遠足開始


 拉致。気がつけば山。寝巻のパジャマ。着の身着のまま。ココ、ドコ。イマ、ナンジ。生徒たちの頭には様々なことが脳裏によぎるが、あまりにも多すぎると、どうやらなにも言えないらしい。


 そして、いつもならば、烈火のごとく、性悪魔法使いに反論するリリーが、深緑の瞳をシパシパさせて、すこぶる眠そうである。秒単位で、規則正しい時間で就寝につく彼女は、予定外の起床に弱く、いまだに頭が働かずにボーっとしている。


 それ好機と、アシュは生徒たちに向けて説明を始める。


「さて、なにか目標がなければ面白くあるまい? 心配しなくても、準備してあるよ。フフ……フフフフ……」


 誰もそんな心配はしていない。しかし、こんな時真っ先に噛みつくリリーが呆けているので、謎にテンションが高い性悪魔法使いの気勢を削ぐことができない生徒一同。


 ミラは、巨大なカバンの中から、図鑑を一つ取り出した。


「ピエトラ草です。このシリササ山に生息する魔草で、希少価値が非常に高いです。売れば、首都ジーゼマクシリアに豪邸が建ちます」


 有能執事が図鑑を掲げながら説明する。


「もちろん、見つければ僕から同額の報奨を支給しよう。どうだね? みんな、やる気になったかね?」


 性悪魔法使いは、大げさに手を広げて、提案する。


「アシュ先生! それは、私たちに失礼ではないですか?」「そうですよ。僕らがお金で釣られると思ってるんですか!?」「僕らは貴族ですよ、それをわかっていますか!?」


 一斉に生徒たちから意見が飛び交う。バカにすんなと。俺たちはそんなに卑しくないぞと。


「……じゃあ、要らないの――「みんな! でも、考えてみれば凄く貴重な体験ができるんじゃないかしらっ」


 優等生少女のジスパが性悪魔法使いの言葉を必死に遮る。ちなみに、彼女は下級貴族の娘で、家庭の財政は非常に心もとない。


「まあ、確かにここは珍しい魔獣や植物の宝庫だしね」


 思慮深げに同意するミリンダは、実は貴族ではない。アシュと同様一般庶民の出自である。当然、極貧生活を送っており、ひそかに副業をして実家に仕送りをしている。


「……確かに先生の言う通り目標があった方が楽しいかもしれないな。なあ!」


 そう呼びかけたダンは、最近彼女ができた。ネックレス。高級ネックレス。彼女に似合う真珠のネックレス。是が否にでも欲しいデレデレ彼氏である。


 そのほか、アシュの提案に心揺れた10名がそれとなく空気を読んで賛成票を投じた3人に寄り添う。そして、なんとなく空気を読んだ20名が仕方ないような雰囲気を醸し出した。


 そんな中、注目されるのはリリー=シュバルツの動向。真っ向からアシュに立ち向かえるKY美少女に全生徒たちの視線が集中する。


「リ、リリー。みんな、こっち見てるよ」


 隣で座っているシスが、彼女を揺り動かす。


「……んんっ。やっぱ……り……シスの胸柔らか……」


「ちょ……リリー……なにをっ……あっ、そこ拡げちゃ……」


 もだえるシスに抱きついてご就寝。モフモフ枕が大好きなネボスケ美少女は、彼女の柔らかな胸の谷間に顔をうずめて至福の夢心地である。いい枕、みつけた、と。この3日間、心待ちにし過ぎてロクに眠れなかった遠足大好き美少女。その睡眠はすこぶる深い。


 アシュは、リリーの行動に、10点の査定をプラスした。


 そして旗振り役の彼女がいなければ一部の欲深い生徒の思惑通り、多数決で決定。闇魔法使いが企画するピエトラ草探索ミッションの始まりであった。


「さて、この集団で探すのは非効率だからグループを作るよ……僕とミラの2つだな。さ、好きな方の前に並びたまえ」


 2秒後


 アシュ 0名

 ミラ  40名


「……」


 己の人気のなさ、信頼のなさを未だ自覚していない闇魔法使いである。


「ふっ……君たち。わかっていないな。君たちの成績をつけるのは僕だよ? 当然、この遠足もその対象に入る」


 アシュのゲスびた言葉を聞いて、早速1名に動きがあった。ベスパである。このホグナー魔法学校で好成績を修めて、是が否にでもエリート街道に乗りたい勤勉優等生少女。


「おお……君か。やはり、下級貴族の娘だけあって貪欲だね。金、権力。ガツガツと求めていこうじゃないか」


「……」


 辱めを受け、スーッとミラの方に戻ろうとする勤勉優等生少女。


「ちょ、ちょっと! 褒めてるんだ。褒めてるんだよ! ベタ褒めだよ!」


 必死。


 清くない1票を、必死に欲しがる、不人気魔法使い。


 1分後


 アシュ 1名

 ミラ  39名


 全然、大勢は動かない。不動の不人気を獲得している闇魔法使いである。


「……さあ、冗談はこれぐらいにしておいて。じゃあ、僕がメンバーを分けるよ」


「えっ! 生徒が選ぶんじゃ……」


 アシュ側に寝返ったベスパが焦る。ふざけんなと。なんのために恥を忍んだのか。意味ないじゃないかと。


「ふっ……なぜ、生徒が決めるんだね? いつの時代も、決定者は教師側と相場が決まっているのだよ」


「……」


 ベスパは優等生なので、なにも言わない。なにも言わないが、思う。


 地獄に落ちろ、この性悪最低教師、と。


 伊達にシスを長年いじめていない。影で陰険な想いを募らせる少女である。


「まあ、安心したまえ。君は僕のグループだよ。後は……先ほど、発言をしていたミリンダ君。ダン君。僕は積極性を評価するからね。君たちはこちらだな」


「……」


 評価してほしくなかった……とは2人の切実な想いである。


「後は……シス。君もだ」


「わ、私もですか!?」


「当然だ。君は僕のお気に入りだからね」


「……」


 生徒、そしてミラの想いは一致した。


 ロリ変態教師、と。


「さて、うるさい子が起きないうちに行くとしようか。じゃあ、ミラ。頼んだよ」


「かしこまりました」


「まあ、だからね。まずはいろいろと探検していこうじゃないか」


 日帰り遠足のはずなのに、不吉すぎる一言を生徒に放ち闇魔法使いグループは森の奥へと消えていった。




 

 

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