死神


 属性変換の課題を与えてから、2つのグループに分かれた。1つは、素直にリリーの属性変換魔法の手ほどきを受ける生徒たち。これは、彼女より劣っていると自覚がある生徒たちが多かった。なんとか学ぶ姿勢を性悪魔法使いに見せて、積極性のアピールと言ったところだろうか。


 別のグループは優秀な魔法使い同士情報共有し合い、属性変換魔法につなげようとする生徒たち。アシュは手段、方法、経緯は問わないと言った。それ、すなわち公然とカンニングを認めたことになる。少し知恵の回る者ならば、徒党を組んで課題をこなすだろう。しかし、理事長であるライオールや、教師であるアシュの前では行うことは憚られる。だから、彼らの見えぬ場所で、みんな魔法の錬成をしていた。


 ライオールには、この場にいてもらって生徒の属性変換を見てもらい、アシュはミラと共にシスの捜索を始めた。現時点で彼女はどちらのグループにも属していない。クローゼ家の令嬢と言うからには、リリーと同じく才能溢れる魔法使いだと算段を立てていたが、今なおここに来ないということはそこまでではないらしい。


 クローゼ家はシュバルツ家と双璧をなす超名門の家系である。いや、大神官メルキオスク=クローゼ。大陸一の魔法騎士団と謳われたクローゼ騎士団初代団長シルヴィ=クローゼ。他にも、各世代で非凡な者を排出している。家系としてはこちらの方が格上だと評する評論家もいるくらいだ。


「しかし……見つからないもんだな」


 アシュが周りを見渡しながらつぶやいた。この近辺は大方捜索したが、シスは見つからなかった。あれだけの美少女だ。一瞥で見つけられるとは思ってはいたが。


 やがて、ホグナー魔法学校の校庭の最奥に位置する湖まで来た。まさか、こんな所まで来る意味はないと思うが、もう探していない場所はここしかない。あたりを一周歩いてみると、


「……アシュ先生? ミラさん」


 声のした方を向くと、動物たちが多く集まっている1つの場所があり、その中心に彼女が……シス=クローゼがいた。動物には、ワーウルフ、リックベアなどの凶暴種もいたが彼女の前ではまるで愛犬のように大人しくしていた。


「驚いたな……君は動物と意思疎通ができるのかい?」


 アシュは素直に感嘆して近づこうとしたが、その瞬間に動物たちが一斉に牙をむく。


「こら、みんな。この人たちは悪い人たちじゃないのよ。向こうに行っていて」


 そうシスが指示すると、一斉に動物たちは湖の奥の森へと消えていった。


「嫌われていますね、アシュ様。普段、動物の死骸ばかり相手にしているから」


「ミラ。それは、君だろう? 体温を持たぬ人形だ。嫌われて当然じゃないか」


 一通りそんな口論を交わしていると、シスは透き通った湖のような瞳でアシュを見つめた。


「素晴らしい能力だ。大切にするといい」


「……はい」


 アシュとしては手放しに褒めたつもりであったが、彼女の表情は沈んだままだ。


「ところで、リリー君とは、別行動なのだね。あの暑苦しい彼女と親友と聞き、さぞや熱血指導を受けているのだと想像したが」


「……彼女とは、この学校ではほとんど会話しません」


 シスは少し陰のある微笑みを浮かべる。


「ふむ……まあ、君たちの関係性に興味はない。別に話さなくても構わんよ。それよりも……」


 アシュは、シスの頭に掌を置く。


「あの……アシュ先生?」


「……君は不能者だと聞いたが?」


「はい……私は……今まで、魔法を使えたことが一度もないんです」


 青の瞳はますます潤み、宝石のような輝きを放つ。


「……ふむ。驚いたな」


 アシュはこれまで何万人もの被験体を見てきた。『魔法使いでない者は、魔力野が存在しない』。膨大な実証データから彼が結論付けたことであったが、シスには魔力野が存在する。しかも、リリー=シュバルツと同レベルの発達した魔力野である。


「私は、それでもクローゼ家だから、いつか魔法が使えるようになるって言われて、ライオール理事長の計らいで、ホグナー魔法学校へ入学できたんです。でも……それでも、全然魔法が使えなくて ……もう、それから1年が経過しました」


「……」


 シスはそれ以上言わなかったが、彼女の周りには敵しかいなかったはずだ。クローゼ家の面々、彼女のクラスメート、教師陣。不能者にとって、貴族社会は恐ろしいほど冷たい。だからこそ、彼女は1人で動物たちと一緒にいたのだろう。


 アシュはシスに、かつての自分を重ねていた。


 平民出身の魔法使い。魔力が弱ければ、もしかしたら哀れまれて見逃されていたかもしれない。しかし、アシュは異端だった。その魔力、性質、あらゆる意味で。彼は未だにかつて卒業した魔法学校を生き地獄と記憶する。


「……しかし、なぜ特別クラスに?」


「ライオール理事長に勧められたんです。もしかしたら、アシュ先生なら何とかしてくれるんじゃないかって。でも……やっぱり無理ですよね。魔法が使えない私が、特別クラスで授業を受けるなんて」


「……いや、そんなことはないよ」


「えっ?」


 シスがアシュの方を向き、湖と同化した青色の髪がサラッと動く。


「君が素晴らしい素質を持っていることがわかっている」


「……本当……ですか?」


「君のその透き通った瞳。その素晴らしいスタイル。美しい顔立ち。将来は大陸有数の美女になるよ。僕が保証する」


「……」


「アシュ様……シス様はそう言った答えを全く望んでいないと思います」


 ミラが淡々と空気が読めないアホ魔法使いにツッコむが、それを見事に無視して話を続ける。


「シス。君は何か他の何かになりたいと思ったことはあるかい?」


「……はい」


「ほう、何になりたい?」


「私は……あの子たちのような動物になりたいです。『あの子たちと一緒に過ごせればどんなにいいだろう』って思ったことは……何度も」


「いい答えだ」


 アシュはニヤリと笑った。


「シス、超天才である僕にも君を動物にしてやることは難しい。できないとは言わないが。しかし、君の欲するものになることはできる」


「あの……」


「君と一緒に過ごす友達になると言っている。言っておくが、僕のような友達は貴重だぞ。ハッキリ言って、ホグナー魔法学校全員と友達になるより貴重だからな」


 アシュがそう言うと、シスがクシャっと笑顔になった。


「……ククク……ククククク……なんですかそれ? だいたい教師と友達って」


「君は変な笑い方をするな。しかし、笑った顔は可愛い。哀しそうな顔も美少女だが、笑った方がいい。それに、その指摘は的外れだ。動物たちとは友達になる方がよほど変わっているのに、教師と友達になるのを今更笑うとは」


「……ククククク……た、確かに変ですね……ククククク……」


「君は本当に変な笑い方をするな。しかし、いい笑顔だ。いいか、僕は君の友達だから変なことは『変だ』という。いいところは『いい』と言う。遠慮はなしだ」


 そう言ってアシュはシスに掌を差し出した。


「……はい! よろしくお願いします、おかしな友達さん」


 シスは無邪気な笑顔でアシュの手を握った。


「あの……ところでアシュ先生。1つだけ質問が」


「なんだい? 友達ではあるが、君は僕の生徒でもある。何でも聞いてもらって結構だよ」


「なんでずっとミラさんにおぶってもらってるんですか?」


                ・・・


「逆に聞きたいが、君たちはなぜ歩いているのかな?」


「……素直に腰が抜けたからと言えばよろしいのに」


 ミラが淡々とつぶやいた。


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