第19話 勢力の垣根を越えて/希望は宇宙にあり
テロリストの秘密基地は、もぬけの殻になっていた。資源が不足する時代だから、退去が完了してしまえば張り紙一枚だって残っていなかった。もはやカメレオン迷彩で姿を隠す必要がない。もし敵がいるとしたら、ナノマシンが散布されるまでの残り時間だ。
だから五光と四川は移動速度を重視して、カメレオン迷彩をオフにした。
並んで歩くと奇妙なことがわかった。二人は身長も歩幅も同じであった。どうやら手足の長さまで一緒らしい。パワードスーツを装着したままだから顔こそわからないが、もしかしたら似ているのかもしれない。
「四川、トリプルフィフティを停止させる方法は知ってるのか?」
五光はレーザーライフルを曲がり角で構えた――敵影なし。いくら退去が完了していても、敵施設なんだから警戒を疎かにしてはいけない。もしかしたら命を捨ててでも妨害してくるやつがいるかもしれないからだ。
「ハッキングツールで停止できる。だが時間と技術が必要だ。僕はハッキングに関しては平凡だから、仲間の手を借りたいところだな」
四川はハッキングツールを取り出して、対分子分解爆弾用に調節した。
「仲間って、PMCの電子戦担当者、手を貸してくれるのか?」
「たぶん、無理だ。僕がこの施設の潜入調査をやっているのだって、君との一騎打ちに負けた懲罰人事だからな」
「こういっちゃなんだが〈アゲハ〉の赤外線誘導は成功させたろ?」
「PMCは失敗にうるさいんだよ。少数精鋭だから」
「難儀なもんだな」
五光は地面にヘルメットパーツを当てて、カスタネットの音がする方角を調べた。
東だ。どうやらマスドライバーの先端部分にあるらしい。
二人はマスドライバーの土台に沿って進んでいく。
だが五光は、ずっと気になっていることがあった。さきほどからスティレットが沈黙していた。たしかに偵察中は姿を表に出さない約束だが、喋ることまで禁止していない。あれほどお喋りな女性が、秘密基地の潜入にアドバイスを出さないのは不自然ではないか?
「どうした五光。遅れてるぞ」
四川が、五光の肩を軽く叩いた。
「すまない。湾岸基地に残してきた女性のことが気になって」
五光の言い分は、スティレットの存在を知っている人なら意味が通じた。彼女は〈グラウンドゼロ〉に宿った人格だからだ。
だが四川はスティレットの存在を知らないから勘違いした。
「そうだな。分子分解爆弾が起動したら、湾岸基地の人たちは消える。お前の愛する女性も消えてしまうだろう。僕の愛した女性も、かつて未来都市と一緒に消えてしまった。別れの言葉すらなく」
四川の声はトーンダウンした。彼の喪失は易々と埋められないものなんだろう。
だからこそわからないこともある。これだけ人間の情緒や観念に思いを馳せる人物が、どうして未来都市の外の人間たちを見下しているんだろうか。四国の【マイマイ社】が運営していた未来都市にいたってはスラム街を焼き払ったのだ。
あの狂気に触れたことで、人間は一歩道を踏み間違えると悪魔になると知った。
――四川も根元のところは一緒なんだろうか?
五光は、おもいきって質問した。
「俺は四国の【マイマイ社】でスラム街が焼き払われるのを見た。彼らの上司を取り調べたが、どうやら悪いことだと思ってないみたいだ。お前が住んでた未来都市も、ああいう感じだったのか?」
すると四川は、首を左右にふった。
「あそこまで選民思想に偏ってない。だが未来都市の外で起きる事柄に酷薄だったことは事実だ」
あそこまで深刻ではないが、根元のところは一緒らしい。せっかくわかりあえそうなのに、肝心のところですれ違いそうだった。
だが五光は交流することを諦めなかった。
「自分たちの豊かさを、ほんの少しでもいいから貧しい人たちに分け与える気持ちはなかったのか?」
四川は答えにくそうだった。だがパワードスーツの肩パーツを揺らしながら、ゆっくりと語った。
「感情論を抜きにするなら……豊かさを未来都市の外へ放出したら文化が維持できなくなる。音楽も小説も映画も、あらゆる芸術は豊かさを土台に維持されるんだ」
「芸術は、人間の命を軽くしてまで維持するのもなのか?」
「その意見こそが、僕たち未来都市から見たときに、君たち憲兵が共産主義者に見える理由だ。君たちは食事のためなら異なる文化を平らにしてしまう」
「俺には……難しいことはわからない。だが残り20億の人口を、みんなで協力して維持したいと思うのは悪いことなのか?」
「もしかしたら理解してもらえないかもしれないが、僕たちは数に価値を感じてない。質が大事だと思ってる」
たしかに四川は優秀な人物だろう。きっと彼の身近にいる人々も賢くて器用なのだ。
しかし五光は認めたくなかった。質を優先するために数を見殺しにすることが最適な選択だと思えないのだ。
「四川は分子分解爆弾でたくさんの人が死ぬのはいやなんだろ? それはお前が認めていない数の消滅じゃないのか?」
「分子分解爆弾で人が死ぬのはイヤだ。でも未来都市を失うのもイヤだな」
「たくさんの人を救ったら、未来都市は失われるのか?」
「未来都市は二十一世紀の残滓なんだ。資源の枯渇した時代に、資源のあった時代の豊かさを維持するためには、支援の手が届く範囲を狭めるしかなかった」
「そうか……未来都市は自衛手段の延長線にあるのか……」
五光は、未来都市の意味を理解した。二十一世紀の豊かさを未来へ残すための都市だ。そのために知識や教養のない人を遠ざけた――それが良い選択だったのかどうかは後の歴史が証明するんだろう。
だが五光には、今の自分にやれる道が見えた。
「たくさん資源が見つかったら、未来都市は外へ目を向けるってことだろ。ほら火星とか木星って、資源がたくさんあるっていうじゃないか」
「なるほど。宇宙か。たしかに宇宙で資源がたくさん手に入るなら、僕は外の世界へ目を向けるだろう。だが他の人はわからない。人間の思考や判断は、一定の方向性を持つと思想になる。自衛手段だったはずの未来都市は、いつしか選民思想の総本山になった」
「もし……もしも宇宙でたくさん資源を手に入れても、分けあわないで独占を企むのか? 選ばれし民にふさわしいって」
「可能性としては、そっちのほうが大きいだろうな。それでも僕は未来都市が生み出す芸術が好きなんだ」
希望と絶望が混在する未来予測。若者二人は口を閉ざしてしまった。
しばらく無言のまま前進すると、進行方向に真っ黒い立方体が見えた。
分子分解爆弾だ。
一辺が50メートルの立方体だから、遠くからでも視認できた。
だが起爆解除までの道のりは困難だ――立方体を囲むようにテロリストの警備が密集していた。パワードスーツを着た歩兵と、武装したDSが主な戦力であり、自走台車も数台参戦していた。
「あいつら、まさか起爆するまで近くを守ってるつもりなんじゃ」
五光が焦ると、四川がうなずいた。
「テロリストは殉教精神が強い。死ぬ覚悟がついてるメンバーで自爆するんだろうな」
死を受け入れた戦士は強い。どんな苦境でも逃げないからだ。しかも敵にはDSがあるから、あの警備を突破するのは至難の業だろう。
五光は“仲間”に知恵を借りることにした。
「なんか名案はないか?」
「さすがにわからないな。あのアインとかいう謎の声が導いてくれればいいんだが、もう声は聞こえなくなった」
四川はパワードスーツの頭部パーツに手を当てて、軽く揺さぶった。
「アインは四川にも声をかけてたのか」
「なんだ五光にもか。たしかにそうじゃなきゃ、あのタイミングでトリプルフィフティの存在に気づかないな」
アインは本当に分子分解爆弾を使いたくないんだろう。テロリストも一筋縄じゃないらしい。
四川がマスドライバーの周辺を見渡した。
「五光はDSを持ってこなかったのか?」
「潜入が目的だから基地に置いてきた。そういう四川はDS持ってきたのか?」
「少し離れたところに隠してある。だが今から取りに戻ったら、かなり時間をロスする」
「まいったな……せめてテロリストのDSを奪えればいいんだろうが、四国の戦いで対DS戦法をやっただけあって、完全に歩兵を警戒されてるんだ」
テロリストたちは、DSに歩兵が取り付かないように陣形を組んでいた。
五光と四川は打つ手なしになってしまった。
――いきなり天井が振動した。なにかが焼ける騒音も響く。どうやら誰かが秘密基地の天井を焼き切っているようだ。やがて天井の装甲板が正方形にずれた。
憲兵の軽装パワードスーツ――コールサイン:バックギャモンが顔を出した。
「凶暴な野生動物たちが次々と海へ逃げていく。これは分子分解爆弾の音を察知したときのリアクションだ」
マタギであり破壊工作のスペシャリストでもある彼は、分子分解爆弾にも詳しいようだ。
バックギャモンは、忍者のようなしなやかさで地面に着地。ちらりと四川を見上げた。
「……そちらのPMCとは敵対していないらしいな。さしずめ分子分解爆弾のために休戦したか」
四川は、小さくうなずいた。
「そのとおりだ、不思議な雰囲気の工作兵。トリプルフィフティは人類の汚点だ。核兵器が子供扱いになるぐらいのな」
バックギャモンは、両手の指先を地面と森林へ向けて祈った。どうやら狩猟の神様になにかを願ったらしい。それから四川へ聞いた。
「PMCの若者よ、お前は爆弾解体をどこまでやれる?」
「普通程度だな」
「十分な腕前だ。手伝ってもらおうか」
バックギャモンは、工作機械で床板を溶断した。地下には細かい配線の詰まった通路が隠されていた。
「これはマスドライバーの動力システムを建設するときに使われた整備通路だ。完成後は使わなくなるから鉄板で隠してしまうことが多い。ここも例外ではなかった」
「すごいな。これがあれば敵に見つからずに分子分解爆弾の真下までいける」
四川は地下の穴に頭を突っこんだ。
「だが敵が音響走査システムで周囲の異音を拾っていたら、地下を移動する我々に気づいてしまう。だから誰かが地上で囮をやる必要がある」
誰かが囮――爆弾解体の苦手な五光しかいないだろう。
五光は誇らしげに胸を叩いた。
「俺がやりますよ。バカみたいに暴れてやります」
こうして四川とバックギャモンが地下の整備通路へ降りたところで――いきなり秘密基地の東側の壁面が派手に砕け散った。もうもうと土煙が舞うと、なんと〈グラウンドゼロ〉が単独で突っこんできた。
(いよっ、間に合ったわね)
〈グラウンドゼロ〉はスティレットみたいな仕草で片手を振った。どうやらパイロットは存在せず、彼女が自力で操縦しているらしい。どんな事情があったのかわからないが、切羽詰った場面では頼もしい援軍だ。
五光は素早くコクピットへ乗りこんだ。
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