006

「――リ――マユリ――オイ! マユリ!」

「――ハッ!」明智に激しくカラダをゆさぶられて、マユリは正気を取り戻した。図書館で借りた『ドリアン・グレイ』の肖像を、スッカリ読みふけってしまっていた。400ページ以上で文字がギチギチに詰まっていたが、いつのまにかラストシーン一歩手前まで来ていた。これほど読書に夢中になるなんて、われながらおどろきだ。

「マユリ、俺に何か相談事があるんじゃなかったのか?」

「そうだね。うん、そうだったそうだった。あやうく忘れるトコだった。この本あと少しで読み終わるから、チョット待っててもらっていい?」

「おまえがそれでいいなら別にかまわないが……」

「……ウソウソ。ゴメン今すぐ話す。ていうか、ノンキに小説なんか読んでるばあいじゃなかった。危ない危ない」

 マユリは盗撮事件について話した。本来ならOBだからと言って、軽々しく明かすべきではない。何しろ非常にデリケートな問題だ。だが捜査が行き詰っている以上、もうナリフリかまっていられない。

 明智も先日の万引き事件とは違い、積極的に知恵を貸してくれるつもりのようだった。あのときはマユリへの課題という側面があったが、今回は解決できなければ三高の伝統が崩壊へと直結しかねないワケだから、出し惜しみはない。

「マユリたちは、動画をどのくらい見たんだ」

「アップロードされたものはひとつ残らず。何度も何度もくりかえし確認したわ。被害者には申し訳ないけど、撮影場所とかカメラの仕込まれた位置とか調べるには、どうしても必要なコトだし」

「ナルホド……」

「何かわかった?」

「さすがに話を聞いただけじゃアな。その動画は今観られるのか?」

 マユリは養豚場のブタを見るような目で、「エッ? 観たいの」

「何だか誤解してそうな……いや、だってホラ、ヤッパリ実物を確認してみないコトには、わからない部分があってだなァ」

「そうだよね。実際見てみないとわからないよね。オトコなら興味持ってトーゼンだよね」

「あーもう、だから……いいからとにかく見せてくれ。何か新しい事実に気付けるかもしれない」

「……いいよ。わかった。チョット待って」マユリは自分のスマートフォンで、動画を表示した。「これが最初のヤツ」

「ああ」

「…………」

「……オイ、マユリ?」

「なに?」

「チョット向こうの部屋へ行っててくれないか?」

「どうして?」

「いや、なんか気まずい。姪っ子に見られながらアダルト動画観るっていうのは、さすがにチョット……」

「そんなコト言って、わたしがいなくなったら、その動画でマスかくつもりなんでしょ?」

「オイオイオイ! そんな言葉どこで憶えてきた?」

「どこだっていいでしょ。もう子供じゃないんだから。そのくらいフツーに知ってるわよ」

「……まァ、妙な誤解されるよりはマシか」

 観念した明智と、ふたり仲良く肩を並べて、女子高生のあられもない姿が盗撮された動画を覗き込んだ。途中帰ってきたマユリの母に何をしているか気付かれ、ひどく誤解された明智は、渾身のテキサスクローバーホールドを食らうハメになった。

 そうして、すべての動画を確認し終えた明智は、「なァ、警備班の誰ひとり、この動画のおかしさに気付いていないのか?」

「おかしさ? どういう意味?」

「まァ気がつかないのもムリはないか。見ているポイントが違うんだ。ズレてる。肝心のところに焦点が合ってない。もっとも、それはおまえたちが誠実で公正ってコトのあかしなんだろうな、きっと」

 マユリは若干苛立って、「もったいぶってないで教えてよ。わたしたちがいったい何に気付いてないっていうの?」

「いいか? おまえたちは意識的にも無意識的にも、盗撮された動画を見るコトで、被害者に対して申し訳なく思っているだろ。罪悪感がある」

「アタリマエじゃん。ホントはわたしたちが見ていいものじゃない」

「それだよ。その良心の呵責が、動画を確認するさい、被害者のカラダから焦点を外してしまっている。だが、それじゃダメなんだ。この動画の不自然さに気づくためには」

「…………」

「俺の感じたコトがかならずしも正しいとはかぎらないから、よけいな先入観を持たないように、これ以上は言わない。とにかく直接その目でもう一度確認してみろ。被害者をかわいそうに思うのはかまわないが、ここは開き直れ。今度は、被害者に注目してすべての動画を見直すんだ。そうすれば俺の言いたいコトが伝わる思う」

「うん。わかった。やってみる」

 マユリは言われたとおり、動画に映っている被害者に、そのカラダの隅々までなめるように視線を這わせた。すべて観終わると、また最初から見た。それを都合3度くり返してみて、「――あっ」全身に電気が走り抜けたような気がした。

 いや、まさか、そんな――マユリはそのひらめきが最初信じ切れず、さらにもう一度動画を通しで見る。

 結果、確信に変わった。

「ウソでしょ……いくらなんでも、こんなわかりやすいところを見過ごしてたなんて……」

「それだけ人間の目は見たいものだけを見るってコトさ。自分にとって都合のいいコトだけを見るように出来ている」

 とはいえ、さすがに警備班のメンバー全員そろって見逃していたというのは、笑い話にもならない。この事実を教えれば、みな愕然とするだろう。

 明智が感じた、盗撮動画にまとわりつく不自然さ。

 その正体とは、すなわち――

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