004

 ピーターの指示で3人が向かったのは、三高の近所にある駄菓子屋だ。厳密には駄菓子屋ではなくヤキソバ屋なのだが、店内は駄菓子で埋め尽くされている。むろんヤキソバもチャント食べられる。男子校生向けの安くて特盛なのが。

 店のおばあさんは笑顔で出迎えてくれた。「ノロちゃんいらっしゃい。ヤキソバ食べるかい?」

「こんにちはおばあちゃん。あいにくだけどエンリョしとくよ。今日は警備班の仕事で来たんだ」

「ああ、そうだったそうだった。そういえばアタシが呼んだんだったよ。イヤだねェまったく……近ごろは物忘れがひどくて……腰は痛いし目はかすむし、電話の声は全部孫に聞こえるし、そうそう、このあいだなんか――」

 ニブズはイラついた様子で、「おいバーサン! 無駄口たたいてねえで本題に入ってくれや。こっちもヒマじゃねえ――ぶごへッ!」

 突然、ニブズは奇声を発して気絶した。

「ごめんねおばあちゃん。今のは気にしないで」

「いいよ忘れる。……オヤ、ノロちゃんじゃアないか。よく来たね。ヤキソバ食べるかい?」

「またまた、おばあちゃんったらもう」

「それで、どこまで話したっけねェ?」

「まだ何も聞いてないよ。いや、何があったのかは知ってるけど、詳細な話をおばあちゃんの口から直接聞きたいんだ――昨日起きた、万引き事件について」トゥートルズはためらいがちに、「その犯人は、ホントに、三高生だったの?」

「ああ、三高生を見間違えるもんかい」

 ピーターから事前に聞かされてはいたものの、あらためてその事実に直面してみると、マユリは胸が締めつけられる思いだった。優秀で誇り高い三高生が犯罪に手を染めるハズはない――なんて幻想をいだいていたつもりは毛頭ない。けれども、それは誰でも犯罪者になりえるというだけの話であって、誰もがいずれ犯罪者になると心構えていたワケではないのだ。

「ホントに間違いないんですか? 私服だったんですよね?」

「アンタくらいのトシで私服の子は全部三高生に見えているんじゃないかって? まァ確かに、制服と違って確証があるワケじゃアない。ただし、言葉で説明するのは難しいけど、三高生には身にまとった独特の雰囲気――オーラがあるのさ。お嬢ちゃんは1年生みたいだから、まだわからないだろうけど」

「……すみません。せっかく協力してくださるのに、ケチつけるようなコト言って」

「いいさ。それだけ三高を大事に思ってるってコトだからね。その気持ちを忘れちゃアいけない」

「ハイ」マユリは強くうなずいた。

「さて、アレは昨日の午後4時くらいだった。アタシは今日と同じように、ここで店番してた。前の晩に夜更かししたせいか眠くてね。ウトウトしてたんだが、そこへひとりの三高生男子がやって来た。そいつはアタシが居眠りしてると見るや、急に挙動不審になって何やらコソコソ、ゴソゴソと。スッカリ眠気が冷めたアタシは、コイツは怪しいぞとタヌキ寝入りで様子を見ていると、案の定だ。あのクソガキめ、ダイタンフテキにも、しょってたギターケースのなかに、麩菓子を押し込んだのさ」

「麩菓子って、まさかアレですか?」マユリは入り口付近のバケツいっぱいに突き立てられた、野球のバット並みのサイズのソレを指さした。川越名物巨大麩菓子。

「そしてそいつは、麩菓子を隠すと店を飛び出して、一目散にトンズラしたワケさ。アタシは呼び止めようとしたが、いまいましいコトにこの老いぼれのノドときたら、寝起きで渇いてとっさに声が出なくてね。追いかけようにもすぐには立ち上がれないし、たとえ立ったところで走れやしない。まんまと逃がしちまった。かといって、このまま泣き寝入りするのもごめんだ。警察へ通報すべきか、学校へ連絡すべきか――迷ったけど、そしたらどっちにせよ大ごとになる。生徒ひとりの問題じゃなくて、三高全体に波及しかねない。それは本意じゃアないの。アタシの息子も三高出身だからねェ。そこで、アンタたち警備班の話を思い出したワケ」

「ありがとうございます」

「万引きとはいえ、たかが駄菓子ひとつだ。本人が直接頭下げに来て、駄菓子の代金を弁償しさえすれば――ああ、それから皿洗いもしてもらおうかねェ? とにかく、それで全部水に流してあげる」

 マユリは意気込んで、「わかりました。かならず犯人を捜し出して、おばあさんとこの店に土下座させます」

「いや、さすがに土下座はしなくていいけどさ」

「それで、犯人はギターケースをしょってたんですよね。ほかに何か外見的特徴はありませんか?」

「体格はノロちゃんとに近いね。中肉中背。髪の毛の色は黒で長さは、そこでノビてるバカと近いかな。ちょいとばかし老け顔だが、妙に子供っぽくもある顔立ちで、プラスチックフレームの黒縁メガネをかけてた。服装はジーパンにチェックのシャツ。スケルトンのブリーフケースに、教科書とかを詰めてるみたいだった」

 それを聞いて、マユリはアタマをかかえたくなった。そういう特徴の三高生男子はごまんといる。むしろそれが三高生の特徴と言っても過言ではないレベルだ。まだ入学して日の浅いマユリには三高生のオーラを感じ取れないと指摘されたが、あえて断言してもいい。川越でそういう人間を見かけたら、マユリでも三高生だと確信する。

「ほ、ほかに何か、犯人について憶えているコトは? どんなささいなコトでもいいんです? 何かありませんか?」

「そう言われてもねェ……最近ますます忘れっぽくって……あっ」

「思い出しましたか」

「確か、あの子は店に入ってくる直前まで、口笛で何かの曲を吹いてたよ。何の曲かは知らないけど」

「どんな曲でしたか?」

「確か、こんな曲だった――ヒュヒュヒュー、ヒュヒュー」

「あの、口笛が吹けないんでしたら、べつにムリしなくても」

 おばあさんは赤面しながら咳払いをひとつして、「フフフフーン、フフーン、フフーン、フーン、フフフフーン、フフーン、フーフーン――だいたいこんなカンジかねェ」

 残念ながら、マユリにはまったく聞き覚えがない曲だった。いやそもそも、おばあさんの再現が合っているともかぎらないのだが。

 だがトゥートルズは不敵に笑って、「ありがとうおばあちゃん。これで犯人をほぼ絞りこめたよ」

 おばあさんもおどろいた様子で、「そりゃホントかいっ?」

 いつの間にやら意識を取り戻していたニブズも、「ああ。今回はラクショーだったな。大船に乗ったつもりでいろよバーサン。この事件は俺様たちがすぐにでも――うぼあっ!」

 立ち上がろうとしたニブズは、ふたたび奇声をあげて気絶した。

「ダイジョーブかい?」

「心配しないでおばあちゃん。事件は今週中に解決してみせるから」

「いや、そっちじゃなくて」

「善は急げってね。さっそく捜査に取りかかるとするよ。――カーリー」トゥートルズは床に転がるニブズをあごで示す。「キミは脚のほうを持って。おれは手を持つ」

「あ、ハイ」

 さしずめ人間担架の要領で、ニブズを店の外へ運び出す。「ストップ。クルマ来ましたよ」

 店の前の道路を、1台のハイエースが通りすぎる。

「今のクルマは――」

 おばあさんはいまいましげに、「ありゃア、デイサービスの送迎車さね。近ごと介護施設のクルマがあっちこっち走りまわってる」

「川越も高齢化が進んでるってコトだね」

「アタシはデイサービスなんて行くのはゼッタイにゴメンだ。ご近所のひとが通ってるんだが、その話を聞いただけでもひどさがわかる。施設に来たジジババどもは、チョット足が悪いって程度のも、寝たきりでクソ垂れ流しのも、ボケて鏡と会話してるようなのまで一緒くたにされる。死んだ目で笑顔の貼りついた職員が、しつこく話しかけてきてうっとうしい。だが何よりサイアクなのが、まるでガキみたいに扱われるコトだってさ。ガキをあやすような職員の言葉づかい、幼稚園のお遊戯レベルのレクリエーション。年寄りは幼児退行するもんだと決めつけてやがるのさ。施設の職員連中は、自分たちも年取ったらそうなるんだと、だから自分たちも同じ扱いを受けたいと、本気で思っているのかねェ?」

「…………」

「カーリー? どうかした?」

「そんなにこわがらなくても、お嬢ちゃんがあのクルマに乗せられるのは、まだ当分先のコトさね」

「いやいや、さすがにそんな心配をしてたワケじゃア……べつになんでもないですよ。気にしないでください」

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