第6話 五光とスティレットはよく喋る
奪われた新型機を追跡するとなれば長期の遠征になるだろう。テロリストだけではなくグローバル企業のPMCとも交戦するはずだ。もしかしたら戦死するかもしれない。ネガティブな思考ではなく、あらゆる兵士に付きまとう宿命だ。
最後の晩餐をしておきたいと思うのは、人間として自然な感情だろう。
五光は基地の外へ出るため入退場ゲートを目指した。
(お、外出ね。あたしも昔はよく無許可外出とかやってさ、上官に怒られたもんよ)
スティレットは、幽霊のごとき水平移動で通路を浮遊していた。真っ赤な髪がコイノボリみたいにそよいでいた。
「俺はちゃんと上官の許可をとってある。っていうかなんでついてくるんだよ」
(青臭い新兵の私生活に興味津々だから。ああそうそう、えっちな動画とか見ちゃダメよ。お姉さんとの大事な約束ね)
スティレットは左手を腰に当てると、右手の人差し指をメトロノームみたいに振った。
「なんでそんなに偉そうなんだ」
(年齢も階級も実戦経験も全部あたしが上だからね)
「そうだなおばさん」
(おばさんじゃないわ! まだ二十二歳!)
「もし生きてたら二十七歳だろ」
(二十七歳だったとしてもお姉さんって呼ぶのが常識よ)
「生きてる女性にならその常識を使うけど、あんたは幽霊だからな」
二人は会話しながら歩いているわけだが、やけに注目された。スティレットが幽霊みたいに滑空しているから目立っているのだ。
「せめて地面に足をつけて歩いてくれよ。いくら二十二世紀だってなんの装置も使わないで空中浮遊はできないんだから」
五光はスティレットの足元を眺めた。ホバークラフト技術が泣いて逃げだす無音移動であった。
(えー、めんどくさい)
「ワガママな幽霊だな」
(なによ、こんなに美人のお姉さんとデートできるんだから、ちょっとぐらい我慢しなさいよ)
「あんた死んでるじゃないか……」
(死んでても美人は美人よ)
「はいはい、美人美人、えらいえらい」
(むきー! なんであたしにだけ生意気なのよ! 御影春義とかには従順なくせに!)
猿みたいにうるさいスティレットを無視すると、入退場ゲートで遺伝子IDを認証させた。
すると警備員がスティレットを呼び止めた。
「そちらの女性もIDの認証を願います」
死者に身分証明もクソもないだろうから、五光が事情を説明することになった。まずは言葉で説明してから、最後にスティレットの額に手のひらを当てた――スカっとすり抜けた。
警備員は顔面蒼白になると、胸ポケットから数珠を取り出してお経を唱えた。三つ巴の争いで50億人も死亡する時代だと信心深い人が増えていた。
(お経で成仏なんてあるのかしら? そもそもあたしの本体ってDSのなかにあるから意味がないような……?)
幽霊自身がお経で成仏しない宣言をしたせいで警備員は怯えてしまった。これ以上入退場ゲートに留まったらいじめだろう。五光は隊員で共有するバイクにまたがると基地の外へ出た。
荒れ果てた原っぱに夕日が差していた。過疎化した東京は土地が余っていた。かつて人口過密地帯と呼ばれていたのが嘘のように歩道を人間が歩いていなかった。自動車の交通量も少なくて高速道路の存在意義が薄れていた。
(東京のどこで最後の晩餐を楽しむわけ? まさかいやらしいお店じゃないでしょうね)
スティレットは、疾走するバイクの真横を滑空していた。さすが幽霊なんでもありだ。
「たとえそうだったとして、あんたに反対される筋合いはない」
(あるわよ! なんかいやらしいもの! あたしがいた青森戦線の男たちも給料入ったら、すーぐいやらしいお店にいってたんだから!)
「本当は外食する予定だったけど、あんたがムカツクからいやらしい店に興味が沸いてきたぞ」
(ダメったらダメ――っ! なんで青臭い新兵が他の女とまぐわう姿を観察しなきゃいけないわけ!?)
ボリュームノブの壊れたアンプみたいにスティレットは騒いだ。
「だったら俺の脳内から人格データを消せばいいだろ……」
(それがさぁ、消せないのよね)
「冗談だろ?」
(本当よ)
「ありえない……俺のプライベートは完全に消えるのか……」
がっくり肩を落としながらバイクで三十分走ると、寂れた商店街に到着した。
グローバル企業との関わりが薄い個人経営の店が肩を寄せ合っていた。丸みを持った白い外装の店舗が多いため、空から見下ろすと月見団子に見える。基地からバイクで三十分も離れた場所なので、昨晩のDS戦に巻き込まれていなかった。
(結構いいかんじのお店が揃ってるわね。やっぱ青森よりは東京のほうが栄えてるか)
スティレットは、きょろきょろと商店街を見渡した。
「本当はラーメン屋がいいんだけど、俺の給料じゃ食えないからな」
五光は、二年前の夜を明白に記憶していた。まぶたを閉じればラーメンの味まで蘇った。なぜ校長先生はテロリストになってしまったんだろうか。
(新崎大佐かぁ。憲兵にとっちゃ生きる伝説みたいな人だし……事情もなしにテロリストにはならないでしょ?)
「そうなんだが、俺の両親はテロに巻きこまれて死んだんだ。なのに校長先生がテロリストになるなんて……悲しすぎるだろ」
五光の両親はグローバル企業の系列会社で働く会社員だった。だが末端だ。グローバル企業に属していながら、まったく恩恵を受けられないポジション。それでいて庶民と接する機会が多いから恨まれやすいポジションでもあった。
だから系列会社はテロリストの標的になってしまい、爆弾で吹っ飛ばされ死亡した。
(正義がない時代よね。あたしが殉職したときもそうだったわ……)
スティレットは、珍しく陰を感じる表情になった。
「殉職したときのことを聞いていいのか?」
(グローバル企業が、経済的に貧窮した人たちを集めて、奴隷労働をさせてたのね。そこをテロリストたちが奴隷解放のために襲撃をかけて交戦状態へ。あたしはパトロール中で近くにいたから両方と戦うことになった。あとは知ってのとおり)
「両方か……その場だけでもいいからテロリストと手を組んで、グローバル企業だけを狙うわけにはいかなかったのか」
(テロリストにしてみれば政府はグローバル企業に甘い顔をする中途半端な集団。グローバル企業からすれば政府は奴隷労働を妨害する邪魔者でしょ。中庸が一番恨まれるのかもね)
五十年間も争っていたら、誰でも恨みの権化になってしまうだろう。五光だってテロリストもグローバル企業も憎い。他人のことを否定できなかった。
「三つ巴の戦いもさ、ここまで酷くなるなら開戦前に予兆があったろうに、なんで回避できなかったんだ?」
(二十一世紀のエリートたちが舵取りを間違えたからよ。学者もマスコミも政治家も、自分たちは合理的に思考してると思ってたけど、実際はグローバル企業礼賛論っていう思想で動いていたわけ。ようやく過ちに気づいたとき、彼らはPMCとテロリストに粛清された。こうして二十二世紀は、未来技術で彩られた中世としてスタートしたのよ)
「難しすぎてなにを喋ってるのかわからない」
五光がこめかみを押さえてウンウン唸ったら、スティレットは目を丸くした。
(よくそのスカスカの頭で【ギャンブリングアサルト】に配属されたわね。あそこって腕前と賢さと経験を持ってないと訓練に参加することすらできないのに)
「うるさいな。むしろ俺が聞きたいぐらいなんだよ。場違いな新兵が配属された理由をさ」
五光は文句をいいながら焼き鳥屋の暖簾をくぐった。内装は二十一世紀から変わらない素朴なデザインだ。客席三十の店だが、空席が目立っていた。給料日前はこんなものである。ちなみに給料日になると憲兵で満席になる。
「いらっしゃいませ。こちらの席へどうぞ」
女性店員が席に案内してくれた。二十代後半の包容力を感じる女性だ。肩まで伸ばした黒髪から生活力を感じた。ひまわりみたいに朗らかな表情から温かさを感じた。胸元と腰周りの柔らかい肉付きから優しさを感じた。まるで万物の母みたいな女性である。
そんな店員が、五光にメニューを渡した。
「先週もきてくれましたよね」
「覚えててくれたんですか」
「はい。憲兵さんはたくさんお金を落としてくれますから、いつでも歓迎ですよ」
営業トークであることは五光も理解していた。それでも美人に歓迎してもらえるのは気分がよかった。
するとスティレットが反発した。
(そうやって色目使って淫行に持ちこもうってわけね)
「な、なんですかいきなり、過激な人ですね」
(未成年の男の子を自分好みに育てて成人になったら収穫するつもりでしょう! 羨ましい!)
最低な幽霊であった。こんなやつの発言に右往左往するのもバカらしいだろう。五光はスティレットを無視してネギマを三本とジュースを注文した。二十一世紀なら安価な注文量なんだろうが、物資の不足した二十二世紀だと豪勢な注文量だった。
店員は、注文をメモしてから、満開の花みたいに微笑んだ。
「お酒はまだ飲めない年でしたね」
彼女は五光を一人前の男ではなくて幼い子供みたいに扱っていた。
それでも五光はちょっぴり嬉しかった。こういう懐の深い女性と結婚したら人生が華やかになるんだろうなぁと妄想した。
(顔を見ると、なにを考えてるかすぐわかるわね、このスケベ新兵)
スティレットがジト目になっていた。
「うるさいな、俺だって思春期の若者なんだから、綺麗なお姉さんと仲良くなりたいんだよ」
(あたしも綺麗なお姉さんでしょうが!)
「幽霊だろ」
(幽霊であろうと愛が芽生えるのが古今東西のラブストーリーなの!)
「まったく芽生えてこない」
(だったらこれでどうだ!)
いきなりスティレットが衣類を全部脱いだ。
「なにを……!」
五光はびっくりしてお冷の水を噴き出した。
(ひっかかった、ひっかかった。このスケベ新兵。げらげらげら)
スティレットの裸体にはエラーコードが表示されていた。あくまで立体映像だから、服を脱いだデータを作っていないのである。
「純情な若者をからかっておもしろいかよ、幽霊おばさん!」
(あー! またおばさんっていった! さっきの店員よりあたしのほうが年下なのに!)
「店員さんは綺麗なお姉さん! あんたはおばさんだ!」
(むきー! バカにしてー! 絶対あたしをお姉さんって呼ばせてやるんだから!)
まるで喧嘩を仲裁するように御影から通信が入った。
『〈コスモス〉を奪ったテロリストたちの足取りがわかった。明日の朝早くに出発するから、なるべく早く帰ってこいよ』
喧嘩が中断されたので、五光はネギマとジュースで最後の晩餐を楽しんだ。味に夢中であり余計なことを考える暇もなかった。
さすがのスティレットも最後の晩餐を邪魔をするつもりはないらしく、借りてきた猫みたいにおとなしかった。
こうして五光は一瞬でネギマとジュースを平らげた。もっと味わって食べればいいだろうに、若者らしく我慢できなかった。
お勘定になると、さきほどの母性溢れた店員が、おそるおそる五光に聞いた。
「あのー…………やっぱりお連れの方は幽霊ですか?」
「実はそうなんです」
「霊感が強いと大変でしょうねぇ…………」
店員の作り笑いからして、どうやら五光を気持ち悪いやつだと思ったらしい。
五光はすっかりショックを受けて、うなだれたまま焼き鳥屋を出た。
(やーいやーい、あの店員に脈アリだと思ってたんでしょ?)
スティレットが、大笑いしながら空中を漂った。
「そもそもお前のせいじゃないか!」
(あたしがいなくても五光くんはフラれてたわよ。あの店員、旦那がいるし)
「……え、マジで?」
(ほら、店の裏側に回るわよ。面白いものが見られるから)
焼き鳥屋の裏手へ回ると、さきほどの女性店員が男性店員と一緒に皿洗いしていた。しかも幼い男の子も一緒に皿洗いしていた。同じ種類の皿を洗う三人の表情からは奥深い絆を感じた。
どうやら焼き鳥屋は家族経営だったようだ。
「旦那と子供がいたのかぁ。でも幸せな家庭ならいいか」
五光は他人の幸せを素直に祝福した。
(あら、心が広いのね。もっと悔しがるのかと思ってた)
スティレットがぱちぱちと拍手した。
「こんな時代だからな、幸せが増えれば増えるほどいいだろ?」
(ふーん、ちょっと見直したわ。これなら育てがいがあるってもんよ)
「さっきのあれか。成人になったら収穫するとかなんとか」
(違うわよ。DSに搭乗する憲兵として)
スティレットが真面目な顔になった。どうやら現場では容赦ない先輩になるようだ。
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