邂逅
「シス!」
「リリー!」
2人がガッチリと抱き合う。アシュもまた、シスに近づいて頭を優しくなでる。
「アシュ先生……」
「遅くなってすまなかったね。盛大なもてなしを受けて少々、計算が狂ったんだ」
そう言って、端に立っていたロイドに視線を送る。
「……へ―ゼンはどうした?」
怒りで震える声を振り絞って尋ねた。
「どうしたと思う? 本当はわかっているのだろう?」
アシュは不敵な笑みを見せる。
「……」
ロイドは、にわかには信じられなかった。へ―ゼンを人形にしたときは、自身の功績に震えたものだった。永遠に動く史上最高の最強魔法使い。この玩具さえあれば、この世にできぬことはない。そう思っていた。
「嘆くことはない。君は天才だよ……僕が認めるのだ。どんな称号よりも誇っていいよ」
超絶上から目線で、ロイドを見下すアシュ。心底不快な表情を見せるロイドに、心底優越感を誇るアシュ。
「……」
「まあ、へ―ゼン先生も優れた先生ではあったけどね。しかし、師匠とはいずれは超えるものだろう? それが、弟子と師匠との関係さ。師匠は弟子に超えられるために存在しているのだよ。そうできなければ、弟子の存在意義はないよ。ところで、ロイド君。君はどうやってへ―ゼン先生を亡き者としたのかな?」
「……」
「もちろん、正々堂々と戦ったんだろうね? まさか、ご老体の寝首をかいて狡猾にも魂を捕えたわけではあるまい?」
「……」
ロイドはなにも答えない。いや、答えられなかった。
三日月が輝く夜の出来事。それを、ロイドは天祐だと思った。一瞬たりとも隙すら見せなかった最強魔法使いが、老いからくる心臓発作で苦しみ始めたのだ。それは、非常に短い時間だったが、側に仕え信任を勝ち取っている彼にとっては容易な作業だった。
速やかに魂を捕らえ、抜け殻となった身体はサンプルの血液と
アシュの言う通り、姑息な方法だった。そうでないと、とてもではないが史上最高の魔法使いと謳われたへ―ゼンの魂を捕らえることはできなかったからだ。
「えっ……もしかしたらそうなのかい? これは驚いた。君は、実力では敵わないから卑怯な方法で史上最高の魔法使いを亡き者にして、自らの人形として利用し続けたというのか?」
アシュは大げさに身振り手振りを加えながら、サン・リザベス大聖堂に響き渡るほどの声で言い放つ。まるで、劇場でオペラを披露するかのような振る舞いで。性悪魔法使いは、それがロイドの一番触れてほしくない部分だということを熟知していた。
「……黙れ」
「いや、それはすまない。僕は君を天才だと思っていたんだ。だから、当然へ―ゼン先生を正々堂々と実力で勝ったと思い込んでいたんだ。正々堂々と。まさか、卑怯かつ狡猾な方法であったとは……いや、これはあんまり言わない方がよかったかな? 君のプライドが傷ついてしまうからね」
「黙れ! 黙れ! 黙れ! それ以上言うと――」
「お前が黙りなさい、ロイド」
猛るロイドを制止するサモン。
「そうだね、サモン大司教。こんな卑怯者より、本題の方が重要だったね」
「なんだと――」
「ロイド! 彼は敢えてお前の自尊心をあおっているのだ。感情的になれば、思う壺だ」
サモンがそう言うと、ロイドは悔しそうに一歩下がる。
「さて、アシュ=ダール。君と会うのは、13年ぶりになるか」
「そうだな。その時の君は、まだ若々しく希望に溢れていたが、随分と瘦せ細ったものだな。身体も……志も」
闇魔法使いの皮肉に、少し表情を歪ませるサモン。
「……そんなことより私の話を嘘と呼ぶのはどういうことかな?」
「では、聞こう。神に誓って、君は嘘をついていないと誓えるか?」
「もちろんだ」
「……ククク……本当に大ウソつきだな、君は」
アシュは歪んだ笑顔を見せる。
「嘘などではない。なあ、シス。私を信じてくれ」
サモンはそう言って、大きく手を広げる。
「アシュ先生……私、サモン大司教の力になりたいんです」
「そんな! なんで?」
リリーが彼女の肩を揺さぶる。
「……私、アリスト教を広げることで少しでもそんな人たちの力になれたらって。私にもし、アリストの血が受け継がれているんだったら、そうすることが私の運命じゃないかって」
「シス……」
「リリー。あなたが、私と友達になってくれたように。アシュ先生……こんな私に手を差し伸べてくださったあなたのように。私の力が少しでも力になれたらって」
シスはまっすぐにリリーとアシュを見つめる。アシュはしばらく、彼女を見つめていたがやがて大きくため息をついた。
「ガッカリだよ……」
「え?」
「シス=クローゼ。君にはガッカリしたよ」
アシュはシスにそう答えた。
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