第5話 世界観/正式な着任

 西暦2150年。二十二世紀の地球は三つ巴の争いが原因で人口が激減していた。かつては70億人まで増えた人口も、現在は20億人しかいない。50億もの人間を殺した三つ巴の争いとはなにか?


【国家/テロリスト/グローバル企業】の三勢力が、それぞれの主張を掲げて一歩も譲らない争いを繰り広げていた――50年間も。戦場は地球上に存在するあらゆる国だ。20世紀を代表する戦争『第二次世界大戦』にあったような、他国を相手にした総力戦ではなく、グローバル企業を軸にした複雑怪奇な内戦であった。


 日本とて例外ではない。一年を通して戒厳令が敷かれた状態であり、警察と自衛隊が融合した国家憲兵隊が治安を維持していた。


 その国家憲兵隊における対DS特殊部隊が【ギャンブリングアサルト】だ。


 そして五光は基地内にあるオフィスの隊長席に呼び出されていた。


「霧島五光伍長。報告書にあった謎の声について詳しく教えてくれ」


【ギャンブリングアサルト】の現場を率いる隊長――御影春義(みかげはるよし)が、報告書を立体映像で出力した。


 御影は三十六歳の男性である。階級は大尉。三十代後半にしては童顔だから、サラリーマンカットが微妙に似合っていなかった。若いころから陸上競技が趣味であり、骨格も筋肉もスプリンター体型だ。最近はサイバー競馬に手を出したらしく、サイバー馬を特集した電子書籍がデスクの端末に表示されていた。


「予備の新型機〈グラウンドゼロ〉に接続したら女の声が聞こえるようなりました。アドバイスも的確で何度も命を救われました」


 五光は真新しい左手をさすった。ライフル弾の被弾した箇所は手術で治してあった。骨と筋肉を交換したのだ。DS乗りは肉体を改造してあるから負傷してもパーツ交換で治せるから気楽でいい。これが一般人だと手術後に安静とリハビリが必要だから大変だ。


「幻聴や空耳ではなく本当に聞こえたのか……DSに人格でもあったとか?」


 御影は配給品の緑茶をすすった。


「いえ、葛城スティレットという人物が〈グラウンドゼロ〉の中にいるらしいです」


 五光がありのままに報告したら、御影は飲んでいた緑茶でむせてしまった。いくら肉体を改造したところで飲み物が気管に詰まると苦しいのだ。五光は御影の背中をさすった。


「隊長。落ち着いて飲みましょう。配給品といえど逃げませんよ」

「余計なお世話だ。それより葛城スティレットのことだ。DS乗りの間では有名人だろう。華々しい戦果で二階級特進もあったが、普段の生活態度が悪いせいで少尉止まり。そもそも五年前に戦死している」

「ええ。本人も死亡していることを認めています。しかし実在しているんですよ。幽霊みたいに」


 幽霊という言葉に反応して、葛城スティレットが五光の額から出現した。


(御影春義。あんたもDS乗りの間じゃ有名人でしょ。元々は歩兵として憲兵隊に入ったけど、DS乗りとしての適正が高かったから【ギャンブリングアサルト】に転属。戦闘も現場指揮もデスクワークもこなす秀才。おまけに悪運も強いってね)


 スティレットは幽霊のごとくふわふわ浮いていた。地面に足がついていないのだ。


 御影は渋い顔で目をこすった。


「本当に幽霊なのか」

(立体映像よ。ただまぁ死後にも意識が存在してるんだから霊魂が機体に憑依したのかもね)

「霊魂が立体映像を出力したと仮定して、なんで霧島伍長の頭から出てきた?」

(彼の脳に人格データをコピーしたからよ。本体は〈グラウンドセロ〉に置きっぱなし)


 あやふやな話だ。真偽を確かめるために御影は技術班に目配せした。


 すると技術班がお手上げのポージングでいった。


「彼女の存在も〈グラウンドゼロ〉の性能もすべて不明です。我々の技術力では解析できないのです」


 スティレットは空中を滑って御影のデスクを覗きこんだ。


(それだけ理知的で細かい性格なのに競馬やるの?)

「【ギャンブリングアサルト】の歴代の隊長は、賭け事に手を出す伝統がある。運を左右するものがなにか肌身で実感するためにだ」

(その答えは?)

「たゆまぬ訓練と実戦経験によって運に左右される要素を極限まで減らす。乱数を司る神は怠惰な存在を見捨てるからだ」

(クソ真面目ね。やっぱあたしに隊長はできないわ。一兵士のほうが性にあってる)

「オレのことはいい。それよりお前だ幽霊。なぜ〈グラウンドゼロ〉の中にいると自覚ができるんだ?」

(それがわかんないのよ。自分が死んだところから記憶が飛んで、気づいたら〈グラウンドゼロ〉と意識を共有してたの。ブラックボックスがあるみたいだから、そこに秘密がありそうね)


 格納庫からの報告によると、コクピットの一部がブラックボックス化されているそうだ。もしバーナーなどで強引にこじあけようとすると、システムすべてが消去される仕組みになっているから手出しができないという。


 御影は緑茶を飲み干すと、大きく息を吐いた。


「上層部は新型機に関してなに一つ教えてくれない。なのに戦闘データだけは提出しろと催促してきた。実に不可解だ」

(陰謀よ、陰謀の匂いがする!)


 スティレットが小娘みたいにはしゃいだ。


「嬉しそうにいうな。葛城スティレット関連の話はここまでだ。次は〈コスモス〉を奪った新崎大佐についてだ。霧島伍長は声しか確認していないみたいだが、本当に本人だったか?」


 御影は五光に甘いチョコレートをプレゼントした。無骨な男なりの気遣いだろう。


「本当です。あの驚異的な格闘センス、新崎校長先生で確定です」


〈コスモス〉の使った格闘技と、憲兵隊のデータベースに残っていた戦闘映像は、動きの癖が一致していた。


 それは御影も確認していたから、眉間を揉んだ。


「お前が訓練学校を卒業してから、大佐は行方不明になったそうだな」

「はい。ずっと心配していましたが、まさかテロリストになってるなんて……」


 五光はダックスフントみたいな顔を歪めた。


 通路の壁には弾痕が目立っていた。血糊の掃除が終わっていないところもあった。基地の死者は十名もいて、シェルターへの避難が間に合わなかった非戦闘員だ。死因は流れ弾。新崎が撃った弾丸も含まれているんだろうか? そんなことを考えてしまうのは、新崎の行動を正当化したい己の幼さであった。


「あまり気落ちするな。憲兵がテロリストに転職するのは、残念ながらありふれた現象だ」


 二十二世紀のテロリズムは、グローバル企業に対する抵抗運動であり、かつグローバル企業を増長させるまで放置した政府への反対運動であった。


 この時代におけるグローバル企業とは、商品を売るだけの営利団体ではなく、企業の形をした武装集団だ。


 そもそもの発端はタックスヘイブンにあった。税金逃れを各国政府が放置したことによって、企業の力が肥大化。いつしか自社で育成したPMCで武装するようになり、国家の定めた法律に従わなくなった――あらゆる税金を払わなくなったのだ。そしてグローバル企業は無関係な人間への寄付を行わないため貧富の格差が大幅に拡大した。


 ようやく失策に気づいた各国政府は、グローバル企業に対して武装解除と滞納した税金の支払いを命じた。だが手遅れだった。PMCの規模が国軍と同じレベルに達していて、彼らはインフラですら自給自足できるようになっていた。


 こうしてグローバル企業と、グローバル企業を増長させた政府に不満を持った人々がテロリストになった。そして不満を持つものには憲兵も含まれていた。彼らは兵士でありながら国民だったからだ。


「隊長。俺は、校長先生をこの手で止めたいです。〈コスモス〉の追跡部隊に入れてください」


 五光は、御影のデスクに両手をついて鼻息を荒くした。


「わかっている。〈グラウンドゼロ〉は伍長が使え」


 御影は公文書をプリントアウトした。〈グラウンドゼロ〉の正式なパイロットが五光であることを証明した書類であった。


「貴重な新型を俺が使っていいんですか? あくまでさっき乗ったのは、敵に奪われないための緊急措置でしょう?」


 五光が書類に目を通していたら、スティレットがあっかんべーをやった。


(ROTシステムは青臭い新兵の五光くんに最適化されたから、他の誰かが接続しようと思っても不具合を起こすだけよ)


 DSを操縦するためには、五感の接続が必須だ。だからDS乗りは肉体を改造する。しかしDSとの接続に相性問題が発生するなら逆立ちしたって操縦できない。


 いってしまえば〈グラウンドゼロ〉は五光専用機になってしまったのだ。


 御影はため息をついた。


「しかも上からの命令で追跡チームは〈グラウンドゼロ〉を持っていくことになった。本当に陰謀があるのかもな……とにかく霧島伍長は出発まで休んでおけ。それと葛城スティレットは余計なことをするなよ」

(なんでよ)


 スティレットはフグみたいにぷくーっと頬を膨らませた。


「お前がバカをやっても裁く方法がない。死体に法律は適応されないからだ」

(でも意思があるわ)

「生きていたころみたいに軍紀違反をするつもりなら〈グラウンドゼロ〉を解体するぞ」

(うげっ。ここまで頭の硬いヤツだったとは……)


 これ以上スティレットが余計なことをいったら〈グラウンドゼロ〉の正式パイロットを解任されそうだったから、五光はさっさとオフィスを出た。

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