006

 マユリたちは二手に分かれて捜査を開始した。ツインズとスライトリーはそれぞれ、近隣の私立高校に通っているの知人をあたって、犯人グループの身元を割り出す。一方ニブズとトゥートルズ、そしてマユリの3人は、事件が起きたクレアモール商店街をパトロールして、犯人たちを捜索する。

 トゥートルズがさっそく切り出した。「闇雲に捜してもラチが明かないよ。ここはおとり捜査といこう」

「ナルホド、連中がカツアゲしたくなるようなヤツをエサにするってワケか。で、誰がおとりになる?」

 マユリとトゥートルズは、無言でニブズを見つめた。

「なんでだよッ! いや、べつにイヤなワケじゃねえけどさ、俺様には向いてねえと思わねえ? ああいうクソッタレどもは、ロクに抵抗できねえ弱っちそうなヤツを狙うもんだろ? 例えばホラ、スライトリーみたいな」

 ニブズの携帯電話が着信した。『ボクのコトそんなふうに思ってたんだね。悲しい……』

「てめえどこに盗聴器しかけやがったッ」

『ザザッ、アレ? なんかザザッ電波の調子ザザッ悪ザザーッ――ブツン! ツーツー』

「ムダにノイズの声マネうめえし……」

『それはそうと、クラスのイジメ相手ならともかく、カツアゲするんだったら優先事項はまず、カネを持ってそうかどうか、だよ。その点ニブズは適任だ』今度こそホントに切れた。

「……まァ、確かに一理ある。俺様は金持ちだからな」

 さらにトゥートルズはささやくように、「もっというと、単に弱そうなヤツよりも、弱いくせに粋がってるヤツだと最適だね。特に今回の犯人は、三高生の鼻っ柱を折りたがってるようだし」

「あン? なんか言ったか。よく聞こえなかったが」

「ニブズはオーラが黄金に輝いてるから、貧乏人どもが蛾みたいに寄ってくるって言ったのさ」

「わかってるじゃねえかトゥートルズ。あとでスタバおごってやる」

「おれ、フラペチーノは甘すぎてチョットニガテだからなァ。安いけどフツーのアイスコーヒーでいいよ。――って、どしたの? ふたりとも。なんか顔が赤いけど」

 マユリはしどろもどろで、「いや今日も暑いですよねいやホント」

「まったくだなァ暑いったらねえ」ニブズはわざとらしく手で扇ぐ。

「そう? 昨日に比べればかなり涼しいと思うけど」

「うるせえ! やっぱスタバはナシだナシ!」

「えー」

「グダグダ言ってねえで、さっさと仕事に取りかかろうぜ! おまえら、俺様から後方20mは離れとけ!」

 そう言って、ニブズは逃げるように先を歩いて行ってしまった。

「……まァいいや。さてカーリー、心の準備はOK?」

「バッチリです。バッチコイです」

 今回の任務には危険がともなう。よってスライトリーから万が一に備えて武器が支給された。その電気マッサージ器に似た装置を、カバンからいつでも取り出せるようにかまえておく。

 スライトリーいわく、「コイツはゲロゲリ棒といって、スイッチを入れると発生する振動により、胃のあたりに当てれば吐き気をもよおさせ、下腹部に当てれば大腸を刺激して便意を誘発する。ああ、間違っても頭部には当てないように。ひどい脳震盪を引き起こして後遺症が出るかもだ。ヘタすると過剰防衛になりかねないし」

 どこからどう見ても電動マッサージ器にしか見えない。便秘ぎみだったしちょうどいいと自分自身へ試してみたら、ヒドイ目に遭った。

 またゲロゲリ棒は、振動部を指で触れてみると弾かれるほどの威力で、これならナイフの刃を受け止めればばたやすく弾き飛ばせるだろう。見た目よりもはるかに役立ちそうだ。

 それから防具としてケプラー繊維の防刃ベスト、いざというときひとを呼ぶための防犯ブザーが支給された。これらの品をいったいどこで仕入れてきたのかスライトリーに訊いてみると、「コストコで売ってた」絶対ウソだ。

 しかし、それらの重装備はなぜかニブズとマユリだけにわたされ、トゥートルズには何もなかった。彼が装備しているのは、いつも持ち歩いている例の竹光のみ。まさかそれで戦えるワケでもあるいまいに。マユリは怪訝に思ってみなに尋ねてみたが、誰も答えてくれなかった。ただキモチワルイ薄ら笑いを浮かべるだけ。

 ニブズは肩をいからせて風を切り、いかにも成金のチンピラお坊ちゃん風な足取りで、クレアモールを闊歩する。「俺様はカネ持ってんだぜ。どうぞカツアゲしてください」とでも言わんばかり。マユリたちはそのうしろを、適当な距離を取ってついていく。

 商店街はいつもどおり大賑わい、人々であふれ返っていた。さすがに新宿や渋谷などには及ばないが、規模の小ささもあり密集具合では負けていない。人混みにまぎれて、ニブズをウッカリ見失わないよう気をつける。

 クレアモールは10分も歩けば、すぐ端までたどり着いてしまう。そうしたら裏路地を通って引き返し、また最初から歩き始める。魚がエサに食いつくまで、時間の許すかぎり何往復でも。早く犯人を見つけられればそれに越したコトはないが、たとえ今日でダメでも明日、明日でダメでも明後日、明後日でダメでも明々後日――けっしてあきらめるつもりはない。

 しばらくはおたがい無言で監視を続けていたが、トゥートルズがふと、「カーリーさ、もしかしてニブズと何かあった?」

 マユリはポーカーフェイスで、「べつに何も。なんでそうだと?」

「いや、休み明けからなんかふたり、ギクシャクして見えたから」

「そんな、わたしとニブズはもともとそういう仲じゃアないですか」

「そう? またケンカしたとかじゃなければ、べつにいいんだけどさ。同じ警備班の仲間なんだし、ベタベタしろとまでは言わなくても、それなりに仲良くしてほしいし。ニブズとだけじゃなくて、ほかのメンバーや、もちろんおれとも」

「わたし、トゥートルズは警備班のなかでも一番話しやすいと思ってますよ。何だかいっしょにいると落ち着くっていうか、癒し系みたいな?」

「あーそれ、よく言われる」

「だと思いました」

「どうもおれって昔から、ひとから人畜無害に見られるっていうか、悪く言えばなめられがちなんだよねー。そのせいでよくからかわれたり、ちょっかい出されたり」

 先日のうな重を賭けた勝負では、とても善人とは思えないようなやり口だったが、それを差し引いてもひとの好さがにじみ出ている。少なくとも暴力が似合うタイプではない。

「……もしかして、イジメられてたり?」

「いや、さすがにそういうのはなかったかな。ちょっかい出してきた連中は、手ひどくこらしめられたから。むしろおれのコトは避けるようになったし」

「そうですか。周囲のひとに恵まれてたんですね」

 おそらく見て見ぬフリをしないクラスメイトか、教室内の雰囲気に敏感な担任教師がいたのだろう。

 トゥートルズは小首をかしげ、「うん? まァみんな、気のいいヤツらばっかだったよ」

「中学の友達とは、今でも遊んだりしてるんですか?」

「うん。ていうか、みんな高校も同じだし」

 マユリはおのれの耳を疑った、「エッ? 今なんて?」

「幼稚園から小学校中学校と、ずっといっしょの幼馴染が6人いるんだけど、みんな三高に入ったから」

「……ワンモアプリーズ?」

「ちなみにそのうちのひとりはニブズね」

 埼玉県内に中学校は、私立公立合わせておよそ450校ほど。一方、三高の合格枠は例年360名ほど。偏差値中堅以下の高校ならともかく、県内屈指の進学校に幼馴染6人がそろって入学したというのは、おどろきを通り越してもはやあきれてくる。

「カーリーのトモダチは? 三高に入らなかったの?」

「言っときますけど、入りたくて入れるような学校じゃないですからね? わたしのばあいは、みんなバラバラです。もっとも三高志望だったのはわたしだけですけど」

「そっか。じゃあさびしいね。新しいトモダチはできた?」

 マユリは言葉をつまらせた。「いや、その……実は、入学してからこっちいそがしかったので、クラスメイトともあんまり話せてないというか……」

 もともと、マユリはそこまで友人が多くない。幼いことの付き合いがそのまま続いていて、新たな交友関係は幼馴染経由で出来上がっていた。基本受け身なのだ。そのため、いざ高校で環境がリセットされてしまうと、正直どうしてよいかわからない。そもそも友達とは、どうやって作るものなのだろうか?

 トゥートルズはこらえきれない様子で、身をよじりながら腹をかかえて笑った。

「チョット! 笑わないでくださいよ! わりと真剣に悩んでるんですから」

「――いや、ごめんごめん。だってそのキャラでボッチとか、ギャップがすごくて――あー、おなか痛いィ」

「……トゥートルズのなかで、わたしはどんなイメージなんです?」

「あらためて問われると言葉に迷うけど……そうだなァ、年上の男子相手に物怖じしないトコとか、水着のままヘーキで過ごす大胆さとか……アレ? よく考えてみたらあんまトモダチ出来なさそう?」

「ひ、ひどいっ」

「――うん。だからさ、おれが最初のトモダチになってあげるよ。三高での初めてのトモダチ」

「エッ? でも、トゥートルズはセンパイですし……」

「学年とかそんなの関係ないよ。大人になったら歳の差のひとつやふたつ、何の意味もない。――それとも、おれとトモダチになるのはイヤ?」

「べつにそういうワケじゃ――こちらこそよろしくおねがいします」

 マユリはシャツで手のひらの汗をぬぐって、トゥートルズと友情の握手をした。

「前のときのはジョークだったんだけど、今度はホントにマユリちゃんって呼んでいい? もちろん警備班の仕事以外のときだけど」

「いいですよ。じゃあわたしはノロちゃんセンパイで――」「おうおうおう! やい! そこのおふたりさん、まだ日も暮れてねえうちからイチャイチャしやがって」

 ガラの悪い不良連中にイキナリからまれた。見たところ高校生くらいの年齢の4人組だ。服装は原宿のマネキンが着ていたものをそのまま買ったかのようなハデさだが、髪は黒くて短く切りそろえられている。眉毛もいじっていないし、ピアスも付けていない。おそらく相当校則の厳しい私立高校の生徒ではないだろうか。

「つーかテメーらアレだろ? サンタカ生だろ? 私服ならバレないと思ったか? あいにく一目見りゃわかるんだよォ! テメーらのそのお高く留まった雰囲気はなァ! どうせほかの学校のヤツらのコトなんか見下してんだろうが! ええ! 特に、オレらみたいなサンタカ不合格組をよう! ……なァ、少しでも同情する気があるなら、ちょいとばかしカネを恵んでくれよ。テメーら公立だから授業料の分だけ余裕あるんだろ? 私立の学費ってホントたけーんだよマジで。なァおい、頼むぜ」

「……トゥートルズ、コイツらもしかして」

「ああ、間違いない。被害者の証言と合致する」

「おいコラ、なにコソコソしゃべってやがる? 愛でもささやいてやがんのかコラ! 今はオレが話してんだぞコラ! チャント聞けやコラァ!」

 どうやら釣り針の先のエサには目もくれず、直接釣り人へ飛びかかってきたようだ。ピラニアか。

「一応確認するけど、昨日三高生からカツアゲしたのアンタら?」

「だったらどうした?」

「ゲロとゲリをまき散らしてもらうコトになるわ」

 マユリはカバンのなかのゲロゲリ棒に手を伸ばす――と、なぜかトゥートルズがかばうように一歩前へ出た。「あぶないから下がってて」

「お? なんだテメー? 好きなオンナの前でカッコつけようってか? イイ度胸じゃねえか。おお?」

「彼女はカノジョじゃなくてトモダチなんだけどさ。まァいいや。カッコイイとこ見せたいのはその通りだし」

 そううそぶくや竹刀袋から竹光を取り出して、鞘から抜き放った。

 不良はあっけにとられていたが、「オイオイオイ、いったい何のジョークだ? まさかそんなオモチャでオレら五人と戦おうって? コイツはケッサク――」

 次の瞬間、一番に向かって来た不良は白目を向いて倒れた。

 いったい何が起きたのか、マユリは理解が追いつかなかった。それはほかの不良たちも同様らしい。

 目にした光景が事実だとすれば、何というコトはない。竹光を正眼に構えたトゥートルズが、一足一刀の間合いまで詰めて、ズンバラリンと見事な胴打ちをくらわせたのだ。

「安心しなよ。峰打ちだから」

 しかし、抜刀してから攻めかかるときまで、いやこうして敵をひとり打ち倒してみせた今でさえ、トゥートルズからは殺気や闘気、覇気といった気迫がまったく感じられない。むしろ今にも不良たちへ向かって、親しげに「コンニチハ」とアイサツしても違和感がない雰囲気。そのせいで、確かに目撃したハズの出来事が、現実とは思えないのだ。――今のは何かの見間違いではないか、と。

 そんなふうに考えているうちに、トゥートルズはさらにひとり、袈裟懸けに打ち据えた。竹光で意味があるのか不明だが、先の言葉どおりまた峰打ちである。けれども、やはりそれでも、そこに敵を威圧する迫力はなく、現実感がカケラもない。

「おまえら、降参するなら今のうちだぜ」事態に気づいたニブズが引き返してきた。「そいつの刀は妖刀〈切腹竹光〉って言ってな、いわくつきの骨董品を集めるのが趣味だったうちのジジイのコレクションのなかでも、きわめつきにヤバイシロモノだ」

 その真剣な口ぶりにマユリも息を呑む。「あの竹光、そんなにヤバイんですか?」

「――江戸時代初期、主家のお取りつぶしがあちこちで起こって、江戸市中は食い詰め浪人であふれ返った。そんなとき、一風変わったゆすりたかりが横行した。『拙者、仕えるべき主君もなく、このまま生き恥をさらして朽ち果てるよりは、武士らしく切腹して果てる所存。しかしオンボロ長屋や道端で、というのはいささか心残りでござる。つきましては、こちらのお屋敷の庭先をお貸し願えぬだろうか』そんなコトを頼まれる側は迷惑以外のなにものでもねえ。屋敷を血で汚したくはねえし、死体の片付けにも銭はかかる。同じ銭なら、生きてるうちにくれてやったほうが世話ねえ。そこが浪人の狙いってワケだ。そんな切腹志願者が、ついにかの名門井伊家へもやって来た。だが、留守居の家老はゆすりたかりをこらしめてやろうと、むしろ浪人が切腹から逃げられないように仕向けたんだ。しかも、その浪人が困窮のあまり武士の魂さえ質草に入れて、代わりに竹光を腰に差していた事実を知るや、浪人を辱めるために自分の刀で切腹するよう譲らなかった。浪人はなかば意地になって、竹光で腹を切ろうと悪戦苦闘した。おまえらに想像できるか? 切れない竹光にムリヤリ体重をかけて、どうにか腹に突き刺したときの苦しみを。井伊家の連中は、そのぶざまをあざ笑いながら、あろうコトか介錯を遅らせて苦痛を長引かせやがった。結果、どうなったと? どういうワケか江戸屋敷に詰めていた井伊家家中が、次々と病死しちまったのさ。竹光で詰め腹を切らされた、浪人の呪いだ。そしてその怨念は、今も切腹竹光に宿ってる。せめて竹光じゃなくて、よく切れる真剣を使わせてもらえれば、あんな苦しまずに済んだっていうのに」

 トゥートルズは今度こそ峰ではなく、竹光の刃で薙ぎ払う。すると、シャツの腹部が一文字に音もなく裂けた。竹光にもかかわらず、楽に死なせてやろうとでもいうように、その切れ味を発揮していた。

 そして、事ここに至っても、トゥートルズからは何の脅威も感じられない。それがむしろ、幽霊を目の前にしたかのような寒気を覚えさせる。

「じょ、冗談じゃねえ! 付き合ってられるか!」ひとりが怖気づいて逃げようと背を向けたとたん、トゥートルズはすばやく間合いを詰めて、背後からしたたかに打ち込んだ。

「悪いけど、逃がすつもりないから」

 いまだ幻を見ているような気分だが、仮にも剣道部出身のマユリは、トゥートルズの実力が理解できた。自分ではとても適わないというコトだけは。去年の昇段試験の実技で当たった相手にまったく手も足も出ず、深い絶望を味わわされたものだが、おそらくその比ではない。隔絶した、異質な強さ。もしもやり合ったとしたら、きっと叩きのめされた事実にも気づけないだろう。

 勝ち目はなく、逃げるコトさえ許されず、進退窮まった不良たちに対して、なぜかニブズが勝ち誇った笑みを浮かべ、

「弱い者イジメされた気分はどうだ? 私立聖アブラハム学園高等部2年、郷田三太、蕗屋清一、諸戸ジョー、正木愛造」

「コイツ、なんでオレらの名前を――」

 おそらくスライトリーとツインズが調べ上げたのだろう。確認してみたらマユリの携帯電話にも、顔写真添付のメールが送られてきていた。

「俺様たちはその気になればいつでも、てめえら4人を警察に売るコトができる。もし恐喝で補導されたとなれば、よくて停学、悪けりゃア退学なんてのも十分ありえるだろうぜ」

「ヒィッ――」

「……だが、しかし、だ。俺様たち三高生は心が広い。てめえらが盗んだ物を返して、三高生に2度とチョッカイ出さねえと誓うなら、今回だけは見逃してやってもいい。もちろん誓いを破れば、そこはわざわざ言わなくてもわかるよな? さァ、どうする?」

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