007

「映っているのが、全部同じ女子ィ?」

 マユリの指摘で、警備班の面々はあらためて盗撮された動画を確認した。次の動画へと移るたび、その表情がみるみるうちにこわばっていく。

 ニブズはうめいて、「マジかよ……言われてみりゃア、見れば見るほど同一人物じゃねえか……」

「ホントホント」「なんで今の今まで」「気づかなかったんだろ」

「これは恥ずべきコトではない」ピーターは苦虫をつぶしたような顔で、「胸を張りたまえ。それだけわれわれが紳士だったというワケだ。……とはいえ、紳士であるコトは時として枷になる」

「いやァ紳士っていうより、これはおれたちがウブだったってだけじゃアないの? 童貞の限界ってヤツ」

「童貞の何が悪い!」スライトリーは激昂して、「童貞を守ってるとねェ、童子功ってメチャ強いカンフーが使えるんだぞ!」

「そうですよ。童貞は関係ありません。女子のわたしだって、言われるまで気づかなかったんですから」

「でも、カーリーは処女なワケでしょ?」

「処女と童貞は別物ですから。処女は捧げるものだけど、童貞は捨てるものですから。守る価値が違いますから」

「処女であるコトは否定しないんだね」

「ご想像におまかせします」

 あるいは、マユリもセーラー服を着ていれば、話は別だっただろう。そのばあいは自分も撮られていたかもしれないと気になって、被写体のカラダを注視していたハズだ。

「とにかくわたしたちは意識的無意識的に、被害者のカラダから目をそらしていたんです。そのせいで被写体が同一人物だと気づけなかった」

 盗撮された側にとって、おのれの恥ずかしいところを何度も観られるコトは苦痛以外のなにものでもない。たとえ当人があずかり知らなくとも。本来なら誰の目にも触れさせるべきではないが、警備班は捜査という大義名分を言い訳にした。見られる側にとって、名目など何の意味もないというのに。だからこそ、せめて被害者のカラダをなるべく見ないよう、記憶から締め出すよう努めていた。しかしそれが今回はアダになった。

 また、被害者を特定する必要性が感じられなかったせいもある。だいたい盗撮犯というやからは、基本的に不特定多数を無差別に狙うものだ。ゆえに映っているのが誰かわかっても無意味だ。むしろヘタに知るとよけいな感情移入をしてしまうし、それが知人ならなおさら気まずい。確実にデメリットのほうが大きいだろう。

 たとえ首から上が映っていなくても、体形、肌のハリや日焼け具合、小さくともハッキリ確認できるホクロ、そういった部分を比較すれば、同一人物であるコトは明白だ。動画の数は全部で30を超える。サンプルはそろっているのだから、見間違えようがない。

「しかし、同じヤツばっか盗撮してるってコトは、犯人は被害者のストーカーってトコか?」

「いや、それは違うよニブズ」

「あァ? なんでだ? ストーカーじゃねえとしたら、被害者に恨みのあるヤツの嫌がらせか」

「それも違う。確かに可能性がゼロとは言い切れないけど、カーリーがあれだけ隈なく調べてまわって、仕掛けられたカメラを見つけられなかったんだ。犯人のほうが1枚うわてってだけじゃア、さすがに説明がつかない。だけど、盗撮したカメラが絶対に見つからない確実な方法は、ひとつだけ存在する。――盗撮する直前にカメラを設置して、終わったらすぐ撤去すればいい」

「そりゃ言うだけならカンタンだが――」ニブズは言葉に詰まった。

 そんな方法は、たとえストーカーであろうと上手く実現できるとは思えない。むろん不可能ではないかもしれないが。

 この方法を確実に実行できるとすれば、ただひとりしかいない。

「盗撮される本人だけが、ほかの誰にも気づかれず、カメラの設置と撤去をおこなえるんです」まゆりは自信をもって告げた。

「つまり、自作自演ってコトか」

「そもそも、盗撮だと判断したのが間違いだったんですよ。正しくは、盗撮のように演出した自撮りだった」

 犯人は明らかに金銭目的ではなく、ただ純粋に不特定多数が動画を視聴してくれるよう仕向けていた。大勢の人々に、おのれの恥ずかしいところを見てもらいたがっていた。

「ようするに」「犯人は露出狂のヘンタイってコトだね」「犯人って呼ぶべきかも」「今となっては微妙だけど」「被害者だって最初から存在しなかったワケだし」

「どちらにせよ、やめさせなければならないのは同じさ。正直に露出狂として動画をアップしていれば、彼女本人の問題だったが、公開する上で盗撮というラベルを貼ってしまったからには、表面的に事態が露見したとき、三高全体の不祥事になる。何としても彼女を見つけよう」

 盗撮犯を追っていたときは、容疑者は三高の女子生徒とまでしか絞り込めていたなかった。しかし自撮りとなると、状況は大きく異なってくる。ふだんからセーラー服を着用している女子は、おおよそ全体の6割ほど。水着の着替えを映した動画と日焼け跡から、おそらく水泳の授業がある1年生か、水泳部の部員だろう。髪の毛が映り込んでいないコトから、ショートカットかアップにしているとわかる。体形はスレンダーだ。容疑者を5名、いや10名くらいまで減らせれば、あとは適当に理由をつけて身体検査し、動画と比べてみればいい。

「こうなってくると、夏休みなのが厄介ですね。学期中ならみんな登校してるから捜しやすかったんですけど」

 ピーターは沈痛な面持ちで、「……しかたがない。ここはあのひとの力を借りるとしよう」

「あのひと?」

 マユリひとり首をかしげたが、ほかのメンバーは一斉にどよめく。

「マジっスかピーター。そいつはいくらなんでも」

「ナルホド」「確かにあのひとの協力を得られれば」「容疑者を最低でも」「1年生女子に限定できるハズ」「そもそもあの人がまだ在校生だったら」「こんな事件は3秒で解決してたね」

「おれ、あのひとニガテだ。会いに行くならみんなよろしく」

「あのひとは光だ。童貞の星だ」

 何だかのけ者にされているように感じて、マユリはムッとしながら、「いったい何者なんです? あのひとっていうのは」

「三芳野高校4年生、人見広助。元警備班で、先代の実委副会長だ」

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