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「盗撮ですか?」

 ピーターは沈痛な面持ちで、「そうだ。かつての共学化反対組が、そして警備班がもっとも危惧していた事態が現実となってしまった」

 そう告げるや自身のタブレット端末で、とある動画を再生した。

「とにかく、まずはコレを見てくれたまえ。コレは某アダルト動画サイトに投稿されていたシロモノで」ふと、あわてたように一時停止する。「おっと、ここから先はR指定だ。女子が観て気分のいいものじゃないだろう。ムリに中身を確認する必要もないが」

「いえ、おかまいなく」女子だからと特別扱いされるのはごめんだ。

 あらためて動画を再生する。カメラはトイレのなかを、そこにいる女子高生の首から下を、ローアングルで映していた。彼女がスカートと下着をおろすと、モザイクはいっさい存在せず、下半身が丸見えだ。そうして彼女が排泄し終え、トイレから出ていくところまで、あまさず収録されていた。

「このほかにも、トイレの動画や更衣室での着替えなんかが、計10本以上アップロードされていた。今も定期的に新作が投稿され続けている。そして、被害者を一目見ればわかっただろうが――」

「撮られたのは間違いなく三高生だな」ニブズは吐き捨てるように言った。「クソッタレ。なめやがって」

 被害者の少女は、三高指定のセーラー服を身に着けていた。昔ながらのよくあるデザインで、パッと見では判別しづらいものの、三高生が見れば一目瞭然だ。三高は私服着用可だが、男子と比べると女子の制服率はかなり大きい。厳密にデータを採ったワケではないが、おそらく全体の6割ほどがセーラー服だろう。それゆえ顔も出ていない被害者を特定するのは不可能に近いが、そこは気にしなくてもよい。見つけるべきは、あくまで卑劣な盗撮犯だ。

「場所もたぶん校内ですね。背景に見覚えがあります」

「そこらへんは男子ではわからないからね、やはりカーリーに確認してもらって正しかったようだ」

 その一言だけで、マユリは誇らしくなった。自分が役に立てているという事実に、自信が湧いてくる。

「言うまでもなく、こんなふざけたまねを放置しておくワケにはいかない。共学化始まって以来の危機だ。もしこのまま何の手も打てず、万が一実委の夏休み合宿で盗撮を許し、その事実が明るみに出てしまえば、もはや同様の形での実委活動はおこなえなくなる公算は高い。すなわち、男子校時代から連綿と続く伝統が、今年で途絶えかねないコトを意味する」

「だけどピーター」「ネットで不特定多数に見られちゃうワケだから」「この事態に気付かれるのも」「時間の問題じゃない?」「それともスライトリーさァ」「自慢のハッキング技術で」「ネット上の動画を残らず削除できる?」

「いやいや、何かカンチガイしてるようだが、ボクは別段そういう方面に明るいワケじゃない。校内PCのフィルタリングを解除したのだって、あくまでサーバから直接いじだっただけであって、ネットを介してほかのPCに侵入するとか、フツーにムリだから。マンガじゃないんだから。ていうか犯罪だから」

 ツインズはシンクロした動きで同時にため息をつき、肩をすくめた。「なんだァ」「てんで役に立たないなスライトリー」「役立たずの童貞だな」「この童貞」

「童貞は今べつに関係ないだろ! 童貞の何が悪い!」

「その点はとりあえず心配ない」と答えたのはピーターだ。「警察のツテを経由して、動画サイトの運営会社に対し、盗撮物AVの製作者という立場から当該動画の削除、および投稿者アカウントの凍結してもらっている。とはいえ、著作権侵害として正式に訴えたワケではないから、投稿者のIPアドレスをたどって犯人を特定するとかはできない。あくまで事件にするワケにはいかないからね。これは何も三高生が被害者だからというだけじゃない。まだ断定するには早いが、おそらく犯人もまた三高の関係者だ」

 三高のセキュリティはそこまで厳しいものではないが、だからと言って何度も侵入を繰り返して、盗撮用カメラの設置および回収をおこなうのは至難の業だ。部外者ではなく、内部の犯行と見るべきだろう。生徒あるいは教師、事務員なども容疑者にはふくまれる。

「これよりふだんの校内パトロールを強化する。女子トイレと更衣室を重点的にだ。首尾よくカメラが発見できたら、そこへ犯人が回収しにくるのを待ち伏せる。何か異論のある者は?」

「ハイ」トゥートルズが授業よろしくまっすぐ挙手した。「女子トイレと女子更衣室を調べるっていうコトですけど、おれたち男子がなかへ入ってもいいんですか?」

「……あらためて言われてみると、確かに少々厄介な問題だ」

「女子として言わせてもらえば、べつにかまわないと思いますよ。非常事態ですし。誰もなかにいないのを確認して、調査中は誰も入ってこないように封鎖すれば、トラブルが起きる可能性もないかと」

「いや、そいつは下策だぜカーリー。毎年、実委合宿の盗撮対策でトイレや合宿所の浴場を徹底的にチェックするとき、おまえの言うやりかたをしてるが、それと同じコトをこの時期からやり始めたら、生徒たちが不審がるのは目に見えてる。誰がどう見ても、盗撮カメラを探してるってのが丸わかりじゃねえか」

「そのとおりだともニブズ。われわれはこの事件をただ解決すればよいのではない。事件そのものを秘密裏にもみ消さなければならない。一度でも盗撮という前例が認知されてしまえば、これまでの歴史と伝統がすべてが水の泡だ。最悪の場合、文化祭準備合宿がおこなえなくなり、文化祭の規模も自然と縮小されてしまうだろう。そして一度変わってしまえば、二度ともとには戻らない」

「でも、だったらどうするんです? 男子が入れないんじゃア――って、そっか。わたしか」

 女子ならば女子トイレにも更衣室にも、何の気兼ねもなく自由に出入りできる。ほかの生徒たちに盗撮の件が勘付かれる可能性は少ない。

 ピーターは申し訳なさそうに、「すまないカーリー。テスト前のこの時期、キミひとりに負担をしいるのは心苦しいが……」

「警備班に入った以上、もとより覚悟の上です」

「盗撮カメラさえ見つかれば、待ち伏せはわれわれ男子でも問題ない。それまで辛抱してくれたまえ」

 トゥートルズはニヤニヤしながら、ニブズのカラダをひじでつつく。「ホラ、やっぱりカーリーが警備班にいてくれてよかったろ? いいかげん認めたらどう?」

「あーもう、うるせえ。べつにコイツがいなくたって、そのときはピーターが」「ニブズ、お楽しみは取っておくものだよ」

 そう言葉をさえぎられたニブズは、なぜかマユリのほうを愉快そうに見ながら、「確かにな。ネタバレはしねえほうがいい」

「何の話ですか?」

「いや、こっちの話だ。気にすんな。……今はまだ」

 何だか腑に落ちなかったが、マユリがいない仮定の話題である以上、現状気にしたところでしかたがない。それよりも自分のやるべきコトをするほうが建設的だ。

「じゃあさっそく、女子トイレと更衣室を確認して来ますね」

 それから地獄の日々が始まった。盗撮カメラが見つかるまで、休み時間と放課後、毎日毎日、校内の女子トイレと更衣室をパトロールしてまわった。今の時季はプールのトイレと更衣室も使用されているから、よけいに手間が多い。同じ場所を何度も何度も、目を皿にして探す。探し続ける。

 しかし、どんなに探してまわっても、カメラは一向に見つからなかった。どこかにかならずあるハズなのだ。事実、犯人はこちらをあざ笑うかのように、いくらアカウントを消されてもすぐ新たなアカウントを作り、盗撮動画をアップロードし続けているのだから。

 そうして、テスト期間中も日が暮れるまで毎日欠かさず捜査を続けたのだが――結局、まったく何の成果も得られなかったのだ。マユリの涙ぐましい努力は、ただ期末テストの結果を壊滅させただけだった。

 犯人のしっぽさえつかめないまま、いよいよ夏休みへと突入する。

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