第9話 白兵戦/対DS戦法

 PMCは強盗稼業のために、わざわざ会社から出撃したようだ。


 四国の南側には険しい山岳地帯があるのだが、グローバル企業【マイマイ社】の武装ビルが地中から生えていた。山を掘削して作った天然の要塞であり、地下には未来都市が形成されていた。生活に必要なインフラが整っているため、水にも空気にも食料にも困らない。ただし選ばれし会社員しか入植できない。貧乏人と憲兵とテロリストは門前払いであった。


 そんな選民意識の塊みたいな連中を守っているのがPMCだ。未来都市の外で行われる犯罪を取り締まらないし、酷い場合だと都市の外で犯罪に手を染める。そして取り締まりにきた憲兵を迎撃するのだ。


 まさに中世である。二十一世紀の指導者たちが残した負の遺産であった。


「なにが献上品だ、腐れ違法集団。毛虫みたいに潰されたくなかったら巣に帰るんだな」


 御影は肉声で反論しながら、脳内の通信ユニットで〈アゲハ〉の艦長へ連絡を取っていた。


『ブックメーカーから胴元へ。【マイマイ社】のPMCと遭遇した。十中八九交戦状態に入る。待機中のDS部隊を出撃させてくれ』


 胴元は艦長のコールサインだった。ギャンブル集団の長をやるなら胴元以外にない。


『こちら胴元だ。すでにDS部隊を出撃させてある。だがスラム街を傷つけないように戦闘してくれよ。我々は人気商売だ。嫌われ者になったら税金を徴収できなくなる』


 艦長は壮年の男性だ。豊かなヒゲを蓄えていて、相撲取りみたいに筋肉と脂肪の塊であった。階級は大佐。【ギャンブリングアサルト】で陸上艦を運用するときに司令を担当する。


『任務了解。これより作戦を開始する。A分隊は散開して対DSフォーメーション。B分隊は敵DSに接触しないかぎり全力で〈アゲハ〉へ戻れ。C分隊は白兵戦に備えろ』


 御影が命令を伝えると、それぞれの分隊は行動を開始した。


 B分隊は最短ルートを割り出すと全速力で〈アゲハ〉へ戻る。


 C分隊はクモみたいな自走台車を移動砲台として扱って白兵戦に備えた。


 そして五光を含むA分隊は、素早く散開した。アライグマみたいなパワードスーツの集団が散り散りとなっていく。スラム街は大型の廃品や雑貨が多いため、あっという間に風景に混ざって敵から見えにくくなった。


「ええい、ちょこまかと。憲兵のくせに!」


 PMCの〈エストック〉部隊は20mm砲弾を五月雨のようにばら撒いた。技術の進化は善悪に関係なく恩恵を与える。二十一世紀の20mm砲弾では戦車の装甲を貫けなかったが、二十二世紀にもなると砲弾の材質も炸薬も砲身も進化しているため戦車など紙くずみたいに切り裂けた。


 そんな高火力の砲弾が、スラム街に容赦なく降り注いだ。掘っ立て小屋なんて積み木のおもちゃみたいに吹き飛んで、成人男性が赤い液体を噴霧したみたいに消し飛んだ。父親を失った子供が泣き叫んで、その子供すら真っ赤に砕け散った。


 これら悪行をPMCは悪いことだと思っていない。なぜなら未来都市の外部に住む人間は、無知蒙昧な野蛮人だと教育されているからだ。野蛮人はいくら殺しても罪にならないし、むしろ殺せば殺すほど地球が自由で平等な社会になると考える。


 彼らの考える自由と平等とは、未来都市の構成員にしか与えられないものだった。


 五光と御影の退路を塞ぐように、PMCのDS〈エストック〉が仁王立ちした。


『ようやく見つけたぞ、すばしっこいアライグマめ』


 20mm機関砲が――DSを撃つための兵器が五光を狙った。


 五光は銃口の穴をモロに見てしまった。暗くて深い。まるで地獄の入り口だ。


 死を意識した瞬間――基地で生活する女性たちのなにげない姿が走馬灯のように駆け巡った。


 どうやら男というのは死を意識すると女の肌を求める生き物らしい。


 あれほど信じていなかった女体の願掛けが真実味を帯びてしまった。それは未熟な五光にとって一種の敗北だった。一人の男子として、そして一人の戦士として、自分の考えていた人間論が死の間際でひっくり返されたのだ。


 五光が足を止めて絶望していても、隣の御影は冷静そのものだった。


「アライグマだって、DSに対抗できるぞ」


 御影はパワードスーツの脚力を活かして敵DSの膝へ飛び乗った。さらに木登り名人みたいに生体装甲をよじ登るとコクピットへたどり着いた。ハッキングデバイスでハッチを強制開放――スラム街の汚れた空気が〈エストック〉のコクピットへ流れこんでいく。


「あれ……? コクピットが勝手に開いて……?」


〈エストック〉を操縦していたPMCのパイロットは、まさかハッチを強制開放されるとは思っていなかったらしく、目線と手足の筋肉が硬直した。頭が真っ白になった素人がやりがちなリアクションであって、戦士がやってはいけないリアクションであった。


 御影は冷徹に拳銃を連射。PMCのパイロットを射殺。颯爽とコクピットへ乗りこんだ。


「訓練で習わなかったのか? DSに乗るときは、敵の歩兵に奪われることを警戒して、ちゃんとパワードスーツを着なさいと」


 銃創だらけの死体を機外へ蹴り落とすと、コクピットを閉鎖。ハッキングデバイスで〈エストック〉の操縦システムへ侵入――パイロット登録の上書きを行っていく。


 ちなみに稼働中の敵機を強奪する技は、御影だけではなく、他の先輩隊員も普通にやっていた。これが対DSフォーメーションだ。パワードスーツの性能を最大限に活かすと、歩兵の力でDSパイロットを直接殺せるわけだ。


 御影が奪ったDSで交戦を開始するころには、PMCの前線が混乱して通信に悲鳴が混じるようになった。


『た、助けてくれ。こんな戦い方は知らない!』『敵パワードスーツがコクピットに入ってき――』『本部、本部、増援を! こいつら化け物です、なんで奪った機体で我々より強いんだ!』


 ついさきほどまでPMCが優勢だったのに、対DSフォーメーションをきっかけに形勢逆転した。戦いの流れを観察していたスティレットが口笛を吹いた。


(やっぱ【ギャンブリングアサルト】って化け物揃いだわ。歩兵としてもDS乗りとしても一流だから、対DSフォーメーションなんてバカげた発想を思いつくのよ)

「ちなみに俺も訓練ではあの技をやれるんだけど、実戦ではまだやるなっていわれてる。やっぱやんないほうがいいかな?」


 五光は建物の陰に隠れて呼吸を整えていた。まだ心臓がバクバクしていた。銃口の黒い穴がまぶたの裏に焼きついていた。あんな思いは二度としたくない。


(やめておきなさい。ああいう技は度胸と技術が噛み合ってようやくスタートラインなのよ。戦場のど真ん中で敵にビビって一歩も動けなくなったあなたじゃ、度胸も技術も足りないわ)

「う……すいませんでした……」


 五光は素直に謝罪してしまった。あまりの情けなさと恥ずかしさで、パワードスーツに隠された顔が真っ赤になっていた。


 スティレットはパワードスーツの内側に出現して、五光の赤くなった頬を指差した。


(あらやだ五光くんなんて可愛い顔をするの。お姉さんを欲情させるつもり?)

「くそっ、幽霊がムラムラするのかよ、世も末だな」


 五光が照れ隠しの舌打ちをしたところで、スラム街に妙な動きがあった。


 粗末なバラックから大型トラックが出てきた。荷物はコンテナではなく、海上輸送艦を牽引していた。


 海上輸送艦はアメンボを模倣した輸送船である。DSを二機だけ積めて、アメンボの動きで水上を高速移動できた。もちろんDS技術の応用で作られているからレーダーに映らない。


 スティレットが海上輸送艦を指差した。


(さっきのアインって女の感覚を、あそこから感じるわ)


 おそらく海上輸送艦に〈コスモス〉が積んであるんだろう。そして海上輸送艦を牽引する大型トラックは漁港へ向かっていた。瀬戸内海を伝って逃げる気だろう。


 五光は御影に通信を繋げた。


『花札からブックメーカーへ。〈コスモス〉を積んでいる輸送艦が漁港を目指しています。どうしますか?』

『こちらブックメーカー。漁港はスラム街の大切な生命線だ。今も逃げ遅れた猟師たちが大勢いる。交戦中の我々が近づくわけにはいかない』

『見逃せっていうんですか』

『【ギャンブリングアサルト】はスラム街の救出を優先する。彼らを見捨てると政治的に敗北するからな』


 政府に所属する部隊が、スラム街を見捨てて追跡任務を優先したら、地元民から圧倒的不評となるだろう。そうなったら税金を徴収できなくなる。収入源を失った組織は脆い――政府は三つ巴の戦いに敗北して、テロリストとグローバル企業が覇権を争う未来がやってくる。


 残念ながら五光に選択の余地はなかった。


 やがて大型トラックは漁港へ到着すると、海上輸送艦を海へ投げ捨てた。


 乱暴に着水した海上輸送艦は、まさにアメンボが水面を泳ぐ動きで西へ進んでいく。瀬戸内海の西――九州方面へ抜ける気だ。


「校長先生。次こそは……」


 五光は海上輸送艦をにらみつけた。次に会ったときは必ずこの手で撃破すると誓った。


 すると海上輸送艦のハッチが開いて、新崎が顔を出した。岩石のような顔に潮風が吹き付ける。彼は五光のパワードスーツをはっきりと見ていた。


「五光くん。少しずつ成長していけばいい。そして経験の果実は宇宙へ羽ばたくだろう」


 謎の言葉を残して、海上輸送艦は水平線の彼方へ消えた。


『花札は自分のDSを持ってこい。スラム街の救出が完了したら、次は敵本社の制圧戦に入る』


 御影が奪った〈エストック〉に実体剣を持たせると、敵機のコクピットを突き刺した。一撃で沈黙。御影は普段使っていない機体だろうと手足のように操っていた。


 あんなレベルの戦士になれるんだろうか、戦場でビビって足が竦んでしまった自分が――五光は己の未熟さが腹立たしかった。


『了解。花札は〈アゲハ〉へ戻ります。急ぎます!』


 五光は悔しさを吹き飛ばすように〈アゲハ〉を目指して走り出した。

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