合成獣


 アシュは禁忌の館で、数多くの合成獣キメラを創り出した。襲ってくるモンスターを捕獲しては彼の魔法技術で合成を行い、全く別の種族を創り出す。それゆえ、アシュの館の周りに迷い込んだ者はだいたい翌日、白骨となってこの世を去る。


 その多くの原因はケルベロス。狼の頭を3つ持ち、蛇の尾、大鷹の翼を装う巨大な魔獣。神話をモチーフにデザインしたアシュ渾身の合成獣キメラである。


 先ほどべルシウスに禁忌の館から連れてくるよう指示した。これがアシュの隠し玉だった。


「……貴様、そこまでの外道を」


 アリスト教徒の一人が青ざめた表情をしながら叫ぶ。


「この紳士に向かって外道とは。僕の研究成果によって創り出された魔薬で、どれだけの難病患者が助かったことか。君たちのような偽善者は、これらの陰の部分しか見ずに評価する。まことに嘆かわしいことだ」


「命をなんだと思っている!?」


「クク……今しがた、シスの命を犠牲にしようとしていた君たちの発言とは思えないな」


 嫌味、皮肉でアシュに勝てるものはいない。壮絶に勝ち誇った笑みを見せ、アリスト教徒を見下す。


「くっ……」


「さあ、ケルベロス。やりたまえ! あの聖者どもに君たちの恐ろしさを味あわせてやり――」


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 そう言い終わる前に、ケルベロスは各々の頭で火炎、氷塵、雷塊を至る方向に吐く。敵味方構わず……と言うよりは四方八方。


「お、おい……ケルベロス……どうしたんだ? 敵はあの者たちで――」


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオッ! グオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 猛るケルベロス。暴れるケルベロス。その魔獣の足で突進して机、椅子などガンガン破壊する合成獣キメラである。


「……べルシウス。傀儡丸は?」


 アシュが作り出した動物を意のままに操る薬である。べルシウスに傀儡丸を飲ませるように指示していた。


「……エヘヘ。ごめん。ちょっと量が少なかったみたい」


 シスの胸の谷間に後頭部をのせながら、照れ笑いを浮かべる使い魔。


「……さて、諸君。が重なり、このサン・リザベス聖堂は本日をもって壊滅する」


「不幸な事態と言うよりは、すべてあなたのせいですけどね」


 ミラが淡々とツッコむ。


「さあ、脱出だ」


 闇魔法使いは彼女の言葉を華麗にスルーしてサン・リザベス聖堂の入り口へと向かう。


 一方、ロイドはいち早く脱出していたが、アリスト教徒たちはすでにアシュのコントロール外であることは知らず、ひたすら施設破壊を行っている魔獣を止めようと必死だった。


「あの闇魔法使いめ……アリスト教徒の聖地を……」


 アリスト教徒の一人が悔しそうにつぶやく。


「……みんな、このままでは建物ごと潰されてしまう。退避しよう」


 サモンは静かに言う。


「そんな! この聖堂はアリスト教徒の心の拠り所で……」


「建物は……所詮建物だ。今は、優先すべきことがある」


 もちろん半生をここで、過ごしてきた彼らにとってそれは苦渋の決断であることは理解していた。しかし、今はアシュたちを追って仕留めなければいけない。あの闇魔法使いに時間を与えては危険だ。これ以上、なにかする前に息の根を止めなければ。


「……わかりました。いえ、誰よりもここを愛しいと思っている大司教にそれを言われてしまっては」


「すまない」


 アシュたちに遅れて数秒、サモンたちもサン・リザベス聖堂からの脱出を始めた。しかし、彼らにより冷静な者がいれば気づいたかもしれない。或いは、ここでこの決戦を締めくくれたことを。


 アシュたちは確かに脱出した……しかし、一人この聖堂に残っている者がいた。


 シス=クローゼである。


 彼女はサン・リザベス聖堂で一人、ケルベロスの前で対峙していた。


「お、おいシス! なにをする気だ!?」


 シスの胸の間でべルシウスが、震えながら彼女に尋ねる。


「ベルちゃんはここにいて。危ないから」


 そう言ってシスは使い魔を地面に置いた。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオッ! グオオオオオオオオオオオオオオオオオッ! グオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


「バカ、なに言ってるんだよ! ケルベロスは傀儡丸が効いてないんだよ! 早く逃げなきゃ死んじゃうだろう!?」


 べルシウスの必死の叫びを無視してシスはケルベロスに近づく。


「……お願い。私に力を貸して」


 シスは魔獣の瞳をまっすぐに見つめた。明らかに興奮状態で、耳を傾けられる状態ではない……その視線は殺気にまみれていた。ホグナー魔法学校の森にいた動物たちとは違う。明らかに人間を忌み、憎んでいる目。


 バシッ!


 蛇の尾がシスの身体を捉えて、数メートル吹き飛んだ。壁に叩きつけられるように激突しその場にうずくまる。数本の骨にヒビが入り、激痛が彼女の身体に走る。


「……ぐぅ」


「シス! なにをしてるんだよ? もう、逃げよう……早く……」


 そう促す使い魔だったが、恐怖で足が竦み、動かない。それほどケルベロスの殺意は強烈だった。シスは、ゆっくりと身体を起こしてケルベロスに近づく。


「……ごめんねぇ。私は……私のために……あなたの力を貸してほしい。勝手だよね。見苦しいよね……でも、私には何もできないから……」


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオッ! グオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


「シス! 本当に喰われちゃうよ!」


 べルシウスはそう叫ぶが、シスは歩みをとめない。


「もちろん……タダでとは言わないわ」


 シスは静かに左腕を差し出した。


「シス……」


「食べていい。私の片腕じゃ足りないかもしれないから……後で私をまるごと食べていいよ。でも……今は右腕だけは残しておいて。この手で……私は力になりたい。私を命を懸けて助けてくれる人に……」


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


「世界中の人たちのために、命は懸けられないけれど……私は、私が愛してくれる人たちのために命を懸けたいの。だから! 私に力を貸して、ケルベロス!」


 ケルベロスの1体の頭が、シスが差し出した左腕にかぶりついた。


 













 




 


 

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