2章 四国

第7話 出撃直前/願掛けは情の深い女にあり

 日付が変わる前に追撃チームが確定した。DS乗りだけではなく歩兵や整備班や医療班なども含まれているため、総勢百名であった。出発は明日の早朝。追撃チームに選ばれたメンバーは軍紀に従って遺書を作成しながら各自の夜を過ごすした。


 五光は焼き鳥とジュースで満足していたので普通に遺書を書いて普通に就寝して――アラームで目が覚めた。


 自室は基地内にある男性隊員の生活区画にあった。住み心地は悪い。窓がないし天井と壁は鉄板だ。せめて若者らしいアイテムで部屋を飾りたいが、物資の不足する時代だから嗜好品が手に入らない。唯一の宝物はパトロール中に廃墟で拾ったサッカーボールだった。


(サッカー好きなの?)


 スティレットが五光の額から出現した。幽霊だけあって洗顔も化粧も必要ないらしい。


「ああ。訓練学校でも結構やってたんだ」


 五光はサッカーボールでリフティングした。


(そっか。まだ十七歳だもんね。スポーツやってたいよね。三つ巴の争いが終われば好きなだけやれるわよ)

「驚いたな。思ったよりまともな一面があったのか」

(ちょっとちょっと、あたしをなんだと思ってたわけ?)

「倫理の崩壊した幽霊先輩」


 五光はパジャマから制服へ着替えるのだが、スティレットが喜色満面となった。


(きゃっ! 十代の男の子は肌がつるつるのぴちぴちねっ!)

「……やっぱ倫理が崩壊してるじゃないか」


 五光が自室を出たら、向かい側の部屋の扉も開いた。


 先輩の男性隊員と、受付の女性が出てきた。いくら浮いた話に疎い五光だって察した。寝たのだろう。だが恋仲という理由ではなく願掛けだ。戦場に旅立つ前に、一夜限りの相手と激しく愛しあうことで幸運を授かるという伝説があるのだ。


 だが五光は、この手の願掛けを信じていなかった。かといって否定するつもりはない。【ギャンブリングアサルト】のモットーからして幸運や乱数の概念から離れられないからだ。


 スティレットが逆立ちになって五光をにらんだ。


(五光くん。もしかして昨日焼き鳥屋にいったの、あの人妻店員に願掛けの相手を頼みにいったんじゃないでしょうね?)

「バカ違うよ。本当に焼き鳥食べにいっただけだ」

(あら、やっぱり純情だったのね。お姉さん信じてたわ)

「調子のいい幽霊だな……」


 五光は食堂へ移動して出撃前の朝食を食べていく。追撃チームに選出されているからデザートが一品増えていた。ほんの些細な幸福である。


 なお追撃チームに選出された先輩隊員たちは、どんな女性と一夜限りの関係になったか自慢しあっていた。その話は五光にも延焼した。


「おい五光。お前は誰と寝たんだ?」

「いえ、誰とも」

「なんだって? そんなことじゃあ敵の弾に当たって死ぬぞ。今からでも間に合うから、やらせてくれそうな女にお願いしてくるんだ。食堂の美佐さんはとても優しい人だぞ」


 美佐さんとは、食堂を取り仕切るお母さんみたいな職員だ。四十代ながら三十代前半の美しさを保っていて、癒しを求める男性たちに人気だった。どうやら今回の出撃でも、モテない男性隊員の相手を何人もこなしたらしく、女神のごとく崇拝されていた。


 五光がやんわり断ろうとしたら、代わりにスティレットが怒った。


(五光くんはあたしで間に合ってるわよ! たとえ立体映像であったとしても、子供を三人ぐらい産めるぐらい仲睦まじいんだから!)


 あまりの剣幕に、先輩隊員は戸惑いながらも納得した。


 五光はフォークを口にふくんで、ぺこりと頭を下げた。


「……今度ばっかりは幽霊先輩に助けられたな」

(まぁね。願掛けも本人が信じてなきゃ効果もないでしょうから)

「幽霊先輩も生きてたときって、男性隊員に願掛けのお願いされたわけ?)

(されたけど、毎回断ってたわね。だってあたしが出撃するパイロットなんだし、幸運を授けちゃったら死んじゃうでしょ)

「ああそっか」


 五光は朝食を終わらせると、格納庫へ向かった。


 格納庫のシャッターは全開であり、巨大な作業用アームでDSが運び出されていた。陸上艦〈アゲハ〉に搬入しているのだ。


〈アゲハ〉はイモムシ級陸上艦で、DS技術を応用して造船された全長150メートルの超巨大イモムシだ。通常のイモムシ級はイモムシらしく多足で悪路を走破するのだが〈アゲハ〉は実戦配備されたばかりの反重力システムでホバー飛行する。イモムシが飛ぶなら羽化した蝶々と同じだから〈アゲハ〉という名前がつけられた。


「こんなもん作ってたら、そりゃ生活物資が足りなくなりますよ」


 五光が素朴な感想を口にしたら、御影が小さな声で叱責した。


「公の場では禁止の話題だ。お偉いさんに聞かれたら懲罰になるぞ」


 五光は慌てて自分の口を両手で塞いだ。まったくもって大人の世界は難しい。


 しかし大人であるはずのスティレットが皮肉げにいった。


(兵器が最優先で、庶民の生活は後回しだもんね。そりゃテロリストも増える一方だわ)


 御影が目を細めた。


「……三つ巴の争いが終われば生活水準も向上する。それまでの辛抱だ」


 だが三つ巴の争いは五十年間も続いていた――いつまで辛抱すればいいのだろうか。もしかしたら〈コスモス〉が奪われたのも終わりのない戦いの一要素なのかもしれない。


 それでも【ギャンブリングアサルト】は上層部の命令に従って出撃した。

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