002

 三高の昼休みは短い。開始から予鈴まで、たったの25分しかない。これは授業1コマ70分制を採用しているせいだ。1日5時限で、かつ放課後の部活動時間を確保すると、どうしても休み時間にシワ寄せがいってしまう。おかげで食堂は教室から離れているせいもあり、利用者が少ない。マユリも1度使ってみたが、移動時間と注文待ちの時間を差し引くと、とてもじゃないが落ち着いて食べていられない。よって、大半の生徒は教室で済ませる。しかし近ごろのマユリは、わざわざ部室まで移動するのが習慣になっていた。彼女は化学部に入部したのだが、何を隠そうその部室というのが、実に居心地よすぎるのである。

 さすがに水着だけで教室の外を出歩くのは気が引けるので、実委のトレードマークであるハッピ――今年度のイカすロゴ入り――を上から羽織る。

 プールの脇を通り抜けて部室棟へ。2階の一番手前にある一室。つまり例の魔法少女がいる部屋だ。

 部室にはいつも誰かしらいる。今日もマユリがやってくると、トゥートルズがソファーに座り、テレビで午後ローの『コマンドー』を見ながらカップやきそばを食べていた。ソファーは校長室や応接室にありそうな、やたら高級感のあるシロモノだ。それから窓際のパイプイスでは、スライトリーがサンドウィッチ片手に、手塚治虫の『ブラックジャック』を読みふけっている。

トゥートルズは頬張りながら、「カーリーはこれからお昼ふぁーりーふぁふぉれふぁらふぉふぃる?」

「ハイ」マユリは購買のシュガートーストをかじる。「今日はまた、いつにも増してくつろいでますね……」

「実はおれたちのクラス、3限が自習だったんだ」

「教室で自習してなきゃダメじゃないですか」

「さすがにクラスメイトがエロゲーやってる横で、自分だけマジメに勉強する気にはなれないかなァ」

「……パソコンって自前の?」

「持ち込んだノートパソコンで同人誌の原稿描いてるヤツもいたけど、エロゲーは教室のPC使ってた」

 三高にはコンピュータ室とはべつに、各クラスの教室に1台ずつデスクトップパソコンが設置してあって、生徒が自由に使用できるようになっている。

「ふしぎに思ってたんですけど、この学校のPCって、フィルタリングかかってませんよね? 昨日もクラスの男子が、ネットでYou Tube観てましたし。それにソフトのインストールはフツー、管理者権限がないとできないんじゃア?」

「その状況を引き起こした犯人なら、そこで呑気にマンガ読んでる」

「スライトリーが?」

 するとスライトリーは遠い目をして、「なつかしいなァ。1年生のとき、サーバ室に忍び込んでフィルタリングを解除したんだ。それから管理者権限を校内の全端末に付与した」

「いったいなんだってそんなまねを」

「校内のセキュリティがいかに脆弱か、警備班の一員として学校側への忠告ってトコかな。あくまでチョットしたデモンストレーションのつもりだったんだけど……まさか、1年以上経っても事態に気づかないとは思わなかったよ……」

「うわァ……」

「一部の先生は気づいてそうだけど、あえて放置してるのかもだ。何だかんだで自分たちにとっても便利だろうから」

 マユリはあらためて、大人のふがいなさを実感した。やはり三高の伝統は、これからも生徒主導で守っていくべきだ。

「ところでカーリー、正直さっきから気になってたんだが、また大胆なカッコしてるじゃないか」スライトリーはいっさいエンリョなく、マユリの水着姿をなめまわすように見つめる。

「4限が水泳なんですよ。今日はここからプールへ直行します」

「ニブズじゃないけど、少しは女の子らしく恥じらいがあったほうが、かわいげがあると思うな」

「1限からずっとこのカッコですからね。さすがにマヒしました」

「もしかして、家から服の下に着てきた?」

「ですです。イチイチ更衣室まで行くのメンドくさいですから」

 トゥートルズは愉快そうに、「……ひょっとして着替えの下着、持ってくるの忘れてたりしてー?」

 マユリは大笑いして、「いやいや! んなベタな! さすがに忘れませんって! チャント持ってきてますよォ!」

 部室にまた誰かやって来た。「いやァ、ついたくさん買い込んじまったぜ! ――うぉッ! カーリーてめえなんつーカッコしてんだよ女子ならちっとは恥じらいってヤツをだなァ」

「ニブズ、その反応は予想通りすぎておもしろくないです。そんなコトより、どうしたんですかその大荷物」

「これか? キョーミあるのか? そんなにキョーミあるならおまえにも読ませてやってもいいぜ?」

「いえべつに」

 ニブズはかまわず話し続ける。「うちのクラスが3限自習だったから、アニメイトまで行ってラノベ新刊買い込んできた。背表紙のあらすじ見てたら、つい予定になかったのまで買っちまって」

「あーあ、イイご身分ですよね金持ちは。こまかいコト気にせず散在できて。ていうかダメじゃないですか。いくら自習だからって勝手に校外出歩いたら」

「なァにカタいコト言ってんだ。そのくらいみんなフツーにやってるぜ。実際アニメイトじゃア、俺様のほかにクラスメイト2人と出くわしたし」

「三高生アニメイト好きすぎ……」

「今日の放課後は寄れそうになかったしな。いや、自習になってくれてホント助かったぜ」

 本日は宣伝班が都内までビラ配りに遠征するのだが、そこに警備班が同行する予定となっている。何かトラブルが起きたとき対処するためだ。池袋組にトゥートルズとツインズ、新宿組にニブズとマユリがついていく。

「ていうか、アニメイトなら新宿にもありますよね?」

「こんな大荷物持って、電車に長時間揺られるとか拷問だろ」

「それを言うなら、今日買って来たヤツはどうするんです?」

「決まってんだろ。とりあえず部室に置いていく。俺様が持って帰るまでは、みんな勝手に読んでていいぜ。ただし貸出は厳禁な。ここで読むように。特にトゥートルズ! このまえ英語の授業中に読んでるトコバレて、危うく先生に没収されかけたよな」

「ゴメンゴメン。おもしろいからつい止まらなくなっちゃってさァ」

 警備班はテスト勉強の時間もマトモに取れないコトが多く、授業をしっかり受けておかなければ、そのまま成績に直結しかねない。実際マユリも先日の中間テストでは、地獄の釜が開くのを見た。それに対し、センパイたちはさほど気負っていないように見える。

「そういえば、センパイたちって成績はどうなんですか?」

「俺様は英霊だぜ」ニブズは自信マンマンに言い切った。

「ボクは凡骨だよ」とスライトリー。

 トゥートルズはため息まじりに、「おれは超人のなかの超人ってトコ。ホントうんざりするくらい見事にまんなか。ツインズは伝説よりの超人だって聞いたけど。そんでピーターはぶっちぎりの阿呆」

 三高は各科目ごととは別に、総合成績で上からABDCEの5段階にランク分けされる。このランクには俗称があり、Aは阿呆、Bは凡骨、Cは超人、Dは伝説、そしてEは英霊だ。つまり、警備班のメンツではピーターが最上位で、ニブズが最下位というコトになる。にもかかわらず彼が得意げなのは、三高では勉強づけの阿呆よりも、勉強そっちのけで青春を謳歌しているほうが尊敬されるからだ。しょせん成績なんてものは、脇目も振らずひたすら勉強していればよくてトーゼンだろう。もっともピーターのように、勉強と青春どちらも妥協しないバケモノもいるワケだが。

 三高には県内の中学からトップレベルの生徒たちが集まり、新たに優劣がつけられる。おのれは井の中の蛙だったと、否応なく思い知らされる。しかし、それは何も学力だけのハナシではない。それは一言で表現するのなら、さしずめ器の違いだ。ピーターを見ていると、マユリは劣等感を抱く一方で、彼とともに働けるコトを誇らしく思える。そしていずれは、おのれも羽化するのだ――と。

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