強襲
「しかし……妙だな」
アシュが、シスにじゃれているネウロヴァロを眺めながらつぶやく。
「なにがですか?」
ダンが尋ねる。
「この魔獣は獰猛だが、警戒心が高い。こちらから近づかない限り、自発的に人を襲うことは少ない」
「ミラさんたちのグループじゃないですか?」
「彼女はそんな愚行はしない。とすれば……」
そう言いながら、頭を働かせるためグルグル辺りを回り始める。
次の異変に気づいたのは優等生少女のベスパである。ふと、上空から数体のコモドラゴンが飛翔している光景。ふと、彼女の脳裏にノイズが入る。
「どうかしたかい?」
勤勉少女の表情が曇っているのを確認し、闇魔法使いが尋ねる。
「い、いえ。ちょっとコモドラゴンがいるのが珍しくて」
「ふむ……」
飛翔している魔獣を眺めながら、アシュは静かに腕を組む。確かに、コモドラゴンはこの辺では生息しない。とすると……
「なるほど、そういう事か……諸君。戦闘の準備を始め給え」
「えっ?」
「敵だよ。理由はわからないが、僕らを襲う気だと思った方がいいだろうな」
アシュは不敵な笑顔を生徒に見せる。
「そんな……なんで!?」
取り乱した様子で優等生少女が叫ぶ。
「さあ、わからないな」
「……」
「危険とは、普段は気づかない。迫る理由もわからない。影のように、気がつけばそこにいるようなものだ……『シルベスタ=ルージ』」
自慢げにそう謳いあげるナルシスト魔法使い。
「……シスのせいなんじゃないですか?」
ジスパは、魔獣を撫でている美少女を睨む。確かに聞こえているその声に、シスはなんの反応もせず、瞳を閉じている。
「そうかもな。確かに、聖櫃である彼女を未だに追うアリスト教徒の刺客と考えられなくもないな」
アシュはそう答えながら、再び周りをグルグルと歩く。
「やっぱり! シスが悪いんじゃない」
「しかし、それがどうかしたのかい?」
闇魔法使いは、大きく目を見開いて、尋ねる。
「どうしたって……」
「仮に彼女のせいだとして。君はどうしたいんだい?」
「……」
「生贄に差し出して命乞いするかい?」
「っ……そんなことは言ってないじゃないですか!?」
己のあさましい部分を見透かされ、反射的に噛みつくジスパ。
「ならば、君は戦うしかないな。敵は襲う理由を丁寧に説明してはくれないからね」
性悪魔法使いは、歪んだ優等生少女の表情を、愉快そうに眺める。
「せ、先生! 守ってくれるんですよね?」
「なぜ?」
「なぜって……先生じゃないですか!?」
「ああ、僕は君の先生だ。しかし、君のパパじゃない」
アシュは突き放したように言い放つ。
「っ……」
「いや……むしろいい機会だな。君たちだけで対処したまえ」
「な、なにを言ってるんですか!?」
彼女は肩を震わせながら叫ぶ。
「早々ない機会だよ。命のやり取りって言うのはね」
闇魔法使いは、腕を組みながら、余裕のある笑みを浮かべる。
「そんな! 死ぬかもしれないのに」
「そうならないために、戦うのさ。それに、ほらっ。彼女はもう準備をしているようだよ」
視線の先には、シスが青く艶やかな髪を後ろに結んでいる光景。次に、彼女はヒラヒラのスカートをナイフで破り、動きやすいようにスリットを入れる。
「……あなた、不能者でしょう!? そんな戦うフリなんて!」
優等生少女はそう叫びシスの胸倉を掴みにかかるが、その手はいとも簡単に躱され、次の瞬間には拳が顔付近にあった。ベスパはあまりのことで、一瞬なにが起こったのか、わからなかった。
戦士として己の身体を武器とする。聖櫃として、生涯自身の命を狙われる身となったシスが選択したことは、守られることではなかった。
「ごめんねジスパ。私、戦うね」
「……」
「私が不能者だからって、敵は襲うのをやめてくれない。だから……私は強くならなきゃ。守られるだけは、もう嫌なの」
ニッと、シスは笑う。
その微笑みは、かつていじめられ、一人トイレで泣いていただけの美少女ではなかった。蒼の瞳は熱い意志をもって。その決意はどこまでも固く。
「ジスパ君。命乞いするのもいい。戦うのもいい。しかし、嵐を過ぎ去るのをただ待つことはやめておきなさい。その生き方は美しくないからね」
「……」
彼女は他の2人の顔を見る。彼らも同様、決断しきれずにいた。しかし、無情にも時は待ってくれない。
奥の茂みをかきわける音が近づいてくる。
「さあ、到着したようだよ?」
そうアシュが視線を移すと、3人。黒装束を着た男たちがそこに立っていた。1人は剣、1人は槍、そして後方には魔法使いという配置。
「前衛は私とネウちゃんが引き受けます!」
彼らの背中を押し、勇気を示したのはシス。敵にひるむことなく、戦闘の構えを取った。
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