勧誘
サン・リザベス聖堂。その夕暮れは堂内を暁に染め上げ、やがて闇へと包みこむ。
シスが目覚めると、そこにはアリスト教の大司教であるサモンが立っていた。
「サモン大司教……」
「シス。久しぶりだね。クローゼ家の令嬢である君が聖櫃だったとは、まさか思わなかったよ」
クローゼ家はアリスト教徒に多くの寄付を行っている。何度か2人は祭事の時に交流があった。彼のような聖人がこのようなテロリストとはまったく結びつかない。
「教えてください。いったい、あなたはなにをしようとしているのですか?」
「シス……君の疑問に答える前に、彼女に僕が安全であることを教えてくれないかな?」
大司教の視線は、シスの数歩後ろに立っているミラを捉えていた。明らかに戦闘の構えを取っていて、シスには誰も近づかせまいと誓う意志が感じ取れた。
「ミラさん。サモン大司教はお優しい方です。そんなに警戒なさらなくても」
「シス様。周りを見てください」
そう促され、視線を周囲に移すと壁の端にアリスト教徒13使徒がいた。シスとミラを包囲するかのように詠唱の構えを取っている。彼らは、サモン大司教直下の選抜部隊だ。彼の腹心であり、その実力も信者の中でトップクラスである。しかし、ロイドのような敵意がなく、誰もが深い敬愛に満ちた表情を浮かべていた。
「……君たちを傷つけるつもりはない。ただ、もう時間がないのだ」
言外には、『意図せぬ行動をとった場合には容赦はしない』という表現が取れる。それほど、サモン大司教は、依然あった姿とは別人のように痩せこけ、鬼気迫る表情であった。
「聞かせてください」
気丈にもシスは真実を知ろうとする。おおよそ、自分の望む答えではないとわかってはいたが、それでも。少なくとも、自分の道は自分で選びたいという強さが、アシュと出会ったことで芽生え始めていた。
「わかった。すでにロイドから聞いたと思うが、君は神の子アリストの子孫なんだ」
「……」
彼女がどうしても否定したかった事実は、走馬灯のように彼女の脳裏に浮かびあがる。父と母は彼女に優しくはなかったこと。他の兄弟は魔法が使えて、自分だけが不能者であること。しかし、彼女の心は同時に否定する。シスの髪も瞳の色も、父方のそれと同じであったし、顔立ちなどは母親によく似ていると言われたものだ。
「……それを確かめるために、どうか私に調べさせてくれないか?」
「理由を……あなたがそれを調べる理由を教えてください」
「シス……私はもう長くはもたない。あと、2週間以内には天に召される運命だろう」
「……」
「14年前……アセレスという一人の女性がいた。アリストの血を継ぎ、救世主となるべき資質を持った人だ。しかし……彼女はもうここにはいない。君を産んだ時に、この世から去った」
「……」
「私は……彼女から、頼まれたんだ。『どうか、生まれてくる娘にはアリストの後継者と言う重い十字架を背負わさないでほしい』と。当時、私は……彼女の意思を尊重し一度は君の監視をやめたのだ。そして、アセレスのその後も一切追わなかった。だから、君を探し当てるのに随分と時間がかかってしまった」
「……なぜ、今になって私を?」
「当時、私は愚かにも信じていたんだよ。彼女の力がなくても、人は理想郷を築けると。しかし……3年前に死の病に侵されたと知った時、私は己の無力さを思い知った。王国の腐敗。それは、君も深く知るところだろう?」
「……」
シスはなにも答えなかったが、サモンの言う現状には同感だった。支配者層である貴族の多くが己の利権のみに執着し私腹を肥やしている。魔法の使えない一般市民のことなど、意識の片隅にも存在はしない。
「アリスト教信者は、そんなことはない。魔法が使える者、使えぬ者、皆平等に接するよう教義としての教えがある。現に、アリスト教が国教となり少ない貴族ではあるが確実にそう言った動きが出ている。クローゼ家もその貴族の一人ではないか」
「私に……どうしろと言うのですか?」
「君に協力して欲しい。アリスト教がよりこの国に……いや、世界に広がるように。アリストの血を継ぐものとして」
「……わかりました。ミラさん、サモン大司教に私の身体を調べてもらいます。どうか、アリスト教徒の方々に手を出さないでください」
シスはそう言って、自らサモン大司教の元へ歩を進める。
「……ありがとう」
サモン大司教は微笑み、深々とお辞儀をする。
パチ パチ パチ
その時、大聖堂の中心に位置する天窓から一人の拍手音が響いた。
「誰だ!?」
アリスト教の一人が音の先に向かって叫ぶ。
「サモン大司教。さすがは、アリスト教と言う巨大な組織のトップなだけある。大した説得力……そして、大した嘘つきだな」
そう言って天窓から降りてきたのは、アシュ。そして、リリーだった。
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