宿泊
その日は、このシルササ山で野宿することになったが、ミラはあらかじめ、川辺にテントと宿泊用の道具を完備。料理も魔獣、魔魚のいわゆるゲテモノであったが、味としては高級レストランに劣らぬほどだった。
そして、いざ宿泊。生徒たちは、有能執事が準備したテントに、次々と乗り込んでいく。
「……あのアシュ先生、一つ聞いてもよろしいですか?」
「なんだい、エステリーゼ先生」
「なんで……私たちが2人きりのテントなんでしょうか?」
明らかに2人分あるかないかのスペース。かなり上等な素材であるが非常に小さなテント。これが、彼女とエロ魔法使いの宿泊スペースだった。
「それに関して本当に申し訳ない。これは、1人用。僕専用のテントなんだ。ミラが急な来客分を用意していなかったようだ。執事の不手際は、主人である僕の不手際だ」
らしくなく、深々と頭を下げる。
「い、いえ。そういうことなら……」
メガネ美女は、その真摯な謝罪に納得せざるを得なかった。
当然、予備を準備していた。急な来客は常に想定している有能執事である。しかし、『テントだけは予備を持ち込むな』とはアシュから厳しくたしなめられたところである。
なんなら、一つ少なくしようかと3時間悩んでいたエロロリ主人である。
「いや、君がそこまで気になるというのなら、僕は外で寝かせてもらうよ」
「そ、そんな! 急に来たのは私なんですから。私が外で――」
「なにを言っているんだい。大陸一の紳士である僕が、君にそんな寒い想いをさせると思うかい? 今は大丈夫でも、深夜は凄く寒いのだよ。万が一風邪でも引いたらどうするんだい?」
「で、でも……」
「駄目だよ。女性がこの寒空の中、野宿だなんて。男の僕ならばこの極寒でも耐えられるよ。じゃあ、僕は行くから。おやすみ、いい夜を」
優しい微笑むを浮かべながら、背を向けて歩き出す。
当然、野宿なんて夢にも思っていない。これだけ、外の寒さをアピールすれば。
『寒さは男女関係ありませんよ。アシュ先生、一緒のテントで寝ましょう』⇒『いやいや、さすがに男女2人きりと言うのは』⇒『まあ……なんて紳士な方なんでしょう。アシュ先生、好き♡』⇒『ふっ、今夜は熱い夜になりそ――』
「……ありがとうございます。じゃあ、おやすみなさい」
!?
エロ魔法使いの脳裏に、激しい『!?』マークが浮かんだ。
ぴしゃり。
思わず振り返ると、すでにテントは絞められていた。
ミラは、その寂しそうな後姿を眺めながら、思う。
とんでもない、阿呆であると。
それから、数十分。エロ魔法使いは、なんとかエステリーゼから声がかからないかウロウロ。ウロウロ。しかし、一向に声が掛からないのを確認し別の場所へ移動。
シスとリリーがいるテントの前に立つ。
『アシュ先生! どうしたんですか?』⇒『いや、紳士としてテントをエステリーゼ先生に譲ったんだよ』⇒『じゃあ、アシュ先生はどこで寝るんですか!?』⇒『僕は野宿さ。心配いらないよ』⇒『なにを言っているんですか、尊敬している先生が野宿だなんて。スペース空けますから、こっちへ来てください』⇒『ふっ……今夜は楽しい夜になりそうだね』
そんな妄想に心躍らせながら、エロロリ魔法使いはシスが寝ているテントを開けた。
すぅーすぅー
爆睡。遠足の疲労から、これ以上ないくらいの爆睡。
「……よし、キチンと寝てるね! みんな、寝てるね!」
かなり大きな声で、点呼の確認。
「うん! 寝ているようだ。それでいい……オッと!」
教鞭をリリーの顔面に落とす。
しかし、起きない。全然起きない爆睡美少女。
「……ああ、よかった。気づかなかったようだ。寝ていたので、痛くなかったようだね。これは、本当に寝ているようだね。本当によかった」
起きない。これだけハキハキ話しているのに。もう、爆睡中の爆睡。
「……じゃあ、おやすみ」
あきらめるように、そう言いながらテントを後にする。
ミラはその哀しそうな背中を眺めながら、思う。
とてつもない阿呆だ、と。
その後、黙って全ての女子生徒テントを回ったが、みんな爆睡。それでも、あきらめきれずに、もう一往復。
是が否にでも、テントでイチャイチャしたい。そんな想いでいっぱいのエロロリ魔法使い。
その時、エステリーゼがテントから出てきた。
「アシュ先生……やっぱり、この寒空の中野宿は風邪をひきます。一緒に入りましょう」
「そ、そうかね。いや、僕は全然平気なんだけどね! でも、せっかくの提案だから好意に甘えようかな」
心の中で小躍りしながら、かれこれ2時間葛藤したメガネ美女の提案を受け入れるエロロリ魔法使いだった。
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