節制



 アシュと打ち解けたシスは、意外とよく喋った。意外とよく喋り、時々少し変な笑い声を浮かべ、嬉しそうに身振り手振りをした。まるで、10年来の大親友と再会した少女が空白の時を必死に埋めるかのように。


               ・・・


 それから、2時間は経過しただろうか、


「アシュ様、あと課題終了まで1時間をきりました」


 ミラが淡々とつぶやく。


「……シス、楽しい語らいの時は次の機会にしようか。時間は無粋だな……そして、他にも無粋な客がいるようだけどね」


 アシュの発言にキョトンとした表情を見せるシス。


「えっ? 私たちの他に誰もいないじゃないですか」


「フッ……なあ、いい加減にかくれんぼは終わりにしないか? 紳士として、覗きは感心しないな。それとも、強制的に姿を見せるようにしようか?」


 アシュはそう言って森のを指差した。


「なぜ……わかった」


 突如として1人の男がの森から出現した。体格がよく白の法衣をまとっていた。歳は20代ほどだろうか、まだ若々しく生気がみなぎっていた。


「僕を誰だと思っている? 君のような未熟者の魔法を見抜くぐらいは造作もないさ」


「……全然違う方向を指差していたのに、なんでそんなに格好つけられるんですか?」


 ミラがおぶっているアシュを上目遣いで見つめる。ついでに言えば、彼女は口には出さないが、アシュは全くと言っていいほど気づかなかった。ただ、超優秀な執事がひそかに耳打ちしただけで。ミラの功績は己の功績だと主張する性悪ナルシスト魔法使いである。


「君は何者だ? なぜ、シスのことを監視する……いや、なぜ彼女を監視している?」


 アシュがそう尋ねると、男の表情がみるみる険しくなる。


「最初から……気づいていたのか?」


「……もちろん」


「……」


 さらっと嘘をつくアシュに、超有能執事は思う。


 このポンコツ嘘つき魔法使い、と。


「だが、目的がわからなかった。最初は、年の差という障害に悩む青年かと思って見逃していた。恋に年齢は関係ないからな。むしろ、君が突然現れて誰かに告白するというロマンティックな光景を――」


「アシュ様、話が脱線しております」


 ミラが方向修正を試みる。


「コホン、失礼。君は次から次へと監視する少女を変えていたな。まるで、何かを調べているかのようだった」


 そうポンコツ嘘つき魔法使いが超有能執事の見解をつらつらと述べると、男は不敵な笑みを浮かべた。


「なるほど……想像以上に危険な男だな」


「観念して正直に述べるなら見逃そう。しかし、抵抗するというのなら少し痛い目を見てもらうよ」


 アシュは負けじと不敵な笑みを浮かべた。


「……腰が抜けて私がおぶっているのに、なんでそんなに格好つけられるんですか?」


 ミラがポンコツナルシスト魔法使いを上目遣いで見つめる。


「交渉決裂……だな」


 白の法衣をまとった男は、目をつぶって静かに魔法を唱え始めた。


「シス、君は下がっていたまえ」


「は、はいっ」


 そう返事をして背を向けて2人(+おぶられているアシュ)から遠ざかる。


「ミラ、詠唱の間に距離を詰めて攻撃できるか?」


 というアシュの問いに、


「あなたという荷物があるから無理です」


 と冷たい言葉を返すミラ。


 やがてその男の両手で描いた印が神々しく光りだす。


<<光なる徴よ 聖なる刃となりて 悪しき者を 断罪せよ>>ーー光の印サン・スターク


 通常の単体で放つものと異なり、無数の光が、対象に向かって襲いかかる光の矢サン・エンブレムの上位互換魔法である。


 放たれた光は無数の刃となってミラを襲う。


「ミラ! 頼んだぞ」


「……頼みますから少し黙っていてもらえませんか?」

 

 アシュの計算外だったこと。


 男が、その印の精緻さから、まず間違いなくナルシャ王国で高位の魔法使い。男が実戦を熟知した者であること。この浄化魔法で、幾人も処刑してきたということがわかるほど男は冷静だった。そして、確実に殺せる魔法を、躊躇なく放った。


 白の法衣をまとった男の計算外だったこと。


 常人にはできぬほど素早い動きで無数の光刃を、ことごとく躱すほどの速さを持っていたこと。

 

<<聖鏡よ 愚者へ 過ちの洗礼を 示せ>>ーー真実の扉トゥルー・レパンド


 彼女が、属性の波長を合わせることで、相手の魔法をそのまま返すという反射魔法を張り、男が渾身で放った魔法をいとも簡単に跳ね返したこと。


「くっ……」


<<絶氷よ 勇猛なる聖女を 護れ>>ーー氷の護りアイス・タリスマン|


 己の放った魔法が、自らの魔法壁を破って突き刺すほどの威力があること。




 身体のいたる部分から血が噴き出し……自らの命がもう数分で尽きるということ。



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