第3話 ユア・アイズ・オルソー

001

「夏休みだからってハメ外しすぎるんじゃないぞ。それじゃ号令」

「起立! 礼!」

「よし解散!」先生は生徒の誰よりも早く教室を出て行って、足早に喫煙コーナーのほうへと歩いて行った。

「夏休みどうする?」「あたしは部活三昧」「なァ海行こうぜ海。ナンパしようぜ」「ヤバい夏コミの原稿全然進んでないィ」「そうだ、インドへ行こう」「おれはもうダメだー、勉強に全然ついていけねー」「遊ぶ金欲しくない? 1時間で1万円もらえるわりのいいバイトがあるんだけど」「野球しようぜ!」「ハラへった」

 マユリは水着姿のまま教室を出て、その足で化学部部室へ向かう。

 一番乗りでカギを開けて入ると、部屋の隅でひざを抱えて座り込み、陰鬱そうに何やらブツブツと唱え始めた。「いあ、いあ、よぐ=そとーす。いぐないいー、いぐないいー、とぅふるとぅくんがー よぐ=そとーす・いぶとぅんく・ふえいえ――んぐるくどぅるりぇ・えー=や=や=や=やあー。えややややあー・んぐああー んぐあー・ふゆー、ふゆー よぐ=そとーす・んぐああー。んがい、んががー、ぶっぐ=しょっごぐ、ぶっぐ=しょっごぐ、いはー よぐ=そとーす、よぐ=そとーす、ぐんんは・んやあー」

「……なにやってんだおまえ?」あとからやって来たニブズが、ギョッとした様子であとずさった。

「あ、ミドリちゃんじゃないですか」

「ミドリちゃん言うな」

「ハジメちゃんは元気ですか?」

「アイツ、最近ずっとおまえのコトばっか話してるよ。おれがなだめてなけりゃア、すぐにでもおまえを夜這いそうな雰囲気だ」マユリはふるえあがった。「おまえ自分で訊いといて……つーか、マジで何かあったのか?」

 マユリはふるえおののきながら、「……終業式のあと、教室で通知表が配られたんです」

「そりゃアタリマエだろ。だって学期末だもの。……あー、そういやおまえ、テストの点数がヤバイとか騒いでたもんな。もしかして成績が英霊Eランクだったとか?」

「いえ、超人Cランクでした」

 教師というものはフツー、教え子たちの平均点が高いコトによって、教師としての優秀さを示そうとするものだ。しかしどういうワケか三高の場合、むしろ平均点を下げようと躍起になって、難易度の高いテストを作る。だいたい60点以上なら生徒たちの勝ち、それ未満なら教師の勝ちといった認識だ。マユリは全教科軒並み70から80点程度だから、そう悪いレベルではない。

「なら問題ねえじゃねえか。そこまで落ち込むほどのコトか?」

「……わたし、こう見えて地元の中学じゃア、常に学年トップの成績だったんですよ? 物心ついたころから神童だってチヤホヤされてたんですよ? 末は博士か大臣かって言われてたんですよ? それなのにこの体たらく……」

「バーカ、おまえみたいなたぐいの連中は、この学校にはごまんといるんだぜ。そのなかでさらに優劣がついてトーゼンだろうが」

「そうは言っても、くやしいものはくやしい……」

「まァ今は好きに落ち込んでろ。そのうち何も感じなくなる」

「センパイみたいに?」

「俺様はもとからたいして気にしてねえ。中学でイイ成績取ってたのは、三高に入るためだからな。大学受験は3年の文化祭が終わってから勉強すれば充分だ」

「わたしはそんなふうに割り切れそうにありません」

「終わっちまったもんはしょうがねえ。いつまでもグダグダ言ってんな。いいかげん気持ちを切り替えろ。そんなコトより、今はほかにやるべきコトがあるだろ?」

「ハイ……」

 警備班は現在、ある重大事件に取り組んでいた。そもそもマユリの成績が振るわなかった原因は、その件に追われて試験勉強できなかったせいだと言っても過言ではない。むろん、そういう事態はもともと覚悟していたつもりだったが。

 ――話は期末試験の2週間ほど前にさかのぼる。

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