大丈夫
数時間後、ベッドの上で目覚めるアシュ。顔には尋常じゃないほどの痛みが走り、常人の2倍ほど膨れ上がっている。
「大丈夫ですか?」
ミラの言葉に、思わず耳を疑う。どこをどう見れば大丈夫だと思えるのか。この顔のパンパンを見ているのか。この顔のパンパンを。
「……なかなかよい攻撃だった。さすがは僕の作った人形なだけある」
しかし、そこは見栄っ張り魔法使い。こんな攻撃は余裕だと言わんばかりの表情をパンパンな顔で浮かべる。
「はっきり言って、アシュ様は接近戦が弱すぎます。魔法の質は申し分ないように思いますが、攻撃センスがかけらもありません」
「……」
グサリと言葉の刃を刺す有能執事。
アシュの欠点はまさしくそこである。秘術、『悪魔融合』も滅悪魔ディアブロなどの戦闘センスを取り込むことで接近戦を可能にしている。生身の身格闘能力は限りなくゼロに近い。
「しかし、超魔法は多用できんしな………痛いし」
「あなたの痛みなどどうでもいいですが、アレが効率的ではないのは確かです。一度の戦闘に一度きりですし。魔法が解けたら数日ノックダウンですし」
お前は役立たずなんだよ、と言わんばかりに責める有能執事。悔しくてたまらないキチガイ主人。しかし、グウの音も出ないのが悲しいところ。
だからこそ、今回開発した魔法は非常に闇魔法使い向きだ。無数の影手が武器をもち、相手に襲いかかる。使いようによっては防御も攻撃も自由自在だ……戦闘センスさえあれば。
「……修行するか」
「200歳の老人がなにを青春めいたことを。成長期はとっくに過ぎてるでしょう? これ以上強くなるとは到底思えません。あなたは一生戦闘センスゼロのままです」
「……」
闇魔法使いは黙って、ミラに背中を見せる。泣いてしまう………これ以上言われたら、きっと、泣いてしまう。
「アシュ様には、もっと卑怯で、狡い手がいいかと思います。もっと、ご自分のことをよくお知りになった方がいいかと」
「……」
もはや、声は出せない。声を出したら、泣いていることがばれてしまう。
「もう、終わりますか?」
「……」
黙って頷き、禁忌の館に戻るアシュ。
スタスタスタスタ。
早歩きで歩いて、実験室へ直行。己の現実逃避を試みる。凹むとすぐに得意分野に逃げたくなる。彼の得意分野、すなわち解剖と実験。
そこに横たわっていたのは先日の死体たち。
「……結局、魔薬は1つが限界だったな」
2つ同じモノを飲ませたら、一瞬にして絶命した。一定量を超えたら生きてはいられないほどの劇薬だ。この魔薬もデルタの発明としたら、アシュの想像以上に優れた研究者に成長している。
「素晴らしいな」
アシュは恍惚とした表情を浮かべながら、解剖を始める。
「ふむ……死んでも、筋力は増強するのか……魔力値も……上がっている。恐らく反射速度もだな………ミラ」
「はい」
いつの間にやら、側にスタンバイしている有能執事。
「魔薬の解析は済んでいるか?」
「ロイドが行なってはいますが、未だ時間はかかるようです」
「可能な限り急がせろ……それに、もっとモルモットがいるな……近くで戦はあるか?」
「いえ。ここらでは」
「……ちっ、起きて欲しい時に起きないもんだな。ああ……どこかで調達できないものか……ああ、誰か殺しに来てくれないかな。デルタと会う前に、是非とも解析しておきたいものだ……ああ……時間がない………時間が………」
アシュはその場をグルグル回る。グルグルグルグル。
「……あなたは……狂っています」
「……ああ………時間がない……時間がない……彼に僕という人間を知ってもらわなければ……僕には時間がない……時間がない……ああああああ……もう、すぐじゃないか………ああ、誰か殺しにきてくれればいっぱい手に入るのに……ああああああ………」
死体に夢中になった闇魔法使いに、ミラの声は耳に入らなかった。
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