ボードゲーム
朝9時。アシュ=ダール一行は、シルササ山のふもとまで到着し、有能執事が手配した馬車に、次々と乗り込む。
ガララララララララッ……
車輪音が妙に大きく聞こえるのは、馬車内が恐ろしいほどの静寂に包まれているからである。車内にいるのは、アシュとシス、リリー、そしての優等生少女のジスパだが、そこに会話は、一切発生していない。
「……あの、アシュ先生……なんでここに?」
ジスパが、とうとう会話の舵をきりだす。本来なら、彼女持ちのダンがこの馬車に入るはずだった。それを、この教師が強引に押しのけて、入ってきた。その行動が謎過ぎて、それぞれが動向をうかがっている。
「いや、別に……」
アシュ、無言。腕を組んで黙って座っている。
なんなんだ……この男はなにがしたいんだ、とは馬車内にいる3人の感想である。ちなみに、エステリーゼはミラと馬車で2人きり。当然、エロ教師であるアシュもそこに入ると思っていたのだが。
「で、でも、なんだかんだ楽しかったわよね。ねえ、」
沈黙が苦手。いろいろと気遣う。それが彼女が優等生たるゆえん。必死に会話を回そうとするジスパ。
「そうね。楽しかったー」
シスは無邪気に感想を述べる。しかし……述べただけ。そこには、会話を続けようとする気遣いがない。こちらは沈黙平気組。
「……」
読書。リリーは読書に勤しんでいる。遠足が始まってからはテンションが高いが、最後まで持たずに力尽きるパターン。もちろん、彼女も沈黙平気な組だ。
「ははっ……ほんとーにねぇ」
苦笑いを浮かべて会話終了。本当に死ねばいいのに、とは下級貴族の娘であり、いろいろと気遣う宿命を負わされた少女の感想である。
もう寝たふりしよっかな、と少し涙を浮かべながら上を向いた時、
「……ジスパ君。暇なのかね?」
沈黙を続けていたアシュが口を開いた。
「え、ええ。まあ」
「そうか……仕方ないな」
心なしか嬉しそうな背中を見せ、一つの木盤を取り出した。
「ボードゲームですか……楽しそうじゃないですか、やりましょうよ」
「そ、そうかい? まあ、生徒がそこまで言うんだったら」
実はこれが凄くやりたかった闇魔法使い。なぜなら、彼は友達が少なかった。それも、圧倒的に。ボードゲームを楽しむなら、少なくとも3人。4人がベストである。
しかし、ぼっち魔法使いにとって、それは果てしなく難関だった。だから、ゲームの性質上難しいとわかってはいたが、以前1度だけミラと2人で興じたことがある。
最悪だった。そもそもなんの感情の起伏もない人形とやっても、楽しいわけがなかった。しかし、皮肉にも収集癖の1つは大陸各地のボードゲーム集め。
いつか……いつか4人で。そんな小さな願望を抱えながら1人でルーレットを回す様子が非常に哀れだったとは、以前執事ミラが抱いた感想である。
『シルヴィアの目論見』
主人公の少女シルヴィアが、世知辛い世の中を暮らしながらも、億万長者になったり、没落したりしていくゲーム。
「僕の評価だと、これこそがボードゲーム オブ ボードゲ――」
「私、やりませんよ」
!?
リリーの発言に、ぼっち魔法使いは首が寝違えるほど、彼女の方を向いた。
「なんでよ! やろーよ」
ジスパがそう促す。
「いや。私、運ゲー嫌い」
頑なに拒むKY美少女。以前、家族とやって36連敗したことが彼女の中では未だトラウマになっている。奇跡的にボードゲームの才能がない美少女だった。
「な、なんて協調性のない」
「ジスパ君の言う通りだぞ。協調性がなさすぎて教師として嘆かわしいよ僕は」
「なっ……あなたにだけは言われたくありません!」
リリーの放った反論に、アシュ以外の2人は激しく同意した。
「しかし、現にボードゲームを拒んでいるのは君だけじゃないか。どちらの方が協調性がないかなんて一目瞭然だろう」
どうしてもボードゲームがやりたいぼっち魔法使い。ボードゲーム。ボードゲーム。ボードゲーム。彼の頭はすでに、ボードゲーム一色だった。
「……そんなにやりたいんですか?」
「ぼ、ぼ、僕がこんな庶民の遊び、やりたいわけがないだろう」
「じゃあいいじゃないですか!?」
「ぐっ……」
二の句がつけない。珍しく、反論に窮するぼっち魔法使い。
「だいたいボードゲームのなにが楽しいんですか! 私にわかりやすく説明してくださいよ」
そうリリーが口走った瞬間、アシュの瞳がギラリと光る。
「まあ、これは一般教養とも言えることだから君たちにも教えておいた方がいいかな。そもそもボードゲームの起源とは――」
・・・
6時間が経過。
「――とね。それで、ボルダック=ウゥルターは言ったわけさ。『それは、ボードゲームじゃなく、ボーダルゲーロだ』。ははっ、傑作だろう?」
「あああああああ! もう、わかりました! やります。やればいいんでしょう!?」
リリーはヒステリック気味に叫ぶ。
「そ、そうか。君にもやっとボードゲームの良さが伝わったか」
「これ以上あなたのボードゲーム話を聞いていたくないだけです!」
「……ま、まあいい。やろうか」
それでも、ボードゲームがやりたい、ぼっち魔法使いだった。
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