練習


 朝日が昇り。小鳥のさえずりと共に、闇魔法使いは目覚めた。完全夜型の彼が、いつも就寝する頃に起きるという行為は、ストレス以外の何物でもなかったが、やむなく起き上がって部屋をでる。


 トントントン。


 執事の部屋をノックをするが、返事はない。


「……」


 昨日、この時間にやるといっておいたのに。全然起きないネボスケ執事に、苛立ちが止まらない。


<<火の存在を 敵に 示せ>>ーー炎の矢ファイア・エンブレム


 放たれた炎は、瞬く間に燃え上がる。


「ほぇ……か、か、火事――――――――!?」


 ミラが気づき、慌てふためき、バタバタしている音を至福の表情で聞いているキチガイ主人。


            ・・・


 10分後、消し炭となった扉跡を華麗に通り、「起きたかね?」と一言。呆然としているミラに向かって満面の笑みを向ける。


「さあ、立派な淑女レディになるための特訓だよ」


「……あの、アシュさん。一つ聞いてもいいですか?」


「なんだね?」


「この扉を燃やしたのはあなたですか?」


「ああ、そんなことか」


「そ、そんなっ……」


 ミラ、絶句。


「君はノックをしても起きないものでね。扉は不要だと考えたまでだよ」


「……キ――――――!」


 いつも通りアシュに襲い掛かるが、頭を押さえられて短い手が届かない。


「君のために、時間を割いてあげるんだよ。大陸一の研究者と謳われたこの僕が。大陸一稼ぐ金が高いであろうこの僕が。そして必然的に大陸一コストパフォーマンスの高いこの僕が、大陸一コストパフォーマンスの低いであろう君のために。光栄に思うのだね」


「コストパフォーマンスってなんですか?」


「……さあ、始めようか」


 いつもの無知を無視して、本題に入る。


「ダンスですか?」


「そんなものは、ダンスを踊ってくれる人がいる者が練習すべきことだ。まずは、君に必要なのは、マナーだな」


「マ、マナー?」


「まあ、舞踏会と言っても、食事ももちろん出るからね。一通り礼儀作法を身に着けていないと下手をすれば平民だとバレる可能性すらある」


「……それ、あとじゃダメですか?」


 面倒くさいことは、常に後回しにしてきた勉強大嫌い美少女である。


「駄目に決まっているだろう」


 一方。何事も形から入る格好つけ魔法使い。凝り性の性格、異常なモテたい願望も相まって、マナーの類は完璧である。


「う゛――っ、わかりました! !」


「その口の利き方はいただけないね。『やらせてもらいます』に変えた方がいい」


「や、やらせてもらいます


「トーンがおしとやかではない。もっと滑らかにサラッと」


「……やらせてもらいます」


「ふむ……まあ、完璧な淑女レディの言い方には程遠いが、一応、及第点はあげておこうか。これからは、話し方も逐一指摘するからそのつもりでいるように」


「……」


 ミラは、思った。


 地獄、と。


 ミラが支度をして外へ一歩出ると、「歩き方に知性が感じられない」と指摘が飛ぶ。ミラが慌てて修正しようと歩くが、「違う。もっとしなやかに、優雅に、華麗に」と再度修正指示が。「う゛―――――っ」と唸ると、「その癖も直した方がいいね」とやることなすこと全否定。


「……私に、なにか恨みでもあるんですか?」


 涙目でそう訴える、ミラ。


「恨み、不平、不満は星屑の如くあるが、今回は違う。君が社交界で恥をかかないようにという、言うなれば、僕の慈悲だよ。まあ、君が無作法な立ち振る舞いをすると、なにより主人である僕の恥にもつながるのだからね」


 実際に、このナルシスト魔法使いはその歪んだ性格のせいで、評判としては最底辺にいるのだが、その点をこの男は全然考慮に入れない。


「……そうですよね。確かに、アシュさんがここまで親身になって教えてくれるなんて思ってなかったし。凄く嫌味で、いやらしくて、ネチネチとした言い方で、凄く気分が悪いですけど、なんとか頑張ります!」


「……」


 天然美少女は、無意識にアシュの罵倒を織り交ぜながら熱血する。


 泣きだすほどに、叫びだすほどに、死ぬほどに、きつく仕込んでやろう、とは礼儀作法完璧魔法使いがひそかに抱いた決意であった。


 

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