第8話 陸上艦でスラム街へ乗りこめ
目的地は四国だ。追跡中のテロ組織【グレイブディガー】の発見報告があったのは高知であった。おそらく〈コスモス〉はフライングユニットで海岸沿いを進むと、瀬戸内海まで逃げたんだろう。だが一日の移動距離の限界から考えて、まだ日本国内に留まっているはずだ。
すでに四国周辺の移動ルートは封鎖されているから、あとは【ギャンブリングアサルト】が現地へ到着すれば本格的な制圧作戦が開始される。
現在の陸上艦〈アゲハ〉は地上から20メートルほどの高さを亜音速で飛行していた。反重力システムは発展途上の技術だから、これ以上の高度へ上昇できなかった。全盛期の日本なら高層建築物に激突したのだろうが、衰退した日本だと高層建築物がほとんどないため、事故とは無縁だった。
やがてまともな建物が存在する東京圏内を離脱したところで、館内放送が流れた。
『こちら艦長の今村サイード大佐だ。反重力システムの世界へようこそ。一分後に反重力システムによる音速突破試験を行う。各員衝撃に備えよ』
地上スレスレの高度で全長150メートルの巨体が音速を突破したらソニックウェーブで地上の損害は甚大だ――音速突破試験は人間の住んでいない土地で限定的に行う。
地上の風景が森林と荒地だけになったら、艦長の号令で〈アゲハ〉は音速を突破した。音の壁を貫いてヴェイパーコーンが発生。ソニックウェーブが地上を蹂躙していく。音速航行の反動で艦体は小刻みに軋んでいた。
そのころ五光は〈アゲハ〉の展望デッキで衰退した日本を見下ろしていた。
山林が皮膚病のように拡大していた。あれだけ自然保護を叫んでいた二十一世紀が嘘のように、人間の生活が自然に侵食されていた。グローバル企業から逃れて田舎で自給自足する人々は強盗よりも野生動物を恐れていた。イノシシやクマは人類の天敵であった。
無事に音速突破試験が完了して飛行速度が亜音速へ戻ったころ、先輩隊員が五光に質問した。
「熟練パイロットの乗った〈ストレンジャー〉を二機撃墜したってマジか?」
「本当ですよ。わけのわからないシステムが動いて、機体がぴょんぴょん動いたんです」
五光は〈グラウンドゼロ〉が155mm砲弾を回避したときの動きを真似した。
「整備班が大泣きした例のシステムか」
ROTシステムを使った〈グラウンドゼロ〉は駆動系から制御ソフトまでガタガタになっていた。しかもブラックボックスを含んでいるせいで修理に時間がかかった。
DSは本来整備に時間がかからない兵器だ。人間と動植物の細胞を複合して作ってあるから、軽傷であれば栄養剤を投与するだけで修復する。気楽に手足を使った格闘をやれるのも、敵機を殴ったことで自機のフレームや装甲に変形が生じても栄養剤で直るからだ。
それら条件からドッペルゲンガーという名前がつけられた――まるで人間が病院で怪我を治すような整備を行うからである。
しかし〈グラウンドゼロ〉は設計思想が規格外なので整備班の負担が大きくなってしまった。
その規格外の原因の一つである幽霊――スティレットが胸を張って自慢した。
(ROTシステムであたしの経験値を使って機体を動かしたのよ。この青臭い新兵が一人で動かしてたんじゃ、155mm砲弾が直撃して死んでたわね)
「幽霊だ……本当に葛城スティレットの幽霊だ……南無阿弥陀仏」
先輩隊員は数珠を握り締めてお経を唱えた。
(【ギャンブリングアサルト】の隊員が幽霊を怖がってどうすんのよ。あんたら生身の白兵戦も得意なんだから、生きてたころのあたしよりよっぽど敵を殺してるでしょうに)
スティレットが不満げにいったら、近くにいた御影が電子将棋の碁盤を眺めながら答えた。
「だからこそだ。たくさん殺す部隊だから幽霊に敏感になる」
なにを隠そう御影も数珠を持ち歩いていた。
(まさか秀才様まで信心深いとはね)
「自分の肉体をロボットみたいに整備できるようになると、霊魂の存在を信じたくなる」
(たしかにそれはあるわねぇ。基地の人たち、なんだかんだあたしが幽霊であることをあっさり受け入れちゃったし)
「軍事基地なんて心霊現象が日常茶飯事だ。各自後ろめたいことがあるからな」
(秀才様は、いったいなにを食べたら、そんな模範解答の連発みたいな人格になるわけ?)
「【ギャンブリングアサルト】の隊長としての性格だ。地位と肩書きには責任という名の人格を伴う。それを理解できないやつが上官になると、部下が死ぬ」
御影が王手になったところで、艦内放送が通信担当の声で流れた。
『五分後に作戦区域へ入ります。電磁バリアとサーモフィルターを展開するので注意してください』
陸上艦〈アゲハ〉は万が一の敵の砲撃に備えて電磁バリアを展開。さらに装甲表面にサーモフィルターを施すことで画像認識と熱源探知も狂わせてしまう。世にも恐ろしいレーダー不可視の要塞が誕生した。
「隊長。電磁バリアとサーモフィルター、DSにも積めないんですか?」
五光が質問したら、御影は電子将棋の碁盤を消した。
「出力が足りないし、あれを動かすとエバスが不具合を起こす。だからそれぞれの兵科が持ち場の責任を全うすることが大事だ。さぁ出撃だ。逮捕権を持った憲兵らしく捜査をやるぞ」
五分後、陸上艦〈アゲハ〉は四国へ到着した。
瀬戸内海の沿岸にはスラム街が広がっていた。廃材で作られた掘っ立て小屋ばかりで、まともな建築物は監視塔ぐらいだ。臭気が凄まじく血の匂いも混ざっていた。これだけ劣悪な環境で暮らすのは、グローバル企業に搾取されて住処を失った日本人と、三つ巴の争いで国ごと消滅した中国や東南アジアの難民であった。
スラム街の日本人と難民は育った文化が違えど、グローバル企業に対する恨みで団結しているため、生活習慣の対立は少なかった――ただし治安が悪いため犯罪件数は多い。
格納庫にて、御影が部下へ命令を出した。
「白兵戦が得意なやつを十二名選出して、三つの分隊に分ける。パワードスーツを着用。DSは使わない。スラム街を刺激するとテロリストを呼び出すことになるから無意味な交戦を避けることだ。では出撃」
選出された十二名は、四人一組でA、B、Cの分隊に分かれた。
三つの分隊は捜査の開始地点を瀬戸大橋にした。かつての時代は十本もの橋が本州と四国を繋いでいたが、現在は一本しか残っていない。この唯一の瀬戸大橋を基点にして、A分隊は南へ、B分隊は西へ捜査を行っていく。C分隊は退路の確保だ。
五光はA分隊の一員となってスラム街を南へ進んでいた。
着用したパワードスーツは日本製のA型だ。見た目がアライグマそっくりだから名づけられた。装甲の分厚さもパワーアシスト機能も優れているが、高価なので【ギャンブリングアサルト】みたいな資金の潤沢な組織しか運用できない。
レーザーライフルは背負っていた。銃火器はいつでも撃てる状態にしておくと住民にプレッシャーを与えるため、隊長の許可なく手に持つことが禁止されていた。なんでここまで慎重かといえば、スラム街は政府とテロリストにとっての中立地帯だからだ。
グローバル企業は蛇蝎のごとく嫌われるが、政府とテロリストは同程度の人気者だ。となれば住民は政府にもテロリストにも良い顔をしたいから『テロリストに強奪されたDSの行方に心当たりはないか?』と質問しても、まともな情報を教えてもらえない。
そんなパワーバランスの土地で横暴な振る舞いをしたら、手がかりが途絶えてしまうから、武器の取り扱いに慎重なのだ。
(あたしの故郷もこんな感じだったよ)
スティレットが水平移動しながらいった。
「スラム街出身だったんだ、幽霊先輩は」
(ほとんどの憲兵がそうでしょ。いまどき普通の家庭で育つほうがレアなんだから)
「悪かったな、普通の家庭出身で。まぁ極めて短い期間しか普通を味わってないけど」
五光とスティレットが話していたら、御影が注意した。
「作戦中の私語は慎め」
だがスティレットが反論した。
(ちょっとぐらい雑談してたほうが地元民へのプレッシャーも減るわよ。それより御影春義は、この奪還作戦、マジで陰謀だと思わないの?)
「上のほうでなにかしらの流れは起きているらしい。だが政治の話は現場の兵士たちには読み取れないものだ」
(あたしがなんでDSの中にいるかわかったら教えてよ。きっと陰謀に関わってるだろうし)
「実をいうと、この作戦にあてがわれた資金がいつもの倍あった。陰謀かどうかはともかく、上層部が〈コスモス〉と〈グラウンドゼロ〉に思惑があるのは間違いないだろう」
――突然、謎の声が五光の脳内に響いた。
(はじめまして、わたくしはアイン。村山アインです)
落ち着いた女性の声だった。音声が体内で振動する感じからして〈グラウンドゼロ〉に乗ってスティレットと会話するときにそっくりだった。
村山アインという名前をデータベースで検索すると、有名なテロリストがヒットした。
蒼穹のシャムシール。青い髪の女性で、曲刀の形をした実体剣で敵機を切り裂くことから異名がついた。なお五年前に白兵戦で死亡している。享年二十五歳、生きていたら三十歳だ。
「アイン……? どこから話しかけてるんだ?」
五光が村山アインと名乗る人物に聞き返したら、御影が足を止めた。
「どうした伍長。ひとりごとか?」
どうやら他人には聞こえないらしい。
「いえ、村山アインと名乗る人物が話しかけてきたんです」
「こちらにはなにも聞こえていない。パワードスーツの音声記録にもそれらしい情報は残っていない。空耳の可能性はないか?」
しかしアインの声は止まらなかった。
(気をつけてください。グローバル企業のPMCがあなたたちを狙っています。このままだとスラム街が戦場になって大勢の犠牲者が出るでしょう。なるべく離れたところで交戦してください。お願いします)
スティレットが会話に干渉した。
(あんた、あたしにそっくりね。なにか詳しいことを知ってるの?)
(わたくしは〈コスモス〉の中にいます。それだけは教えられます)
どうやら〈コスモス〉も内部に幽霊を飼っているようだ。となれば近くに〈コスモス〉が隠れているんだろう。新崎も一緒のはずだ。
五光は周囲を警戒しつつ、スティレットとアインの会話を御影に伝言ゲームした。
(〈コスモス〉にもROTシステムが搭載されてるってことかしら?)
スティレットもスラム街を見渡して〈コスモス〉を探した。
(あるにはありますが〈グラウンドゼロ〉のROTシステムとは微妙に用途が違います)
(詳しいことを知ってるの? ねぇ教えてよ。あたし、気づいたらDSのなかにいたの。なんで幽霊みたいになってるわけ?)
(まだ教えるわけにはまいりません。では、PMCのお相手、お任せしましたよ)
アインの声が途切れた。
すべての会話を把握していた御影が、部下たちへ指示を出した。
「今すぐ〈アゲハ〉に戻るぞ。あの新崎大佐が、スラム街に滞在してることがバレる前提にこっちへ情報を伝えてきたってことは、PMCとの交戦は避けられない。DSが必要になる」
A分隊とB分隊は、C分隊のサポートを受けながら〈アゲハ〉へ引き返した。迅速な撤退だった。しかしスラム街の住人たちが騒ぎ始めた。
「グローバル企業は巣に帰れ!」
PMCが好んで使うDS〈エストック〉で構成された部隊が、スラム街の南側――おにぎりみたいに連なる山岳地帯から駆け下りてきた。
〈エストック〉は中世の刺突武器と同じ名前であり、突撃戦法を目的として作られたDSだ。装甲を犠牲にしてでも敏捷性を高めてあって、カマキリみたいな外見をしていた。手数の多い銃火器と突き刺すタイプの実体剣と相性が良い。
PMCは、撤退中のA分隊を発見すると、外部音声で話しかけた。
「荷物を置いていってもらおうか。憲兵さまは民間企業に献上品を出さなきゃな?」
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