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 夏休みといってもその間、三高から活気が失われるコトはない。部活動に実委、さらにはやる気のある生徒向け夏期講習も開かれており、真の意味で休みと言えるのは、せいぜいお盆くらいのものだ。むろん、それはあくまで校内施設の利用状況から見た場合であって、個々人の立場からすれば夏休みは超大型連休に違いない。

 ただし、こと警備班にかぎって言えば、文字通り休みなしと言っても過言ではない。なにせ連日誰かしらが登校しているワケだから気を抜けない。むしろふだんよりはひとけが少ないコトで、不純異性交友が発生しやすくなるだろう。ましてや、いまだ盗撮事件を解決できていない状況ではよけいに。

 ついに警備班は、男子による女子トイレおよび更衣室の調査を解禁せざるをえなかった。学期中より閑散とはいえ、苦渋の決断だった。もちろん一般生徒に不審がられないよう、慎重な行動を要するが。何としても夏休み合宿前に、盗撮犯を確保しなければならない。

「犯人は女子生徒じゃないかと思うんです」マユリは断言した。

 動画の背景から割り出した撮影場所を、スライトリーはPCでリスト化しながら、「その根拠は?」

「被害者が生徒ってコトもありますが、盗撮がおこなわれた場所はどこも、生徒しか利用しない場所ばかり。教師なんかが近くをうろちょろしていただけでも不自然です」

「確かにボクらが聞き込みしたかぎりでは、そういった怪しい人物は浮かんでこなかった。犯人が生徒っていうのは妥当な線だろう。だけれど、そこから女子に限定するのはなぜだい? もちろん男子のほうが女子よりも、カメラを仕掛けやすいという理屈はわかる。しかしこう言っちゃアなんだが、盗撮なんて卑劣なまねをしたがるのは、フツーに考えてオトコだと思うが」

「スライトリーは、自分が見たいって欲求と、ほかのひとにも見せてあげたいって欲求は、同一のものだと思いますか?」

「両立はするだろうね。でも、それらはあくまで別個の欲求だろう」

「ハイ。わたしの所感ですが、この盗撮犯は後者の欲求のほうが明らかに強いように思えます。アップロードした動画を何度消されても、サイトのアカウントを何度凍結されても、めげずにアップロードし続けている。自分が見るコトを主目的としているなら、ここまでムキになるのは違和感があります」

「だから、そもそもああいう映像に興味がない同性が犯人である、と。若干強引な論理展開ではあるが、まァカメラの仕掛けやすさも合わせて考慮すれば、あながち外れてはいなさそうだ。……しかし、だとすると犯行の動機が理解しがたい」

 犯人は動画に視聴制限を設けず無料公開しているし、アフィリエイトも利用していない。つまりカネ目的ではないというコトだ。ただ純粋に、盗撮した動画をより多くの人々へ届けたがっている。

「ひとははたして、自分がまったく興味のないモノを、そこまでひとに広めたがるものだろうか?」

「アニメの最新話を違法アップする連中と、似たような手合いかもしれません。彼らだって自分がアップロードしたすべてのアニメを観て、おもしろいと感じているワケでもないでしょう。実際、どう考えても駄作としか思えないような作品でも、チャント毎週全話アップロードされるワケですから。たいした自己顕示欲ですよ、まったく。たかがチンケな覗き魔ふぜいが」

「そのチンケな覗き魔に、ボクらは手も足も出ていないワケだが」

「ぐうの音も出ません……」

「まァ何にせよ、この手のタイプはこちらが追及の手を伸ばせば伸ばすほど躍起になって、いずれはボロを出すハズ」

 そうは言うものの、希望的観測以外のなにものでもない。犯人が警備班の動きを察知しているかいないかは不明だが、ここまで執拗に調べているにもかかわらず、証拠のひとつも見つからないというのは、さすがに異常だ。こちらの行動を完璧に読み切っているとしか思えない。もしくは犯人の使用する盗撮カメラは巧妙に隠蔽してあり、こちらが見逃しているだけという可能性もありえなくはない。しかし、そんな都合のいいカメラが実在しうるだろうか。そもそも、カメラを仕掛けたままだとすれば、撮影した映像の回収はネット経由に違いない。しかし、スライトリーが調べたかぎりでは、そのような怪しい通信は今のところ確認されていない。

「こうなってくると、合宿までの解決はむずかしいかもしれない。当初想定していたよりも、はるかに長丁場を覚悟しないと」

「――ッ! 何を弱気になってるんですか? たとえ事件そのものは明るみになっていなくても、被害者は存在するんですよ。自分のあずかり知らないところで、自分の恥ずかしいところが勝手に公開されているんです。一刻も早く解決しないかぎり、被害者はどんどん増え続けていくっていうのに」

 動画はピーターが手をまわして、なるべく早い段階で削除されるようにしている。しかし、視聴数がゼロのうちに削除するのはさすがに不可能だ。それにたとえ誰ひとり観なかったとしても――当の犯人さえ興味を持っていなかったとしても――本来誰にも見せないプライベートな場面を、盗み撮りされている事実は変わらない。

 スライトリーは反省した様子で、「ああ、そうだね。すまない。ヤッパリこういうとき、男子目線じゃダメだ。キミが警備班に入ってくれて、ホントに助かったよカーリー」

 そう告げてさわやかに笑うスライトリーが、何だか妙にイケメンに見えてしまって、何だか照れ臭くなった。「そろそろ校内パトロールへ出てきます」

「いってらっしゃい」

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