003

 ――翌日の放課後。

「うちは祖父と父、それから叔父もそろって三高出身なんです。それで小さいころから、文化祭に何度も連れてきてもらったりして。だから共学になったときは正直うれしかったですね。これでわたしも三高に入れるぞって。……でも、共学化のせいで憧れの三高が変わってしまうとしたら、それはとても残念だし、悲しいコトです」

「それで警備班に?」

「ハイ。ある意味、恩返しみたいなものですね。三高生の仲間入りさせてもらった代わりに、伝統を守るために尽くしたいなァって」

「ナルホド、立派なこころざしをお持ちですね。ところで話題は変わりますが、好きな男子のタイプとか――」

 重要な任務だというから何事かと思えば、マユリに課せられた初ミッションはなんてことない、文化祭パンフレットに掲載される新入生インタビューだった。確かに重要には違いないのかもしれないが、正直拍子抜けである。

 三高文化祭のパンフレットは、もともとはごくフツーのシロモノだった。参加団体の配置図やステージのタイムスケジュールなど案内に加え、生徒会長や実委メンバーのチョットしたコメントがいくつか載っている程度で、来場者に無料配布されていた。

 しかし、巻末のオマケに四コマ漫画や短編小説を載せるようになってから、しだいにエスカレート。もとは宣伝班が作っていたのを新たにパンフレット班として立ち上げ、OBにコラムを依頼したり、文化祭に関する特集記事を組んだり、三高用語集文化祭編を制作したり、気がつけば1000ページ超の大ボリュームと化していた。

 当然もはや無料配布するのは難しくなり、1冊1000円で販売するようになった。けれども当初の予想をうわまわる大人気で、毎年完売御礼。予算の都合上あまり多くは部数を刷れないため、すべての来場者に行きわたらなくなってしまい、案内図とタイムスケジュールだけの無料お試し版を配布するという本末転倒ぶり。たとえ偏差値は70を超えていても、三高生は間違いなくアタマが悪い。

 1時間近くにおよぶインタビューを終えて、ようやく解放されたマユリは、廊下に出たところでちょうど、校内をパトロール中のトゥートルズとニブズのふたりに出くわした。

「ジャストタイミング。そろそろ様子を見に行こうかと思ってた」

「正直、疲れました……」

 ニブズは鼻で笑う。「情けねえ。へばってんじゃねえぞ新人。さっさとついてこい。この俺様が警備班の仕事のイロハを教えてやる。ありがたく思え」

「またそんなコト言っちゃって。自分だって去年は、インタビュー終わったあとヘロヘロだったくせに」

「う、うるせえっ!」

「去年はニブズがインタビュー受けたんですか。知りませんでした」

 トゥートルズは楽しげに、「あっ、もしかして気になる? 気になっちゃう? コレが実にケッサクでさァ。よければあとでバックナンバー読ませてあげるよ」

「てめえトゥートルズふざけんなよマジで!」

 マユリはリップクリームを塗りながら、「べつに興味ないです」

「それはそれでムカつくんだよコラァ!」

 校内パトロールは、警備班にとって代表的な業務だ。もともと準備合宿夜の不純異性交遊を防ぐために始めたパトロールだが、現在では放課後に毎日実施している。これは部活や実委で居残っている生徒たちとの交流も兼ねている。ふだんから顔をつないでおくコトで、いざトラブルが起きたとき頼ってもらいやすくする狙いがある。

 発足当時、警備班には賛否両論があった。共学化後も伝統を守るためには必要だという一方、風紀委員もどきを生み出すコトで自由な校風が妨げられ、むしろその存在こそが伝統を破壊しかねないと。現に今でも一部のOBから根強い反発がある。

 ゆえに警備班は、生徒たちを上位から統制する支配者であってはならない。みなと肩を並べる同志たれ。

「ところで、カーリーはどこか入りたい部活はあるの?」

「中学は剣道部だったんで、高校は弓道部に入ればカンペキだなとか昔は思ってたんですけど。袴好きですし」

 噂をすれば影、弓道部員の男子とすれ違った。今日は若干肌寒いからか、弓道着の上から学ランを羽織っている。袴に学ラン――うん。悪くない、悪くないわ。マユリはそのフェティッシュな姿を、脳内の印画紙に焼きつけた。

「うちの弓道部は全国レベルだから、本気でやりたいならオススメだよ。ただ、警備班との両立はムリかな」

「ですよねー」

 ニブズは嬉々として、「イイじゃねえか。俺様は応援するぜ。短い高校生活、やりたいコトをやるのが一番だ。どうぞ警備班を気兼ねなく辞めて、弓道部に入ったらいい」

「どこの部がオススメですかね?」

 三芳野高校は文武両道を掲げている。それゆえ部活は原則加入と定められており、帰宅部は許されない。実委は部活動とは別枠なので、どこかしらに入部する必要がある。運動部と警備班との両立はまず不可能だろうから、選択肢は文化部にかぎられるが――。

「まァそんなに焦る必要ないよ。今週末に新入生向けの部活動見学があって、週明けから仮入部期間が1週間あるから。もしそれでも興味をそそられる部がなかったら、オススメのトコ紹介してあげる」

「わかりました。よさそうなトコが見つかるといいですけど」

「……あんまシカトしてっと、しまいにゃ泣くぜ?」

 三高は五棟の校舎で構成されている。1、2年生の教室や職員室、保健室などがある管理棟。コンピュータ室、視聴覚室、生徒会室などの特別教室棟。3年生の教室と理科4教科の実験室がそろった理科棟。体育館や剣道場、柔道場などが入った体育館棟、そして図書館棟である。渡り廊下でつながったこれらとは独立して、理科棟とプールを挟んで部室棟が存在する。

 3人は理科棟へとやって来た。そこでは設営班が大掛かりな作業の最中だった。階段手すりの目張りを交換しているのだ。目張りとは、ようするにスカートの覗き防止だ。理科棟の階段はその構造上、下からスカートのなかが丸見えになってしまう。なので男子校時代は、来場者として女子がやってくる文化祭開催中のみ設置されていた。しかし共学となった現在は、年じゅう女子が階段を昇り降りするため、目張りは常時設置されたまま。ただし年に1回、今ごろの時期に張り替えている。もっとも私服着用可なコトもあり、わりと大半の女子がパンツルックなのだが。かくいうマユリもホットパンツだ――というか、私服のスカートを1枚も持っていない。

 ニブズはマユリの脚を一瞥し、「そんなだから、おまえはウェンデイじゃなくてカーリーなんだよ」

「セクハラ」

「なんでだよ!」

「トボけられるとでも? わたし自慢の脚線美を、それはもうネットリとなめまわすように、眺めていたじゃアないですか。アレですか? もしかして脚フェチなんですか? うわァ、キモチワルイ」

 トゥートルズは深々とうなずく。「脚イイよね脚。適度に引き締まって筋張ったカンジがありつつも、スラリと細長くて華奢な脚とかサイコーだ。そういう美脚を見ると、無性にほおずりしたくなる」

「おさわりは厳禁ですけど、見るだけならタダですよ」

「おまえアレだろ? ホントは俺様のコト好きなんだろ? 気になる相手ほどちょっかい出したくなるタイプだろ」

「心持ちひとつで気がラクになるんだったら、どうぞお好きに」

「……オイ、トゥートルズ。俺様にはどうも女心ってヤツがサッパリわからねえ。なんでコイツは俺様に対してこうも辛辣なんだ? どう考えてもおかしいぜ。だって俺様、超カッコイイのに」

「まァまァ、エンリョがないのはそれだけセンパイとしてしたわれてるってコトだよ、うん。むしろ歓迎すべきなんじゃアないかなァ」

「おお、ナルホド、そういうコトか。かわいいトコあるじゃねえか」

「――センパイ、わたしノド渇いてきちゃいました。あー、昇降口の自販機で売ってるロイヤルミルクティーが無性に飲みたい」

「まったく、しょうがねえヤツだなァ。俺様がひとっ走り買って来てやろう。センパイのおごりだ、センパイの」

 そう言うや、ニブズはホントに自販機へ買いに行ってしまった。

 トゥートルズはほほえみ、「さすがにわかってきただろ? ああいうヤツなんだよニブズは」

「ようするにバカなんですね」

「そうとも言う。口は悪いけど、べつに悪気があるワケじゃないんだ。旧家の生まれなせいか、価値観がチョット時代遅れでさ。だからあんまりイジメないでやってほしい」

「……わかりました。確かにわたしもおとなげなかったです」

「あいつのほうが年上だけどね」

 ニブズが戻るのを待ちながら、窓の景色を眺める。プールを挟んで向かい側に部室棟がある。その2階の一番左端の部室。

「窓に! 窓に!」浮かび上がる白いシルエット。そのリリカルな造形は、遠目からでもハッキリ視認できた。「魔法、少女……?」

「とうとう見つけてしまったようだね。アレこそ三高七不思議のひとつ――部室棟をさまよう魔法少女の影」

「ていうかアレ、貼ってありますよね? シールか何か?」

「カッティングシートだよ。10年前のOBが自作したってハナシ」

「そんなに前から! よく今まで無事でしたね」

「ああ見えて、意外に目立たないからね。理科棟の窓からじゃないと案外気づきにくい。あの程度なら公序良俗に反するというレベルでもないから、学校側も黙認しているみたいだ」

「へえ。ところで、三高七不思議っていうのも初耳ですけど、残りの6つは何なんです?」

「成田山川越別院の池で、ミドリガメに1匹混じったスッポン」

「校外じゃないですか」

「やっぱり川越七不思議ってコトにしとこう。3つめはアレだ、川越名物巨大麩菓子」

 和やかな雰囲気のなか、ふいにふたりのケータイが同時に着信した。ピーターからの緊急招集だ。どうやら、警備班が出動すべきトラブルが発生したらしい。

 ニブズもちょうど自販機から戻ってきた。「おまえら、なにグズグズしてやがる。さっさと行くぞ」

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