第2話 竹光刀を持つ男

001

 梅雨が明けて、本格的に夏がやって来た。

 県立学校である三芳野高校も、共学化する以前からエアコンが全教室完備されている。とはいえ温暖化の影響か夏の暑さが年々厳しくなっていくのに対して、エコを重視して融通の利かない設定温度は、いささか不十分と言わざるをえない。

 だが、三高にはエアコンが設置される以前から、言い換えると男子校時代から、伝統的な暑さ対策がある。

「……オイ、花崎」

「ハイ! なんでしょうか先生」

「女子に対してこんな説教をしなきゃアならんのは、正直アタマが痛いんだが……頼むから、水着で授業を受けるのはやめてくれ」

「お言葉ですが先生、三高では私服の着用が認められています。また、たとえ制服必須だったとしても、体育に備えて体操着でほかの授業を受けるコトは許されるハズです。であれば、水泳の前に水着姿で授業を受けたって、一向に問題ないじゃアありませんか」

「2年の井上といい、近頃の女子はまったく。屁理屈言ってないで、いいから水着を脱ぎなさい――じゃなくて服を着なさい」

「というか先生、なんでわたしにばっかり言うんですか? 男子を見てくださいよ。ホラ、みんな水着じゃないですか。それなのにあえてわたしを選ぶなんて、男女差別です。セクハラです。断固抗議します。校長先生に言いつけてやる」

「いいから、セクハラがイヤだったら服を着ろ」

「エアコンの温度を1℃下げてくれたら考えます」

「いやそれはムリ」

「なら交渉は決裂ですね。暑さに邪魔されず集中するためにも、わたしはこの格好のまま授業を受けます」

「だから! 先生が! 授業に集中できないんだっての! 女子にそんな格好でいられたら!」

「……先生、今こそ菩提樹の下で悟りに至るのです。時の鐘の音を聞いて煩悩をお捨てなさい」

「なら先生はこの言葉を贈ろう――心頭滅却すれば火もまた涼し」

「それって、どっかの坊さんが火事で焼け死ぬときに言ったヤセガマンじゃないですかァ。イマドキNGですよそういうの。熱中症になっちゃう。それよりもわたしは『ニーベルンゲンの歌』に出てくるトロニエのハゲネに憧れますね。火計をしのぐために死体の血を飲んでノドの渇きを癒すなんてマジぱねえ!」

「高1にもなってまだ中二病が治ってないとは、かわいそうに……いや、というか話をそらそうとするんじゃアない。いいかげんふざけてないで――」

「ふざけているのは先生です!」マユリは鬼気迫る表情で、「いつまでくだらない雑談で授業を中断する気ですか? ほかのみんなが迷惑してます。いえ、それ以上にわたしが迷惑です。警備班が多忙なのは先生もごぞんじでしょう? テスト勉強なんてマトモにやる時間もない。わたしは授業だけで全部アタマに叩き込まないといけないんです。1分1秒でも惜しいっていうのに、それを先生はチャントご理解されてます?」

「お、おう?」

「わたしだって、本音を言えば男子たちの前でこんなカッコ、心底恥ずかしいんです。でもそれを耐えているのは、暑さを緩和して少しでも授業に集中したいからなのに、それをやめさせようとするなんて……先生はわたしに勉強させたくないんですか? 落第させたいんですか?」

「なァ花崎……おまえ実はすでに、暑さでアタマがどうにかなっちまってるんじゃア――」

「暑さっていうより、湿気でどうにかなってますよアタマが。見てくださいこのひどいモジャモジャ。ああ、ストレートヘアーの連中がうらめしい」

「うん。ヤッパリおまえ、アタマ冷やしたほうがよさそうだな」

「……先生」

「なんだ花崎?」

「ビキニのほうが涼しいと思いません?」

「せめてスク水でガマンしろよォ!」

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