必死


 『遠足』と銘打ったピエトラ草探索ミッションは、すでに10時間を経過していた。ミラ率いる36名の生徒たちのほとんどは一心不乱。私語を話すことなく、機敏に周囲の状況を把握。実に真面目。


 有能執事が放った『見つかるまで帰れません』発言は、生徒たちの心に深く響いた。あの最低教師なら、やりかねない……いや、絶対にやる。数か月間の短い付き合いではあるが、生徒たちは彼のドS特性を、非常によく心得ていた。


「あっ……これっ!」


 その時、箱入り王女系ブリっ子のサーシャが一つの魔草を掲げる。一斉に彼女に視線が集まり、緊張感が漂う。


「ああ、これはサキロニ草ですね。ピエトラ草の色は青ですし、大きさもこの魔草の1/2ほどです」


 ミラは一瞥して判断し、答える。


 結論、全然違う。


「……テヘ、いっけなーい」


 自身の頭にコン。そんな、おっちょこちょいなる自分大好き少女に投げかけられたのは、敵意と侮蔑。そして、容赦ない舌打ちであった。


 てめー、状況わかってんのか。全然色違うだろう。可愛くねーんだよ、似合ってねーんだよ。てめー。次やったらぶん殴るぞ。様々な想いが一斉に彼女をつき刺す。


「……ルンルルン♪ 間違っちゃったー、間違っちゃったー」


 しかし、一向にブレない。ひるまない。今まで生きてきた中、そんな場面は山ほどあるが、これが自分。これこそが己の生き方なのだと。そのアヒル口は矜持の証。おバカちゃん、でも助けてね。その可愛らしいヒラヒラの洋服には汚れ一つない。すなわち、探す気なし。これが、サーシャと言う少女だった。


 そんな生徒たちの一幕をよそに、全力で探索を行うリリー。その白い肌には無数の傷が絶えず、服には無数の泥と葉っぱが。額から汗が滴り落ちてくることすら、服にくっついた無数の虫すら気づかないほど、彼女は集中していた。


「リリー様、少し休憩しませんか」


「……サキロニ草……ルサナル草……で、コラッサの木。分布的には、ここより少し北……いや、北西」


 ミラの投げかけも聞こえていないようで、ブツブツと独り言をつぶやきながら探す。


 その時、茂みから物音が。


 ミラがいち早くそれに反応し、近づくとーー


「やぁ、調子はどうかな?」


 数十年以上見慣れた顔。さわやかな表情に隠された、途方もない変態性の持ち主。不幸にも、自身の主であるアシュが、そこに立っていた。後ろからついてきているのはシスと他3人。


「どうされたんですか? 確か、合流場所はもう少し先では……」


「いや、なにやら僕らを襲ってきた不届き者がいてね。それで、君たちのことが心配になって」


「……300%嘘だろうとは思いますが、お気遣いありがとうございます」


 深々とお辞儀をする有能執事。


「それで……モルモッ……敵は来なかったかな?」


「来ましたよ。5人ほど」


「ほぉ……それで、どうしたのかね? 僕という超優秀魔法使いがいなかったんだ。しかも、生徒のお守りもしなくてはいけない……それはそれは大変だったのだろうね?」


「埋めました」


「……え?」


「気配が数十メートル先から丸わかりでしたので。生徒の方々が気にせずに探索を行えるよう、先んじて埋めました。所要時間は、5秒と言ったところでしょうか」


「……ご苦労様」


 闇魔法使いは、非常に複雑めいた表情をしていた。


「場所は把握しておりますので、モルモットにされるんでしたら手配いたしますが」


「ふっ……さすがは僕の執事。言わずとも通じるものだね」


「ほぼ8割は、アシュ様自身が、先ほど口走っておりましたので」


「……ところで、ピエトラ草の探索の調子はどうだい?」


「未だ見つかっておりませんが、皆さま頑張っておられますよ」


「まあ、僕でも一日で見つけるのはできないだろうからな。彼らが見つけられる道理はないが……」


 そう言いながら、闇魔法使いは生徒に近づいていく。


「あー! 先生。サーシャ、もう疲れちゃった。サーシャ、いーっぱい探したんですよぉ」


 アシュの腕をギュっとして、ブリブリ。


「それはそれは……ご苦労様。随分頑張ったようだね」


 まんざらでもないエロロリ魔法使い。いや、むしろその上目遣いが。アヒル口が。肘に当たるプニプニが非常に堪らない。密かに、箱入り王女系ブリっ子に5点をつけた。


 そして、その極端な視野の狭さゆえに、彼は女子生徒たちのジト目にも気づかない。密かに彼女たちは、アシュに、マイナス30点をつけた。


「さて、リリー君はどこかな?」


 お気に入りのおもちゃを探すように、彼女を探す。なんだ、まだ見つけていないのか。それは、君の能力が足りないからじゃないのかね。そんな風に罵倒して、彼女の美しい顔が屈辱に歪むのが見たい性悪魔法使い。


 彼女の後姿を発見して、至福の表情を浮かべながら近づく。


「調子はどうだね?」


「……」


「クク……なにも言わないと、わからないじゃーー」


 アシュは、リリーの正面に回り込んだ時、言葉を止めた。


 彼女の必死な表情。泥だらけの身体。汗だらけの額。その肌には無数の傷があり、服は至るところが破れている。それらすべてが、彼の軽口を止めさせた。


「……コナリ花……で、バンジ……こっちじゃないか……もっと西……」


 ブツブツと周りを見渡しながら、リリーはあたりを歩き回る。


「ふぅ……君は不勉強だね」


「……で、マダラダケ……アレレンの木……もっと北……」


「湿度は検証したかね?」


 その言葉で、ピタリとリリーの足が止まる。声のした方を振り向いて、初めて闇魔法使いの存在に気づく。


「アシュ先生……どうしたんですか?」


 金髪美少女は、その瞳をパチクリと見つめる。


「シリササ山は、その場所によって湿度が大きく異なる特性をもつ。歩いてきて、気づかなかったかね?」


「……いえ、気づきませんでした」


「目と耳だけではなく、さまざまなものを五感で感じたまえ。匂い、触感。そして、肌で感じることすらも研ぎ澄ませなさい」


「……はい」


「それと……」


 アシュはリリーの顔をハンカチで優しく拭った。


「……」


「……これで、よし」


 そう言って闇魔法使いは、彼女の頭を優しく撫でた。


 



 




 


 

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