発見
午後8時。
「ひ、ひいいいいいっ」
エステリーゼは、魔獣セルバッドの鳴き声に怯えながら歩いていた。怒りのまま、馬車で10時間。意気揚々とシルササ山に来たのはいいが、あたりは真っ暗。それでもなんとか登ってきたのだが、さすがに無謀過ぎた。
これ……死ぬかも、とは彼女の脳裏によぎった予感である。
「だ、誰か―! 誰か――――――――――!」
瞳に涙を溜めながら、何度も何度も叫ぶ迷子美女。特別クラスを探す目的は、すでに、救出から救助にチェンジしていた。
「助けて――――――! たーすーけて―――――!」
必死。もう、怖くて必死。
そのまま歩き続けていると、数十メートルほど離れた距離に明かりが見え始めた。すぐに、猛ダッシュ。最悪、敵でも構わない。なんとか、このぼっち状況を脱したかった。
幸い視界に飛び込んできたのは、特別クラスの生徒たち。そして、その中心には、アシュとミラがいた。
「……ふええっ……よかったぁ。お――……」
そう呼びかけようとして、途中で声を止めた。当初の目的を再び思いだす。すぐに瞳にたまった涙を拭って、怒りモードスイッチオン。
「なにをやってるんですか、アシュ先生!」
大声で叫びながら、特別クラスの生徒がいる場所に乱入していった。
しかし、彼女が見た光景は想像とはかなり違っていた。全員が一丸となって何かを探している光景。それも、みんな一心不乱に。
「あー! エステリーゼ先生!」
箱入り王女系ブリっ子のサーシャが彼女に気づき、声をあげる。
「こ、これは……なにごと?」
「みんなで、ピエトラ草を探しているんです。私も頑張ったんですよ、エッヘン」
「……」
両脇腹に腕で三角形を作りながら可愛く誇る彼女だが、明らかにその服は汚れていない。恐らく嘘だろうことは、一瞥で判断した。
しかし、他の生徒たち……特にリリーは泥だらけ。暗い夜であってもわかるぐらいに真っ黒であった。
「リリー君、ちょっとこっちへ来たまえ」
聞きなれた声がして振り向くと、そこにはアシュが立っていた。彼も同様、服装は汚れており額は汗が噴き出ていた。
「はい」
彼女は躊躇なく、そして素直に返事をして闇魔法使いの近くへ寄る。
「この土を少しかじってみたまえ」
「……んー、ちょっと甘……いですか?」
その答えにアシュはニヤリと笑う。
「ピエトラ草が生息する土はほんの微量だが、糖分が含まれていると言われている。湿度、また周囲に生えている魔草、や木々も文献の地に限りなく近い」
「ってことは……」
「ああ! みんな、この周辺をくまなく探したまえ! ゴールは近いかもしれないよ」
アシュがそう叫ぶと、一斉に生徒たちから歓声があがる。
「……凄い」
エステリーゼは思わず口にしていた。
彼女が過ごした学校生活の中で、ここまでクラスが一丸となっている光景は見たことがなかった。みんな、指示に従って必死に物事にあたっている。教師としては理想の光景だというべきものを、あの最低教師がとりまとめて行っている。
やがて、
「あった―――――――! 先生、ありました!」
リリーの弾けるような声が聞こえ、一斉に生徒たちが周りを取り囲む。そして、最後にアシュが彼女のすぐ近くへ寄り、彼女が手に持つ魔草を注意深く観察し始める。
「ど、どうです……か?」
「……」
「……」
リリーも、アシュも、そして他の生徒たちも、エステリーゼまでもが固唾をのんでその光景を見守る。
「……諸君! よくやったね」
アシュはニコっと笑って、生徒たちに叫ぶ。
「「「やった―――――――――――!」」」
一斉に生徒たちから怒号のような叫び声が木霊する。
みんながリリーを取り囲んで、喜びをわかちあい、互いに抱きしめあう。まるで、宴が始まったかのような盛り上がり。
そんな中、アシュが輪の中から抜け出て彼女の方に歩いてきた。その時、初めてエステリーゼの存在に気付き、少し照れくさそうに苦笑いを浮かべる。
「一緒に喜ばないんですか?」
それまでの怒りなどすっかり忘れ、彼女は純粋な疑問を口にした。
「ああ。もう、十分だよ。それに……ここから見る光景もそう悪くはない。そうは思わないかい?」
闇魔法使いは、木にもたれかかって喜び合う生徒たちを、愉快そうに眺める。
「……ええ、私もそう思います」
エステリーゼも、彼の横に立って同じ光景を。
「しかし遠足と言うのも……存外楽しいものだな」
「あの……アシュ先生?」
「ん? なんだい」
「どちらが……本当のアシュ先生なんですか?」
「……これも、僕さ」
そうつぶやいた彼の様子を、エステリーゼはしばらく見守っていた。
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