第17話 凶暴化した野生動物たちを回避せよ

 偵察部隊は、正午に北九州基地を出発した。


 人数は二名。五光と先輩隊員――コールサイン:バックギャモンだ。彼は四国の戦いで敵本社に赤外線誘導を成功させた破壊工作のスペシャリストだ。憲兵になる前は北海道でマタギをやっていたから偵察任務も得意だった。


 二人の防具は軽装パワードスーツだ。DS技術を応用して作ってあるのでカメレオンそっくりであった。機動性を優先して装甲が薄くなっているので銃撃戦やDS搭乗時には向いていない。だが偵察に便利な機能が付属していた。


 カメレオン迷彩である。カメレオンのように体表の色を瞬時に変化させることで周囲の風景と同化するのだ。ただ弱点は存在していて急激な移動に弱い。体表の変化が移動速度に間に合わないと風景から浮き上がってしまうのだ。


 ちなみにスティレットが顔を出したらカメレオン迷彩が台無しになるので、偵察中は引っこんでいる。


「荒地で装甲馬をコントロールするの、難しいですね」


 五光は馬を駆っていた。DS技術を応用して作った装甲馬だ。標準的なライフル弾を軽々と弾く皮膚と、アメリカ西海岸から東海岸までを補給なしで完走するスタミナを持っていた。しかも馬用の軽装パワードスーツを装着してあるからカメレオン迷彩に同調できる。


 これほどに抜群の性能を持った馬だが、コントロールが難しい。DSを操作するのと同じく手綱と脳波で乗馬するわけだが、馬が歩くと尻と腰に振動が直に伝わるからコントロールが乱れてしまった。


「本物の馬に乗るより簡単だ」


 バックギャモンは朴訥に喋った。彼は口数が少なかった。マタギは自然と対話するから、人間と対話するときも木や草と同じ扱いをするのだ。つまり必要なことだったらちゃんと喋るが、その他のことになると口を閉ざす。自然界に無駄な会話は存在しないのである。


 だが偵察任務に必要なことが知りたかったので、五光はさらに質問した。


「なんでレーザーショットガンを装備していくんです?」


 レーザーショットガンはゲテモノ武器だ。射程は短いし威力も控えめだ。レーザー兵器は直線的な攻撃は得意だが、拡散する攻撃は苦手だ。かつて戦った〈80センチカブトムシ砲〉のプラズマ拡散砲も射程が極端に短かった。


「野生動物には散弾が有効だ。そして我々は偵察が任務だから発砲音が抑えられるレーザー兵器が向いている。威力と射程の問題は腕でカバーすればいい」


 バックギャモンは馬に乗ったまま、レーザーショットガンを上空へ向けた。


 なんと禍々しい猛禽類が音もなく急降下していた。従来の学説には存在しなかった凶暴な種が、ナイフのような爪を突き刺そうとしていた。データベースによると、あの爪は軽装パワードスーツの装甲を貫けるらしい。


 だがバックギャモンは猛禽類の爪を恐れることなく、レーザーショットガンの有効射程まで引きつけて発砲――レーザーの真っ赤な散弾で撃ち抜いた。


 猛禽類は、焼け焦げた穴だらけになると、地面へ落下して動かなくなった。


 バックギャモンは装甲馬を草むらに係留すると、猛禽類の死体を土へ埋めていく。偵察部隊の痕跡を隠すためだ。だがバックギャモンは作業をしながら口の中で念仏を唱えていた。


 五光も土をかぶせる作業を手伝いながら質問した。


「なぜ念仏を唱えるんです?」

「食べるためではないのに動物の命を奪ったからだ」

「相手が襲ってきたんですから、正当防衛でしょう」

「彼らは歪な進化をしてしまった。分子分解爆弾の発動は、大自然に『人類は危険な種族である』と刷りこんだ。それが進化を促して対人攻撃性を持った動物が誕生した。かつて人類がサルからヒトへ進化したのと同じように、動物は人類へ抵抗するために進化した」


 データベースにも乗っている情報だった。


 分子分解爆弾が起動した大地と、起動していない大地では、生態系が別物になっていた。同じ日本国内であっても、本州だとこんな凶暴な動物は存在しなかった。だが北海道と九州では存在している。


 猛禽類の死体を巧妙に隠せば、偵察再開となった。


「馬の速度を落とせ。虎だ」


 バッグギャモンが馬の進路を変更して一つ向こう側の獣道へ入った。


 五光も後ろをついていく。


 さきほどまでの道には小川が流れていて、大柄な虎が川の水を飲んでいた。データベースによると、無人となったユーラシア大陸で繁殖した動物が、同じく無人となった九州に泳いで移住しているようだ。彼らは身体能力が40パーセントほど進化しているため、日本海ぐらいなら平然と泳ぎきってしまう。さきほどの猛禽類より戦闘能力が高いことは確かだ。


 わざわざ交戦する必要はないので、静かに虎の横を通過した。


「俺たちが敵なんですね。この大地だと」


 五光はパワードスーツの空気感知システムの成分表を呼び出した。木々の香りと獣臭さで占められていた。本州だって野生動物の数が増え続けているが、それでも人間の立場はあった。だが九州では人間が完全な異物になっていた。もし土地の権利を求めて裁判をやったら野生動物が勝利するだろう。


「この大地だけではない。DS技術は明確に生命の倫理を侵害している。それどころか現在生きる人類すべてが罪人だ」


 バックギャモンは、誰もが目をそらしている公然の秘密と真摯に向き合っているようだ。


「…………俺たちは【ソイレントグリーンシステム】で活動してますからね」


 五光の舌の上に“完全栄養食のゼリー”の味が蘇った。


 DS技術で作られた乗り物の燃料はなにか? 完全栄養食のゼリーを濃縮したものだ。


 資源不足の時代に完全栄養食のゼリーやDSの生体装甲はどうやって作っているのか?


 まず数少ない鉱物資源で【ソイレントグリーンシステム】という“リサイクル設備”を作る。そこへ分子分解爆弾で分解された“あらゆるモノ”が染みこんだ地層を原料として放りこむ。あとは【ソイレントグリーンシステム】が望んだモノをリサイクルしてくれる。


 そう――“あらゆるモノ”には死んだ人間の分子も含まれているのだ。


 ――古典映画ソイレントグリーンは、生活格差が拡大した未来を描いた物語だ。貧乏人は配給の合成食品を食べることで生きていた。だが合成食品の原料が人間だったことは秘密にされていたという強烈な映画だ。


 しかし22世紀の地球では、誰もが【ソイレントグリーンシステム】の正体を知っていた。


 知っていたが――目をそらしていた。かつて訓練学校の教官が、とある生徒と【ソイレントグリーンシステム】について論争になったときの言葉を引用しよう。


『“完全栄養食のゼリー”を食べていれば栄養失調を起こさないどころか、人間が活動するために必要な必須栄養素が摂取できる。おまけに味だって抜群だ! それでいいじゃないか! 深く考えたらみんな不幸になる!』


 共犯関係は、お互いの後ろめたさを肯定することで成立する。


 だがマタギのように大自然と接する仕事をしていたら、目をそらせなくなるんだろう。


「自分はこう考える。【ソイレントグリーンシステム】を含めて自然の一部であり、そして古来より自然を搾取することで血肉としてきた人類は、昔も今も罪人なのだ」

「柔軟なんですね」

「いまさらの話だったのだ。分子分解爆弾が発明される以前から、人類は罪を抱えて生きてきた。無実の人間などどこにもいない。ならば正義に酔ってはいけないのだ」


 バックギャモンは修験者のように独自の哲学を持っているようだ。


 五光には難しすぎて理解できなかったが、彼から学ぶことは多そうだ。


「どうやら狩猟の神が、我々を導いてくれたようだ」


 バックギャモンと五光は、装甲馬を茂みに隠して息を潜めた。


 目の前をジャイアントパンダの群れが走り抜けていく。パンダは従来の学説だと群れないのだが、九州のパンダは攻撃的に進化しているから群れる。しかも一匹あたりの戦闘力が進化しているから、彼らに襲われたらひとたまりもない。データベースで調べると、かつてマスコットキャラクターとして愛された時期があるという。


「あんな凶暴な生き物がマスコットですか。二十一世紀はどうかしてる」


 五光が素直な感想をいうと、バックギャモンはうなずいた。


「あいつらはクマと一緒だ。強くて賢い。そんなやつらが逃げてくるということは、正解が向こうからやってくるということだ」


 遠くが見えないほど繁茂した森林の向こうから何かが近づいてくる。聞きなれた足音と地響き。凶暴なはずの猛禽類や虎が恐れをなして逃げていく。やがて森林をかきわけて、巨体が出現した。


 クモの形をした自走台車だ。識別信号は出ていないし、所属を示すサインがない。おそらくテロリストの使っている機体だろう。


 五光とバックギャモンはカメレオン迷彩で姿を隠した。一歩も動かなければ木々の一部にしか見えない。たとえ雨風が当たろうと見抜けない。専門の装置で索敵しないかぎりは。


 だが自走台車はどこか目的地があるらしく索敵行動を取っていなかった。やがて自走台車は五光とバックギャモンをまたいでいった。


 五光は自走台車の脚部パーツを見上げながらいった。


「自走台車の進路を逆にたどると、テロリストの秘密基地があるはずですね。地図上では、ですけど」


 バックギャモンは、潜水艦で使うような潜望鏡を装甲馬の荷物入れから取り出した。望遠から熱源探知まで一通りの機能が備わっているため、偵察部隊の必需品だ。バックギャモンは潜望鏡のスコープを森の天辺を越えるまで伸ばすと、パワードスーツと接続した。


「自走台車の進路の逆方向に秘密基地らしき建物を発見した。ということは、テロリストは自走台車を足代わりに使っているんだろう」

「あんな目立つ乗物をですか?」

「お前一人で九州の森を歩けるか?」


 五光は試しに脳内でシミュレーションした。最初の猛禽類の襲撃に気づかないで、爪で頭を貫かれて死亡した。運よく逃れたと仮定しても虎に食われて死亡した。それすらなにかの偶然で逃れたとしてもパンダの群れに遭遇して絶対に死ぬ。


「歩けないですね。なら自走台車は安全策ですか。実際、凶暴なはずの動物たちも逃げていますから有効です」

「そうだ。おそらくなにかを受け取りにいくんだろう。あの自走台車を追えば補給ポイントが発見できるかもしれない」


 馬をゆっくりと歩かせて、自走台車を尾行していく。まるで獲物を狩るマタギの間合いだ。五光はダックスフントみたいな顔を強張らせて、ごくりとツバを飲みこんだ。もし速度を出しすぎたら自走台車に気づかれて、対人装備で爆破されるだろう。


 距離を保つことが肝要だ。どうせ相手は巨大な乗物で足音を立てながら進んでいるんだから、焦る必要はないのである。


 だが焦って速度を上げそうになる。きっと狩る側だからだろう。どうやらマタギという仕事は精神力を要求されるらしい。


 そわそわしながら進めば、海岸線に出た。オーシャンブルーの高波が打ち付ける浜辺には、手漕ぎのボートが停泊していた。船上にはポーカーで暇つぶしする二人組みの男がいて、顔ぶれと身なりからして海賊だ。


 自走台車も砂浜に腰を下ろして、パイロットであるテロリストが手を振った。どうやらテロリストは海賊と取引しているようだ。


 五光とバックギャモンは楽器のラッパみたいな集音装置を構えると、テロリストと海賊の話し声を拾った。


『加工済みの地層を100キロで、3000Gは高すぎないか?』


 加工済みの地層とは【ソイレントグリーンシステム】でリサイクルするための資源を、パッケージ化したものだった。自力で採取して加工すると莫大な時間と経費が発生するため、ああやって外注してしまったほうが早いこともある。


 Gは電子マネーの貨幣単位でゴールドと読む。エスペラント語と同じく貨幣も世界で統一されているので、万国共通で買い物ができた。ちなみに貨幣が統一されたのは理想論ではなく、貨幣を刷るための資源すら不足していたからである。


『毎度あり。それじゃあ、午後の便を搬入する』


 テロリストと海賊の交渉は終了したようだ。海賊は手漕ぎボートを漕いで、沿岸へ出ていく。おそらく憲兵のパトロールがやってこない海域に秘密の島か大型の船舶が停泊しているんだろう。彼らを逮捕するのも憲兵の仕事だが、現在の任務はテロリストの追跡だから見逃すことになった。


 バックギャモンが手漕ぎボートを指差した。


「午後の便とやらに紛れこめば、トロイの木馬のごとく秘密基地へ潜入できるだろう」


 潜入か。たしかにいきなり制圧するよりは潜入偵察をやったほうが着実に勝てるだろう。


 五光は本部へ連絡を取った。


 すると御影が出た。


『潜入か。有効だが危険な作戦だな。積荷の量からして一人しか潜入できないだろう』

「俺がやります。みんなに信用してもらいたいんです」


 ちなみにバックギャモンは「お前から裏切り者の臭いはしない。狩猟の神も同じことをいっている」と落ち着いた声でいっていた。だが他の仲間に疑っている人物がいる。悲しいが認めなければならない。


 御影も一呼吸置いてから、うなずいた。


『わかった。頼んだぞ。だが無理はするな』

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