女教皇
*
魔法。一般的には火・水・金・木・土の5属性を操る属性魔法が最もポピュラーだろうか。しかし、魔法は属性魔法以外にも多くの種類が存在する。
例えば召喚魔法は天使、精霊、悪魔と契約を行い使役関係を結ぶ。人智を超えた存在の力は絶大で、うまく操ることができれば属性魔法より強力な魔法を敵に浴びせることが出来る。また、
しかし、これらのような魔法を使いこなせる者は非常に少ない。なぜなら、属性魔法と違い大きな危険を伴うからだ。加えて、悪魔の誘惑に耐えられるほどの精神力、闇這う亡者を手なづける絶大な魔法力が必要である。
そんな芸当ができるような魔法使いは、この大陸でも片指で数えられるほどしか存在していない。そう、そんな希少で有能で素晴らしすぎる魔法使いこそ――
「アシュ様、自己紹介の練習中に申しわけありませんがご報告内容がございます」
ミラは部屋に入り、慌てて教鞭を隠す主人にお辞儀をする。
「じ、自己紹介? なにを言っている。たまたま『魔法』の定義を説明する部分の予行講義をしていただけだ。その貴重で有能で素晴らしい魔法使いがたまたま僕だったというだけで」
哀しくも教鞭は股下からミエミエである。この200年生きてきて教鞭を振るったことなど、一度としてないアシュである。
どう教えようか……どうモテてやろうか……どう学校生活を満喫してやろうか……頭の中はそんな妄想でいっぱいだった。ワクワクである。ワクワクのドキドキである。
一方、美人執事はそんな主人のミエミエの魂胆を哀れに思い、これ以上進言することを差し控えた。
「……失礼しました」
「で、報告内容と言うのは?」
「はい。ライオール理事長から初授業が決まったと連絡がありました」
「そうか……いよいよか」
ライオール=セルゲイ。大陸有数の名門ボグナー魔法学校の理事長である。共に同じ師匠を師事した間柄で、今回特別クラスの顧問として招聘を受ける形となった。クラスとしては、2年生である15歳。魔法使いとして才能のある者を選別して授業を行う。
「これが特別クラスの生徒データになります」
「ふむ……ご苦労」
ミラの手渡した資料には、生徒たちの容姿、性格、成績が詳細に記されていた。アシュは、まるで研究資料を見るかのようにそれを眺める。
「しかし、ここまで詳細に調査する必要はありましたか? 実力ならば、普段の成績だけでいいはずですよね」
「ミラ。なにを言っているのだ。それこそ最も重要なんじゃないか。君は未来の恋人を成績表で決めるのか?」
アシュはそんな彼女の指摘を完全にスルーして、ビシッと指をさす。
「……」
ミラはチラリと机に置かれたワイングラスを一瞥した。全然量が減っていないことを確認し、チェダーチーズを机に並べながら思う。
素面なのかよ、と。
「……アシュ様、真意が測りかねます。ただ、気持ち悪い……とだけ申し上げておきましょう」
そんな彼女の真っ当な指摘に、アシュはやれやれと首をすくめる。
「ふぅ……やはりミラは人形だな。いいか、よく聞きたまえ、僕は前回の反省を踏まえて、やはり時間が短いことを再認識したんだよ」
「私はもっと認識すべきことが山ほどあると思いますが」
「まあ、聞きたまえ。短いと言っているのは二つ。『僕を愛するまでの時間』、そして『僕らが愛を育む時間』だ」
「……さすがはアシュ様。人形の私にはまったく理解できかねます」
「いいかい。僕もさすがに15歳の女の子と付き合う気はない。あくまで下限18歳だ。だからこの3年間、共に同じ時を過ごすことによって僕という人間をより知ってもらおうというわけさ。これが、『僕を愛するまでの時間』」
「……」
アシュは今まで女性にフラれた要因を『時間不足』と特定したようだ。しかし、ミラが彼と過ごした経験則では、アシュは明らかに、初対面の評価より上がることはないタイプだった。
「そして、さらに同時に『僕らが愛を育む時間』も増える。彼女が30歳になるまで12年。そうなれば、きっと彼女も僕の提案を受け入れてくれるという訳さ」
「アシュ様、私は今ほど人形でよかったと思った日はありません。人間であったら、あまりの悪寒に凍え死にしていたことでしょう」
ミラの思考は判断する。
こいつ、気持ち悪い、と。
一方、アシュ。彼女の苦言に対し思う。
今日もミラのブラックジョークは冴えているな。
「まあ、こういう理由で僕が特別教師を引き受けたという訳さ」
「……もはや、そんな面倒なことをなさらないでも男性方は、お金さえあれば限定的に女性とお付き合いできる場所もあると聞きますが?」
「ミラ……僕がそういった女性がタイプではないんだ。そのための、選別。外見だけでない。内面まで透き通った湖のような心の持ち主を」
アシュは非モテ男子。非モテ男子約200年生である。そんな彼の女性に対する理想は年々歳を重ねるごとに大きくなっていった。そんな彼が望むのは、完璧な女性とのお付き合い。完璧な淑女との薔薇色のお付き合いである。
「……あなたの心はまるで闇の亡者が住まう死の沼のようですが」
「助言として耳に入れておこう」
ミラの恐ろしいまでの皮肉を華麗にスルーするアシュ。そして、このめげない精神力、折れない心こそが、彼のモテない理由だった。
そして、それに気づかない万年非モテ魔法使いはワインを口で転がしながらソファにもたれかかった。
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