005

 ――緊急事態が発生した。

 ピーターの招集を受けた警備班一同は、生徒会室へ集まっていた。

 もはやおどろきを通り越してあきれてくるが、ピーターは生徒会執行部役員の座にも就いている。

「いやいや、こんなところに呼び出してすまないね皆の衆。あいにく今は手が離せないもので」

 そう謝罪しつつも、ピーターはデスクから顔を挙げようともしない。何をしているかというと、もちろん生徒会の仕事――ではなく、マンガの原稿にひたすらペン入れをしているのだ。その隣では生徒会長がベタを塗り、さらに副会長がスクリーントーンを貼っている。そして会計が、仕上げられた原稿をコピー機で大量に印刷していく。

「日曜に同人即売会があるんだ。正直、間に合うかどうか瀬戸際でね。ホントなら印刷所使ってオフセット本にしたかったんだが、急きょコピー本に変更した。いやはや、毎回ギリギリでイヤになるよ」

 ニブズは苦笑いして、「つーか大将、まさか俺様たちをここへ呼び出したのは、原稿の手伝いをさせるためじゃアねえでしょうね?」

「失敬な。いくらなんでもそんな、警備班を私物化するようなまねをするワケがないだろう」

「今この瞬間、まさに生徒会を私物化してるじゃねえっスか」

「カンチガイしないでくれたまえ。彼らは生徒会執行部ではなく、あくまで同人サークル〈ピーター・パン症候群〉のメンバーとして、ここにいる。たまたま生徒会室で作業して、生徒会の備品をほんのチョット借りているだけだ。印刷もタダで出来てすごく便利」

「ハイハイ、わかりましたよ。俺様が悪ゥございました。それで? いったい緊急事態ってのは何なんです?」

「クレアモール商店街でカツアゲ事件が起きた。被害者は三高生だ」

 マユリの疑問が口を突いて出る。「それは警察にまかせるべきじゃアないんですか?」

「そう考えるのはもっともだが、あいにく警察には頼れない事情がある。そこもチャント説明するから、まずは僕の話を最後まで聞きたまえ」

「すみません」

「事件発生は昨日の午後5時過ぎ。被害者は予備校へ向かう途中、アニメイトへ寄ろうとしていた。すると突然、高校生らしきガラの悪い集団に囲まれ、路地裏へ連れ込まれたらしい。そしてナイフで脅され、サイフとスマートフォンを差し出した。そのさい犯人たちはこう告げたという――『オレたちはサンタカに落ちたせいで、すべり止め私立で高い学費を支払うハメになってる。運よくサンタカに入れたおまえらが恵んでくれるのは、トーゼンの義務とは思わねえか?』だそうだ」

「……そいつら、許せないな」トゥートルズは憮然として言う。

 ツインズは声をそろえて、「ホントホント」「ふざけてるね」

 スライトリーはメガネを上げ、「どうやら教育が必要みたいだ」

「ああ、まったくだ」ニブズは怒りもあらわに、「三芳野高校の略称は、三に高と書いてサンコウに決まってんだろうがクソッタレ!」

 これにはチョットした事情がある。埼玉県立三芳野高等学校の正式な略称は、確かに三高と書いてサンコウと読む。実際、応援歌の歌詞でもそうなっている。しかし、川越市内には埼玉県立三芳野工業高等学校があり、こちらの略称は三工だ。読みだけだと非常にややこしい。それゆえ区別するため世間的には、三高はサンタカとして認知されてしまっているのだ。三高のほうが三工よりも歴史が古く偏差値も上位にかかわらず、愛称を奪われてしまったコトに対して、三高生は並々ならぬ屈辱を抱いている。――もっとも新入生のマユリにとっては、まだそのあたりの執着は薄いが。

「いやいやいや! センパイがた、今そこは重要じゃないでしょう。犯人たちはナイフまで持ち出しているんですよ? フツーに高校生の手に負えるレベルを超えてます。いくらなんでも危険すぎる」

 カツアゲ犯たちは単に脅しのつもりであって、実際に相手を傷つけるつもりはないかもしれないが、不測の事態は起こりえる。ましてや彼らをこらしめようと言うのなら、なおさらだ。

「むろんキミの指摘は間違っていないとも、カーリー。だが最初に言ったように、警察を頼るワケにはいかないのだよ」ピーターは肩をすくめる。

 先日の万引き事件は犯人が三高生だったから、警察沙汰になれば厄介な事態を引き起こしかねなかった。しかし今回は違う。三高生はあくまで被害者だし、事件が起きたのは放課後の校外だ。そもそも警備班の管轄かどうかも怪しい。

 ピーターは生徒会役員に目くばせする。「少しナイショ話をするから、聞かなかったフリをしてくれ」

 トゥートルズはあきれた様子で、「それならなんでこの場所を選んだんです? 耳をふさいでもらうか、いっそしばらく退出してもらえば」

「だってそれだと、原稿作業を中断しなくちゃならないじゃないか」

「さいですか……」

「それに彼らは口が堅い。安心したまえ。で、その警察の介入されると不都合な事情というのはだね」ピーターは声をひそめて、「奪われた被害者のスマホに、彼のカノジョの自撮りポルノ写真が入っているからだ」

 スライトリーは目を丸くし、「カノジョって恋人のコトですか?」

「イエス」

「三高生に恋人?」

「そりゃアいたって不思議はないさ。若い男女だもの」

「ウソだァ!」スライトリーは絶叫した。「三高生に入るようなヤツは、中学まで女子をうざいとしか思ってなかったガリ勉クンで、オタ臭い童貞の集まりなんだ! カノジョなんているワケない!」

「落ち着けスライトリー!」ニブズが羽交い絞めして、暴れるスライトリーを抑えつける。「現実を見ろ! 三高生だろうとそうでなかろうと、カノジョがいるヤツにはフツーにいるんだよ!」

「ウソだ! ボクは信じない! ゼッタイ信じないぞォ!」

「受け入れろ。今はもう男子校じゃねえんだ。恋愛イベントくらいむしろ起きてトーゼンだぜ」

「ああ、ちなみに、被害者のカノジョは現役中学生だ」

「あァン? ところでさっきから気になってたんスけど、なんで被害者が匿名なんスか? 名前を教えてください。俺様がぶっ殺してやる」

「そういうリアクションをすると思って、伏せておいたんだ。今回の事件を解決するのに、被害者の個人情報は必要ないし」

「女子中学生とかうらやま――じゃなくて犯罪ッスよ! 犯罪!」

 スライトリーもますます興奮して、「そうだそうだ! 警備班として始末すべき――」

 と、唐突にふたりとも白目をむき、その場にくずおれた。

 トゥートルズはため息をついて、「ナルホド、たとえ被写体本人が送ったものとはいえ、児童ポルノのデータが警察に万が一見つかったら、困ったコトになるかもしれないですね」

「そういうコトだ。ゆえにわれわれは警察よりも早く、犯人たちから被害者のスマホを取り戻さなければならない」

 ツインズがシンクロした動きで同時に深々とうなずく。

「それにさ」「そもそも連中を放置しておくのはよくないね」「うん、よくない」「カツアゲしたとき『おまえら』って言ったのが事実なら」「三高生をまだほかにも襲う気だね」「さしずめ三高生狩り」「しかも三高に対して」「劣等感に似た逆恨みを抱いてると見た」「そのうちカツアゲに飽き足らず」「直接学校へ殴り込んでくるかもしれないよ」「ヘタをしたら文化祭の真っ最中に」「そんなバカをやらかさないよう」「徹底的にこらしめてやらないと」

「ザッツライト!」ピーターは指を鳴らした。「ゆえにこれは疑う余地なく、われわれ警備班の管轄だ」

 ここでようやくピーターは原稿から顔を挙げ、イスからいきおいよく立ち上がり、艦隊の提督が「主砲発射!」とでも叫びそうな仰々しいジェスチャーをした。

「警備班の諸君に命じる! これよりすみやかに作戦行動に移り、敵を殲滅せよ! 二度と三高に歯向かう気など起こさないよう、徹底的に教育してやれ! 総員出撃!」

 マユリは作画中の原稿をチラリと覗き込んでみた。ピーターが描いていたのは、某人気戦艦擬人化ゲームの二次創作だった。

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