべであった。


「ところでみんな……新魔法はできたかね?」








 で、できるわけないだろう……みんなの想いは見事に一致した。




 


 


 

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