第18話 トリプルフィフティの呪い/若者たちの熱き血潮
海賊のボートが砂浜へ近づいていく。積荷が満載の浮き輪を牽引していた。やがてボートが砂浜へ接岸すると、海賊は積荷を担いで海岸の洞窟へ入っていく。
小型の自走台車が隠してあった。DSの武器を一本だけ運べる性能があった。だが本来の用途よりも、一般人が重たい荷物を運搬するために使うことが多かった。車輪の乗り物は悪路に弱いため、無人の荒野に向いていないのである。
その小型自走台車の貨物室に五光は潜んでいた。カメレオン迷彩を発動していれば、たとえ真横に海賊の顔がやってこようと気づかれなかった。
『こちら花札。無事、貨物室へ隠れました』
五光は本部へ報告した。
『ブックメーカー了解。気をつけろよ』
御影は専用の通信装置の前で、サラリーマンカットをクシで整えた。
『がんばります』
五光が返信したところで、小型自走台車はクモの八本足で動き出した。
猛獣だらけの森を足早に進んでいく。時折、格上の小型自走台車が相手だろうと牙をむき出しにして襲いかかる野生動物がいた。すると小型自走台車は腹部にマウントした重機関銃で蹴散らした。力技の行進だ。これぐらいやらないと大自然に食い殺されてしまうだろう。
五光は改めて思った――こんな危険な森を装甲馬で偵察していたなんて、正気の沙汰ではなかった。そしてバックギャモンのサバイバルスキルの高さに感服するしかない。
そんなことを考えていたら、小型自走台車はテロリストの秘密基地へ到着した。
迷彩布や木々を重ねて巧妙に隠蔽してあった。どうやら地盤にできた天然の穴を利用した施設らしく、空港のように縦長の構造だ。おそらく陸上艦〈アゲハ〉がすっぽり入るだろう。これだけ大型の施設を完成させるためには、かなりの年月が必要だ。
しかし憲兵隊はいっさい把握していなかった。きっと北九州の湾岸基地は海賊を相手にするので精一杯で、九州の内陸部まで手が回らないんだろう。
もし二十一世紀だったら、監視衛星とドローンを使った上空偵察で秘密基地なんて丸見えだったはずだ。しかし二十二世紀は監視衛星を作るだけの資源がないし、無線型ドローンはハッキングで他の勢力に奪われるため使えなかった。
人口と資源が不足する時代だと、政府が領土の隅々まで網羅するのは不可能であった。
『荷物を持ってきた』
海賊が、小型自走台車の運転席から光信号でサインを送った。
すると秘密基地側から光信号の返信があった。
『受け入れる。ゲートを開いた』
秘密基地の岩盤がスライドしていく。ここが入り口なんだろう。小型自走台車は八本の足を唸らせて秘密基地へ入った。
生体装甲を利用した骨組みが、内部構造を織り成していた。軍事基地というより動物の胃袋の内側みたいな雰囲気だった。
働いている人たちもテロリストというよりも、技術者風の人たちや、労働者風の人たちが多い。武装したテロリストは少数だけである。
さらに小型自走台車が内部へ入っていったところで、五光は重要な事実に気づいた。
スペースシャトルを宇宙へ打ち上げるためのマスドライバーが縦に伸びていた。
秘密基地が縦長なのは、宇宙港だからだ。
五光は慌てて本部へ連絡した。
『花札から本部へ。大変です。秘密基地は宇宙港でした。マスドライバーがあります』
御影が咳きこんだ。どうやらまた緑茶を飲んでいたらしい。
『〈コスモス〉を宇宙へ打ち上げて、なにかの実験でもやるつもりかもしれないな』
『なんです、実験って』
『実は、新崎大佐から送られてきたAI円盤、〈グラウンドゼロ〉のブラックボックスにアクセスして、内部情報を送信する機能が含まれていた』
『えぇ!? おもいきりしてやられてるじゃないですか!』
五光は思わず肉声で声を出しかけて、両手で口をふさいだ。
『だからこそ起死回生の一撃が必要だ。マスドライバーを破壊するしかないな』
『爆薬持ってないんですけど、どうします?』
『テロリストのDSを奪って壊せばいい。その動きにあわせてこっちも部隊を動かす』
『花札了解。DSを奪います』
五光は通信を終了すると、カメレオン迷彩が発動しているかどうかを手鏡で再確認した。なにも写っていない――カメレオン迷彩はアクティブだ。
小型自走台車をゆっくり降りた。もし走ったらカメレオン迷彩の色彩変化が追いつかなくなって敵に見つかるだろう。慎重に秘密基地の内部を捜索する必要があった。
目的はDSの格納庫だ。しかし道に迷いそうだ。さすがにテロリストの軍事基地だから案内看板なんて親切なものは置いてなかった。オートマッピングで地図を作りながら地道に歩いていく。
運よくDSの整備に使う工具の音を聴覚が拾った。そちらへ向けて歩いていくと、格納庫を発見した。
無機質な正方形の部屋にDSが6機並んでいた。すべて〈ストレンジャー〉であり、ツギハギ修理で運用していた。テロリストは裕福ではないので、装備や備品のコストを切り詰める傾向にあった。
なお一号機〈コスモス〉の姿がなかった。もしかしたら宇宙へ打ち上げるためにシャトルへ積んでしまったのかもしれない。
やはりマスドライバーを破壊するのが効果的だろう。
となれば予定どおり〈ストレンジャー〉奪うわけだが、武装に問題があった。20mm機関砲はマスドライバーなどの建造物を破壊するのに向いていない。いくら戦車の装甲を貫通する威力があっても、ぎっしりと質量を敷き詰めた置物は想像以上に堅いのだ。
155mm榴弾砲があれば一瞬で壊せるだろうが、どうやら秘密基地は装備が貧弱すぎて他に武装がないらしい。
すっかり困り果てていると、ツナギを着た整備係が格納庫へやってきた。二人組みであり、DS用の工具を運んでいる。
「新崎大佐って、いつから【グレイブディガー】に入ったんだ?」「ずっと前からだってよ。しばらく憲兵隊にとどまって秘密の仕事をやってたんだって」「そりゃすげぇや。あんな伝説的な人物が内通者だったわけだ。憲兵隊のやつら今ごろ焦ってんだろうな」
新崎はずっと前から裏切り者だったようだ。ならば、あの日一杯の味噌ラーメンをごちそうになったことは、テロリストの施しになってしまうのだろうか?
いきなり脳内に声が響いた。
(あなたにお願いしたいことがあります)
アインの声だった。
五光は腰を抜かしそうになった。カメレオン迷彩をアクティブにしてあるのに、どうしてアインは潜入に気づいたんだろうか?
『あなたと繋がったなら……俺は校長先生にバレているんじゃ?』
(大丈夫ですよ。新崎大佐は今休憩中なので、わたくしが勝手に繋いでいます)
『なんで勝手に繋いだんです』
(次の作戦でトリプルフィフティが使われます。阻止してほしいんです)
トリプルフィフティ――分子分解爆弾をテロリストが使うらしい。さらっと重要情報が流れた。それも敵からだ。本当だろうか。ブラフではないのか。
五光は額から汗をたらしながら聞き返した。
『校長先生が……大量破壊兵器を使うってことか?』
(失うものが少ないテロリストにとっては、大変有効な兵器ですから。でもわたくしは、間違っていると思います)
『アインさん。あなたは……』
(わたくしは……わたくしには理由があって〈コスモス〉の中にいます。しかし新崎大佐のすべてが正しいとは思っていません)
彼女の言い方は、分子分解爆弾が使用されることの証明であった。
しかもテロリストたちに動きがあった。宇宙港の技術者たちが退避準備をはじめていた。整備の担当者たちもDSや自走台車に乗りこんで基地を出ていく。あっという間に格納庫は空っぽになってしまった。
となれば、さきほどから工具を運んでいたのは基地を退避するための準備だったのだろう。
五光は深呼吸して頭の中身を整えながら、アインに情報を確認していく。
『〈コスモス〉はどうするんだ?』
(宇宙へ飛ばします)
『いいのかよ、俺に作戦内容教えちゃって』
(よくないですよ。でも分子分解爆弾はいけません。わたくしの仲間は、あれのせいで大勢死んでいるんですから――あ、新崎大佐がきました。切断します)
アインの接続が強制切断されると――五光はすぐさま本部へ繋いだ。
『隊長! トリプルフィフティです! 敵は分子分解爆弾を使用します!』
『トリプルフィフティだと!? 間違いないのか!』
御影は椅子を倒すほどの勢いで立ち上がった。
『はい! トリプルフィフティです! しかも〈コスモス〉を宇宙へ打ち上げるのは確定事項です!』
五光は焦っていた。テロリストの秘密基地でトリプルフィフティが発動したら、陸上艦〈アゲハ〉の停泊している湾岸基地は消滅する。
さすがの御影も焦ったらしいが、数々の修羅場をくぐった男は一味違った。すぐさま優先順位の確認に入った。
『マスドライバーはまだ破壊してないんだな?』
『まだです。倉庫に20mm機関砲しか置いてないんですよ』
『敵はDSを奪われることを想定して、155mm榴弾砲を持ちこんでないんだ。新崎大佐が責任者ならすべての事態を想定しているだろう』
『トリプルフィフティはどうするんです!?』
『落ち着け。いいか、マスドライバーの優先順位を下げる。最優先がトリプルフィフティだ。あれは起動に時間がかかる。そして起動まであとどれぐらいかは、立方体から漏れる音でわかる』
御影は、座学の講師みたいに大事な部分を強調して喋っていく。
『カスタネットの音だったら、まだスイッチを入れたばかりだ。ネコが爪とぎする音だったら、余裕がある。だが爪でガラスを引っかく音になったらレッドアラートだ。今すぐ逃げろ。そしてお前が最初にやることは、カスタネットの音が聞こえるかどうか確認することだ。地面にパワードスーツのヘルメットを接触させろ。聴覚機能は最大だ』
五光はパワードスーツの聴覚機能を最大にすると、ヘルメットパーツを床に当てて、音の振動を直接読み取った。
なんとカスタネットの音が聞こえた。
『隊長。カスタネットです。カスタネットの音が聞こえます!』
『なんてことだ……本当にスイッチを入れたのか……よしわかった。ネコが爪とぎする音になるまでトリプルフィフティを探せ。いいな、カスタネットの音が消えるまでだぞ。もしネコが爪とぎする音になってからも探していたら、逃げる距離を稼げなくなる』
『了解。これからトリプルフィフティを探します』
五光は急いで格納庫を出ようとした。
だが透明ななにかと正面衝突して――お互いに尻餅をついた――お互いにカメレオン迷彩が解除された。
五光の前には、PMCに所属する軽装パワードスーツが倒れていた。
「お前らまでテロリストの施設に潜入してたのか」
五光はレーザーライフルを構えた。
「こんなことしてる場合じゃないんだがな」
相手もレーザーライフルを構えた。
だが、お互いに声を聞き取ったことで、相手が誰なのか理解した。
「お前、劉四川か! エースパイロットの!」
五光は素っ頓狂な声を出した。
「そういうお前は憲兵のパイロット――たしかデータベースによると霧島五光か!」
四川も調子の外れた声を出した。
ほんの三秒ほどレーザーライフルを突きつけあっていたのだが――ほぼ同じタイミングで銃口をそらした。
なぜか二人の若者は、不気味なほどに気持ちが通じ合っていた。
「四川。トリプルフィフティだ」
「五光。トリプルフィフティだ」
五光も四川もトリプルフィフティ――分子分解爆弾の起動を阻止するつもりだった。
だから四川は慌てて走り出して、五光と衝突したのだ。
五光は四川にたずねた。
「トリプルフィフティに恨みがあるのか?」
「僕の生まれ故郷だった未来都市は、たった一発の分子分解爆弾でこの世から消えた。家族も友人も恩師もすべてだ。僕は偶然パトロールに出撃していたから助かっただけなんだ。今〈GRT社〉にいるのは、ただの偶然でしかない」
四川は悲しみと怒りを混ぜて地団太を踏んだ。
彼の苦しみは本物だ。絶対に演技じゃない。たとえ所属する軍隊が違っていても、過去にどんな行いをしていても、理想とする世界が違っていても、今この場だけは想いが共通だ。
分子分解爆弾を阻止しなければならない。
「四川。一時休戦だ。あんなバカみたいな兵器、人類は使っちゃいけないんだ」
五光は握り拳を差しだした。
「いいだろう。トリプルフィフティだけは絶対に阻止する。僕の人生を賭けてでもだ」
四川も己の握り拳を差しだした。
二人の若者の握り拳は、火打石みたいに打ち合った――二人の心に熱き血潮がマグマのように湧いた。
こうして対立していたはずの二人は、分子分解爆弾の起動を阻止するために格納庫を出た。
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