チェス


             *


 アシュは紳士の嗜みとしてチェスをよく行う。


 チェスはマインドスポーツの一種で、先手・後手それぞれ6種類16個の駒を使って、敵のキングを追いつめるゲームである。


 闇魔法使いの戦闘は、まず、相手の想定をすることから始める。敵が姑息な手を使うのであれば、実力は大したことがないのだろうと。逆に、放たれたエサに見向きもせずに、堂々と王手チェックを狙ってくるのであれば非常に危険だ。


 デルタは、まさしく後者であった。


 しかもーー


「空間移動とはね……どこで覚えた?」


 先ほどまで眼前にいなかった者が立っていることは、アシュの想定を遥かに超えた。その並み外れた新魔法オリジナルに沸き立つ戦慄と興奮。研究分野が違えど、超辛口闇魔法使いが手放しで賞賛できるレベルである。


「お久しぶりですね。まずは、ご挨拶に来たのです」


 闇魔法使いの質問には答えず、デルタは満面の笑みを浮かべる。


「ああ、いいよ。すこぶる良好だ。かつての教え子が健在な姿で我が前に現れたのだ。気分としては最高だよ」


「私もです。やっと、あなたを驚かせることができそうで。逸る気持ちは如何ともなく抑えがたい」


 とりとめもない世間話をしながら、アシュはゆっくりと相手の動向をうかがう。最低限、ミラとは引き離してくると思っていた。彼女の実力を知ってなお、互角に渡り合えるという確信。敵はそれに見合うだけの実力を備えているということだ。


「そちらは?」


「ああ、レインズ=リージバルトです。今日は、私の護衛として連れて来ました」


「……ミラ」


「18歳にして、最年少でクローゼ騎士団団長に就任しました。その剣技はナルシャ国で随一と謳われるほどです」


 有能執事の情報に、闇魔法使いは深く頷く。


「なるほど……君とそこのレインズ君であれば、愚かにも僕を倒せると思ってここに来たのだね?」


「愚か……ですか?」


「ああ、愚かさ」


 デルタがたちが来る前に、このホグナー魔法学校の校庭に罠を施してある。


 闇魔法使いは、両手を組み魔法の詠唱を始める。


<<冥府の死人よ 生者の魂を 喰らえ>>ーー死者の舞踏ゼノ・ダンス


 死体を生きていたかのように動かす闇魔法。


 ……しかし、なにも起こらない


「……なぜ」


 魔法が発動しない。


「その問いは、あなたが施しておられる『死兵』のことをさしておられますか?」


「……」


 図星。昨日、徹夜で有能執事と一緒に死体を埋めていた闇魔法使い。先日捕獲した7体と保存していた47体。計54体の死兵を襲撃に備えて配備していた。


「いやぁ。必死に、そして楽しそうに死体を埋めている様は滑稽でしたね。私が驚き慄く様など想像していたのでしょうが、当然対処させて頂きましたよ。私は、あなたのように敵を侮るタイプではない」


「……」


「あなたの弱点を教えてあげましょうか? 過信です」


「私も全く同意します」


 ナルシス主人が大嫌いな有能執事は、納得100%。


「……なるほど。1つの罠を潰したぐらいで、君は僕に勝てる気でいるというのだね。大した自信家に育ったじゃないか」


「いえ。私はあなたのことをよく理解していますよ」


 デルタは満面の笑みを崩さない。


「……」


「あなたは複数の罠を凝らすタイプではない。そう言った繊細さは皆無だと言っていい。したがって、もうここに罠はない。違いますか?」


「……」


 図星。


「しかし、あなたは今の瞬間でも対応策を考えている。そこから行き着く策は、優秀な生徒たち。特に、リリー=シュバルツあたりの力を借りようとでも思っているのでは?」


「……」


 図星。


「アシュ様、それはあまりにも格好悪いんじゃないですか? アレだけエサエサ言っておいて」


 有能執事のため息が半端ない。


「……つ、使えるものは全て使う。そうしなければ、万物の真理になど到底辿り着けない………『セェーナ=ロドリゴ』」


 いつもは得意げに使う格言も、心なしか引きつっているように聞こえる。


「当然、私はあなたに対し油断はない。だから、準備させて頂きました」


 パチン


 デルタは指を鳴らすと、至る所からゴゴゴゴゴという音が鳴り響く。


 そして、至る所で生徒たちの阿鼻叫喚が鳴り響く。


「……ゴーレム」


「ご名答。よくわかりましたね数としては100体。生のあるものだとあなたに利用されてしまうので」


 元教え子のあまりの優秀さを目の当たりにして、アシュの額に一筋の汗が流れた。

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