繁栄
放課後の職員室、教師陣は非常に忙しい。それは、生徒たちの明日の授業準備を放課後中に行わなくてはいけないからだ。しかも日々の雑務なども行わなくてはならないので、ホグナー魔法学校で深夜のチャイムを迎える者も少なくない。
「ふぅ……不勉強な者たちは大変だな。たかが、生徒たちに魔法を教えるために必死に準備をして」
優雅にワインを口にしながら、悪気もなくそんなことをつぶやくアシュ。それを、聞いた教師陣の想いは一致した。
死ねばいいのに、と。
そんなアシュの隣にはミラが、高速で雑務をこなしている。
「それは、私がアシュ様の代わりに全ての授業の準備、雑務をこなしているからではないですか?」
「ふっ……さすがは僕の創った人形だ。ああ、なんたる有能なことか」
「……全然嬉しくありませんけど」
そんなやり取りをしていると、1人の白衣美人がアシュに近づいてくる。ジュリア=シンドル。先日ナルシスト魔法使いに目をつけられた22歳の新任魔法医である。先日からの執拗なアプローチからあれだけ逃げ回っていた彼女だ。自ら近づくとは、いったいどういう風の吹き回しかと周囲は目を見張る。
「あの……アシュ先生。もし、よろしければ少し教えていただきたいことがあるのですが」
アシュはすぐさま立ち上がり、華麗に椅子を彼女に差し出した。
「ジュリア先生のような美しい方に私の知恵を授けられるとはそんなに光栄なことはありません。しかし……困ったな」
「何がですか?」
「少々ぎこちなくなるのはご容赦ください。あなたのあまりの美しさに見惚れていいるだけですので」
教師陣は再び一致した。
本当に、死ねばいいのに、と。
「まあ、お上手ね」
しかし、当のジュリアはまんざらでもなさそうな表情を浮かべる。そんな彼女の反応を見たナルシスト魔法使いは満足そうな笑みを浮かべる。
「……ちょっと失礼します」
ミラはアシュを連れて、ジュリアに声が届かない距離まで移動する。
「なんだい? 人形の嫉妬は見っともないよ。所詮、僕たちは人間と人形で――」
「騙されてます」
キッパリと、ミラは答えた。
「……なにがだい? 全く意味がわからないんだが」
「アシュ様の口説き文句を聞いて、あの反応。間違いありません。彼女はなんらかの意図をもってあなたに接近しています」
「ふふ……感情がないというのは恐ろしいな。恋する女性の気持ちがわからぬというのだからな」
アシュがミラを見て哀れんだような視線を投げかける。
「……私がわからないのは、あなたのその自信がどこから湧き出ているかです」
「まあ、見ていたまえ。君のような人形のために、麗しき女性を待たせる理由はない」
そう言ってアシュは再びジュリアの元へ。
「……どうかされましたか?」
「いや、私も驚いたよ」
「えっ?」
「君のあまりの美しさに、あの人形が嫉妬したと言うのだ。まさか、君の美貌は人形にすら心を与えてしまうとは」
「まあ、そんな、私なんて」
「……ちょっと失礼します」
再びまんざらでもなさそうな彼女を見ていたミラは、再びアシュを連れてジュリアに声が届かない距離まで移動する。
「なんだい? 僕は今、運命の女性に巡り会えた喜びに感激しているというのに」
「絶対、騙されています」
「ふぅ……君はあの綺麗な瞳が見えないのかい。あの偽りなき綺麗な瞳が」
「……あなたの瞳が節穴過ぎるからおっしゃってるのです。ジュリア様はあれだけあなたから逃げ回っておいでだったじゃないですか。この態度の変わりようは絶対におかしいです」
「それは、やっと僕の誠意が通じたということだよ」
「……アシュ様。私はあなたほど女性に弱い男性を見たことがありません。その弱点を敵は見事についてきているのです。はっきり言って、出張中のライオール様以外の教師は……特にジュリア様はあなたを毛虫より嫌っておいでです」
「バカな。彼女のような素晴らしい女性を疑えとでも? もし、仮に。僕が彼女に騙されているとしたら。それは、すなわち、恋というやつさ」
「……」
ミラの心は他の教師陣とシンクロした。
もう、勝手に死んでください、と。
「じゃあ、僕はジュリア先生と今後の生徒たちの未来について語り合いに行ってくるから。君はキチンと仕事を終わらせて館に戻っているといい」
そう言い残して、意気揚々と身を翻してジュリアの方に歩くアシュ。
「……かしこまりました」
ミラはそれ以上なにも言わずに淡々とジュリアの分の雑務をこなし始めた。一つだけ彼女にわかったことがあった。敵はアシュ=ダールと言う男の人間性を理解している。傲慢で、自信家で、ナルシスで。めっぽう女に弱すぎる。そんなど阿呆な彼を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます