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 川越ホームランシアターのレイトショーでは、名画を日替わりで上映している。今夜は監督セルジオ・レオーネ『荒野の用心棒』だ。当時無名のテレビ俳優だったクリント・イーストウッドを、一躍スターダムへと押し上げた作品だ。ラストのダイナマイトを使用するシーンは、何度見ても不思議でならない。なぜそこで煙幕代わりに使ってしまうのか。

 ピーターは映画に見入りつつ、バッグから取り出した茶封筒を、うしろの席に座っている中年の男へそっと手渡した。

「今回の捜査の過程で集まった、川越市内の高校に通う問題児リストです。顔写真入り。なかには酒とタバコで満足できずに、大麻に手を出してるとかってうわさのヤツもいるとかいないとか」

 男はウンザリした様子で、「やれやれ。川越も昔と比べて、ずいぶんキナ臭くなってきたな」

「そこはそれ、おまわりさんの頑張りに期待してますよ。中村警部」

「ま、コイツはせいぜい活用させてもらおう」

「今後ともよろしくお願いします」

「言われなくともわかっているよ。見返りに、三高関連のトラブルには出来るかぎり目をつぶる。俺だってOBだしな。つまらんコトで伝統を絶やしたくない」

「ありがとうございます。三高が伝統を守り続けられるのは、警部のようなOBの協力あってこそです」

 中村は苦虫をつぶしたような顔で、「しかしねェ、芳阿くん。あまりムチャをしてはいかんな。昨日は警備班の人間が、竹刀を振り回して大暴れしたらしいじゃないか。万が一ケガ人が出たらどうする? たとえ事件はもみ消せても、現実に負ったケガを消せるワケじゃない」

「竹刀じゃなくて竹光ですよ警部。ご心配なく、彼はチャント加減ができる人間ですから。それにたとえ万が一のコトがあっても、中村警部が何とかしてくれますもんね」

「なんでもかんでもアテにされたら困るんだが」

「高校生に便宜を図っているなんて、このコトを父が知ったらどう思うでしょうね」

「……まいったねまったく。君は親父さん以上の大物になりそうだ」

 中村が座席を立って出ていこうとするのへ、「最後まで観ていかないんですか?」

「もう何度も観ているからな。そういう芳阿くんは?」

「何度観てもおもしろいですから」

「……この映画の登場人物で例えるなら、さしずめ君はラモン・ロホだろう。君にとってのジョーが現れないコトを祈るね」

 中村が去って、ひとりだけになった劇場のなかで、ピーターはひとりつぶやく。「僕がラモンだって? いいや、僕はピリペロさ」

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