晩餐会


            *


 日光が降り注ぐ中。鴉が一匹、禁忌の館の門の上に止まった。ここには、郵便ポストというものはない。代わりに、下僕である鴉がウェイバールの借家から手紙を受け取り、それを運ぶ。


「あー、鴉ちゃん、おはよ」


 すっかり手慣れた様子で、ミラは鴉を肩にのせて手紙を受け取る。


 ビリビリビリ。


 何の躊躇もなく、執事は、主人の手紙を開けた。


「ふむふむ……招待状!? ……えらいこっちゃ」


 鴉に駄賃の餌をあげ、猛然とアシュの元へと走る。


「アシュさんアシュさんアシュさーん!」


 ドンドンドン!


「……なんだね」


 やっと、ポンコツ執事の騒々しさに順応してきた低血圧魔法使い。


「見てくださいよ、これ、招待状ですって!」


「……君は無断で人の手紙を開けるような教育を施されていたのかな?」


「いいえ!」


「……」


 ああ、こいつのアホは慣れることはない、とは性悪魔法使いの確信である。


 手紙の中身を見てみると、確かにそれは招待状だった。


「ふむ……よく、文字を読めたね」


「エヘヘ……お掃除サボって勉強しましたから」


「……なんで職務放棄を、照れ嬉しそうに言えるのかは全くの謎だが」


「楽しみですねー」


 !?


「き、君……参加する気か?」


「えっ、だって執事ですもん」


「……執事は通常、舞踏会には参加しないんだよ」


 当然のことをイチイチ指摘するのにも、もうすっかり慣れてきた闇魔法使いである。


「えっ!?」


「逆になんで行けると思っているのか、僕はそこを詳しく聞きたいのだが」


「でも、ご主人様のお世話とかあるじゃないですか!?」


「……君に『お世話』とか言われると猛烈に腹立たしい気分になるが。まあ、会場までは行くが、控室で待機だろうな」


「なんでですか!?」


「そう言うもんなんだよ!」


「やだやだ! 出たい出たい出たい出たい―――!」


「……」


 地面をゴロゴロと転がりながら駄々をこねるアホ執事に、ため息が止まらないキチガイ主人。


「そもそも、君が舞踏会なんか参加したところで、みじめな気持ちになるだけだろう」


「な、なんて酷いことを」


「事実だ。そもそも参加資格は貴族のみだ」


「嘘つけばいいじゃないですか」


「……そう言うところが平民なんだよ君は。そして、すぐにバレるさ。君は魔法が使えないんだからね」


「そんなのわからないじゃないですか!?」


「使えるのか?」


「……使えませんけど」


「ふっ……そうだな、君は平民だものな。そもそも君の頭には魔力野ゲートがない」


 ナルシスト魔法使いは、得意げに説明を始める。


「な、なんですかそれ」


「魔力を司る脳の部位さ。君のここの部分にはそれがなくて、魔法の使える貴族はみんな……アレ……」


 ミラの後頭部を触りながら、アシュの脳内に疑問符がつく。


「ちょっと、なにレディの頭を勝手に触ってるんですか!?」


「……なぜだ。なぜ、魔力野ゲートが存在するのだ」


 その後頭部には、長年触診をしてきて得た感触がある。アシュの理論からいけば、ミラは魔法が使えることになる。


「う゛――――っ!? さっきから、変なところを撫でないでください、変態!」


 どうやら、くすぐったいようで、何度も何度も手をどけようとするが、起きている事象が信じられないアシュは後頭部を触り続ける。


「……信じがたいことではあるが、君は、本当は魔法が使える」


 凄く、いやいや、アシュは答える。


「えっ!? 私、使えるんですか?」


「……普通は小さいころに気づくもんだがね」


 平民は、誰しも自分が魔法を使えればと願うものだ。幼少の時に貴族の真似事をして、魔法が出るなど日常茶飯事だ。


「じゃあ、舞踏会に私も参加できるってことですか!?」


「なんでそうなるんだ!」


「だって、魔法使えますよ! 貴族のふりができるじゃないですか!」


「仮に魔法が使えたとしても招待状は? 貴族のふるまいが君にできると思っているのか? そもそも魔法が使えるといっただけで、修練しなくては使いこなすことはできないんだよ!」


「ぐぐぐっ……ケチっ」


「……」


 相変わらず、意味の分からない反論が返ってきたところで、アシュは本日三回目のため息をついた。


「だいたい、なんで舞踏会なんて参加したいんだい?」


「ふっふっふっ。よくぞ聞いてくれました。私、ずっと夢だったんです。舞踏会に参加して、王子様に『ダンスを踊りませんか』って言われるんです。それで、その日にプロポーズされて、お姫様になって――」


「……もう、寝るから昼まで起こさないでくれ」


 キラキラ瞳を輝かせて語る夢見がち執事を無視して、性悪魔法使いは扉を閉めてベッドにダイブした。


「ふぅ……なんだってああも無邪気に夢が語れるかね」


 一人、そうつぶやく。


 舞踏会は言ってみれば政治の場だ。貴族同士による政略結婚の交渉。美しく華やかな表舞台とは裏腹に、ドロドロした闇がそこには蠢いているのに。


「ッラー、ラーラー♪ ラーラーラ♪」


 外から鼻歌が聞こえてくる。


 どうせ、下手な舞踏曲でも踊っているのだろう。


「……」


「ッラー、ラーラー♪  ッラー、ラーラー♪ ラーラーラ♪」


「……はぁ」


 本日4回目のため息をついて、アシュは再び部屋の扉を開ける。


「ア、アシュさん? 寝たんじゃないんですか?」


「君の鼻歌がうるさすぎてね。あと、2週間で君が一通りの魔法と礼儀作法を覚えたら参加させてやらないでもない」


「ええっ!? 本当ですか?」


「あまりにも君がうるさいからね。そして、参加させなかったら、この先もずっとうるさいだろうから」


「はい! この先もずっとうるさいです」


 ミラは嬉しそうに、宣言をする。


「……じゃあ、寝かせてくれ。僕は昨日から二日徹夜で疲れているんだ」


「はい」


 アシュは、部屋に戻って、再度ベッドにダイブした。


「ッラー、ラーラー♪  ッラー、ラーラー♪ ラーラーラ♪」


「……はぁ」


 どっちにしろ、うるさいのかとアシュは5回目のため息をつく。


「ッラー、ラーラー♪ ラーラーラ♪」


「……」


 その鼻歌を聞きながら、眠りに落ちた表情には、少し笑みが漏れていた。

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