第2話 敵襲/白兵戦
五光が国家憲兵隊の特殊部隊【ギャンブリングアサルト】に配属されて一年が経過していた。
部隊名の由来は【ギャンブルみたいな勝率の作戦を成功に導く】である。
無理難題を押し通す部隊となれば、実力・品格・錬度――すべてがトップクラスであり、訓練学校を卒業したばかりの五光は場違いなヒヨコであった。
肉体的な資質だけではなく、知識と教養まで求められるので、休日は書物と格闘する日々となっていた。単純なシゴキであればいくらでも耐えられるのだが、座学は気合や根性ではどうしようもないため、今まで使ってこなかった文化系の精神力が試される日々であった。
だが五光は腐ることなく持ち前の適応力を発揮して部隊に馴染み始めていた。
新崎のような立派な人物になるためなら、過酷な訓練もシビアな現場も耐えられた。
なお新崎の失踪についてだが、現在も調査が進められていた。住居には手がかりが残されておらず、事件に巻きこまれたか、計画的に失踪したかのどちらかだった。
そして、あらゆる関係者は同じ見解を口にした。
『計画的に失踪したとしか思えない。どこかの組織が彼を誘拐しようとしても返り討ちにあうだけだからだ』
五光も同じ見解を調査員に話した。
新崎は若いころから優秀な戦士であり、五十代に入っても腕が衰えなかった。テロリストの立てこもり現場を徒手空拳で制圧するし、あらゆる過酷なシチュエーションに単独で送り込まれても必ず生還してくる。
それほどの豪傑が事件に巻き込まれるなんて理屈にあわない。
つまり計画的な失踪――世捨て人になったか、もしくは後ろめたいことを実行するために地下へ潜ったかだ。
校長先生は、世捨て人になるような性格だろうか。かといって後ろめたいことを実行するような悪人でもない。
はたして失踪には、どんな真相が隠されているんだろうか?
なんのツテもない新兵が悩んだところで答えが出ないことはわかっている。だが人生の目標としていた人物が失踪してしまったら心配するのが人情だろう。
そんなことを考えながら五光は本日の訓練を終わらせた。
【ギャンブリングアサルト】が所属する基地は人工島であり、東京湾の一部を埋め立てて建設されていた。訓練センターは屋内用と屋外用があって、本日の訓練は屋内でやっていた。いわゆるキルハウスであり、人質奪還作戦や、建物を占拠したテロリストを一掃する訓練を行う。
午前中は先輩たちと一緒にCQBの錬度を高めて、午後は新人用の特別メニューを教官とマンツーマンでこなした。先輩たちの背中に追いつきたくて歯を食いしばるわけだが、たかだか一年の訓練と百件程度の出動回数では焼け石に水であった。
訓練用のカービン銃とパワードスーツを管理人室へ返却して、シャワールームで汗を流してジュースを飲んでいたら――警報が鳴った。
『敵襲! 敵襲! 謎の部隊が基地へ侵入した! 各自、白兵戦の用意!』
すでに各所で銃声が連なっていた。平穏な基地が一瞬で戦場へ変化していた。
五光の脳内に増設された通信ユニットが、隊長の声を受信した。
『ブックメーカーから花札へ。敵の狙いは納品されたばかりの新型ドッペルゲンガースーツだ。パイロットの中じゃお前が倉庫に一番近い。新型に乗りこんでひたすら逃げ回れ。戦う必要はない』
花札は五光のコールサインだ。【ギャンブリングアサルト】は賭博に関わる名詞をコールサインとして割り振る習慣があった。五光という名前は花札の役名と一緒なのだ。
『新人の俺が高価な新品を使っていいんですか?』
五光は唇を動かさないで返信した。脳内に増設された通信ユニットが言語情報を発信しているから声帯を振動させる必要がないのだ。
『敵に奪われるよりマシだ』
コールサイン・ブックメーカーである隊長は本音を隠さなかった。本当は新人に使わせたくないのだ。不当な評価ではないだろう。五光は新人であり経験不足だ。しかし新型を遠くへ運ぶだけなら新人でも可能だ。
『了解。やってみせますよ』
五光はホルスターから拳銃を抜いた。H&K社の四十口径をカスタムしたもので、ガンパウダーで発砲するレトロなタイプである。二十二世紀ともなればレーザー兵器もあるのだが、拳銃サイズだとバッテリーパックの小型化が難しいため、今でもガンパウダーが主流だった。
さっそく拳銃のスライドを引いて初弾を装填すると、格納庫へ向かった。
実用性を重視した廊下は、床も壁も装甲板だ。観葉植物を含めて無駄なモノはいっさい置かれておらず殺風景であった。近隣の区画で戦闘可能な人員は五光だけであり、非戦闘員は続々とシェルターへ避難していく。
本来なら不法侵入者を射殺するために天井からターレットが顔を出しているはずなのだが、ぴくりとも反応していない。どうやら基地のシステムがハッキングされて機能不全に陥っているらしい。
五光は通信ユニットで本部へ繋いだ。
『花札から本部へ。ターレットが稼動していません』
『こちら本部。現在敵ハッカーに対応中です。通信を仲介できるだけありがたいと思ってください』
電子戦によるサポートは期待できないようだ。しかし怖気づいている場合ではないだろう。
気を引き締めた五光は、格納庫の入り口へ到達した。
入り口のドアは開けっ放しになっていた。いきなり格納庫へ突入などせずに、そっと頭だけを出して内部を把握しようとした。
銃声とマズルフラッシュ――敵の銃火器が火を噴いた。
五光が頭を引っこめると、敵の弾丸は廊下の壁に着弾して火花となり、跳弾がビリヤードのブレイクショットみたいに散っていった。
敵は実体弾を使っている――レーザーライフルを調達できない貧乏組織か、もしくは実体弾を好むプロ集団だ。
敵の情報を手に入れるために、五光は三発だけ当てずっぽうで撃った。
だが敵は撃ち返してこない。無意味な応射をすると隠れている位置がバレるとわかっているからだ。
間違いない、敵はプロ集団だ。
そんな凄腕連中が、すでに格納庫へ侵入しているのは、とてもまずい状況であった。敵にしてみれば、五光を足止めしている間に、仲間の誰かが新型を奪えばいいのだ。
五光は内心焦っていた。だが新人が冷静さを失ったら射殺されて終わりだろう。手の中にある拳銃の重みに心を預けて客観的に現状を把握していく。
まず敵の数だが不明だ。発砲と着弾のリズムからして複数であることは間違いない。
そして護衛対象である新型
このヒグマみたいな新型DSを敵に奪われないことが最優先目標だ。
だが敵の数と隠れた位置がわからなければ戦略の組み立てようがない。熟練の戦士なら、あの手この手で敵をいぶり出すのだろう。だが五光は経験不足の新人であった。若さを生かした突撃でもやろうかと思っていたら、脳内の通信ユニットに本部からの業務連絡が届いた。
『本部です。ハッカーを撃退しました。電子戦によるサポートが復活します』
基地に所属する隊員たちの脳内に共通規格のシステムメッセージが流れていく。
『基地とのリンクを再接続。通信ステータスオールグリーン。オートマップを展開します』
五光の視界の右端に近隣のマップが表示された。廊下と格納庫が簡素な3Dで表現されていて、移動距離の目安としてグリッド線で区切られている。
監視カメラの映像が自動で解析されると、格納庫に隠れた敵がマップに表示された。
人数は三名。整備班の休憩室に二名が隠れていて、フォークリフトの裏側に残りの一名だ。
全員が顔ごと覆うパワードスーツを装着していた。イギリスで量産されたP型だ。宇宙服とライダースーツを合体させたような見た目であり、都市型迷彩が施されていた。
武器は改造されたカービン銃。旧アメリカ製のベストセラー製品に、裏ルートで流通するバナナの皮みたいなオプションパーツが追加されていた。見た目は不恰好だがパワードスーツの装甲を貫通しやすい特殊なAP弾を使えるようになるため殺傷力は抜群だ。
敵の隠れた位置と装備は把握できたものの、パワードスーツに拳銃で立ち向かうのは無謀だ。装甲が分厚すぎて拳銃弾で貫通させるのは難しいからだ。拳銃にも対パワードスーツ用のAP弾は存在はしているが、強壮弾と同じ扱いなため遠距離で当てるのは現実的ではない。
そして三名の敵も五光が拳銃しか装備していないことに気づいたらしく、一斉に新型DSへ向けて走りだした。パワードスーツの頑丈さでごり押しする気だ。迅速かつ効果的な判断であった。
打つ手なしとなった五光は本部へ繋いだ。
『格納庫の敵をターレットで射殺できませんか?』
『敵のハッカーは基地全体のハッキングを捨てて、ターレットを重点的にハッキングしたみたいです。完全にロック状態ですね』
『まさかコントロールを奪われて俺を撃ってこないでしょうね』
『心配ご無用。ターレットの電源を物理的にカットしてあります。ハッカーを完全撃退したら復活させますよ』
楽観的な本部の通信担当に、五光は呆れてしまった。ハッカーの電子攻撃に弱い軍事基地なんて、壊れた鍵を使っている宝物庫ではないか。だが戦闘中だから文句は心の奥底にしまいこんで、代わりに大事な要望を送った。
『一瞬でいいので、格納庫の照明をオフにできますか?』
『それぐらいならお安い御用です。タイミングあわせます。三・二・一――』
照明オフ――格納庫が暗闇に包まれた。
突然光度がゼロになったので敵の動きが乱れた。どんな熟練の兵士といえど明るさの激変には動揺してしまうわけだ。
今のうちに五光は格納庫の武器庫へ走った。パワードスーツを貫けるレーザー兵器を求めて。
敵は走りだした五光へ射撃を加えていく。二名を射撃役にまわして、一名は新型DSを奪う役に分担していた。
五光は弾丸の雨を恐れずに突っ走る。各種手術で肉体が強化されているため走る速度も尋常じゃなく速かった。
だが肉体を強化しているのは敵も同じなため、フルオート発砲で暴れる銃身を腕力で強引に抑えて集弾性をアップさせていた。さらにパワードスーツによるパワーアシスト機能も働いているため、まるで銃座に固定された機銃のごとく着弾が狭い直径に収束されていく。
しかし五光は照明を落として敵の目をはぐらかす作戦をやっていたおかげで、命からがら格納庫へ転がりこめた。上着と前髪がわずかに削げていた。ちょっとでも運が悪かったら被弾していただろう。
戦いの神様に感謝しつつ武器庫の棚に手を伸ばす。だが棚は盗難防止のために電子ロックされていた。ドアノブに指先を当てると遺伝子がスキャンされて基地に所属する隊員であることを認証――ロックが解除。
パワードスーツとレーザーライフルが並んでいた。
パワードスーツを着用する時間が惜しいので、レーザーライフルを引っつかむ。デザインは超ロングセラーの軽機関銃MINIMIにそっくりで工具箱を芸術品に仕立てたようだった。だが原型であるMINIMIよりも薬室と銃床が大型だ。レーザーバッテリーの冷却システムが大型化の原因である。
大きい銃は取り回しがきかないため屋内の戦闘で使うのに向いていない。玄人である敵集団がレーザーライフルを使っていない理由であった。
だが五光は新型DSに近づくやつを撃てばいいだけなので、取り回しを気にしないでいい。レーザーライフルをしっかり肩づけすると、右半身だけを武器庫から出して三人の敵へ撃ちかけた。真っ赤な光の筋が一筆書きのように宙を伸びる。最後尾の敵の背中に被弾。パワードスーツの装甲を何枚か貫いた。だが致命傷にならず。
被弾した敵は撃たれた反動でたたらを踏みつつも、カービン銃で反撃。仲間が新型DSを奪うのを援護した。
さらにもう一人の敵がパワードスーツの腰からストーム手りゅう弾を外して武器庫へ投擲した――まるで鋼鉄で編まれた水風船みたいな爆発物が弧を描いて、武器庫の内部へ転がった。
こいつの爆風が直撃したら、いくら強化された肉体でも粉々になるだろう。
五光は脱兎のごとく武器庫を飛び出すと、目の前にあった武器コンテナの裏側に身を隠した。
ストーム手りゅう弾が炸裂――内包されていた鉄片が嵐のごとく暴れまわって武器庫の備品がズタズタに切り裂かれた。さすがに鋼鉄製の扉や床は傷がついただけだが、強化プラスティックの部品が破裂していた。
五光は腰や膝を拳で叩いて肉体にダメージが入っていないか調べる――損傷なし。
すぐさま反撃開始しようとしたが、こちらの頭を抑えるように敵の銃撃が連続した。しかも誰かが走る音が続く――敵集団の先頭を走っていた人物が、新型DSに組み付こうとしていた。
「そうはさせるか!」
五光は武器コンテナによじ登ると、片膝立ちでレーザーライフルを連射した。
すると残り二名の敵が相打ち覚悟で突っこんできた。
「無能な政府の犬め、滅びてしまえ!」
カービン銃を連射しながら、五光がよじ登った武器コンテナへ接近。
被弾を恐れた五光は、片膝立ちから伏せ撃ちに切り替えて、新型DSに組み付こうとするやつに銃撃を継続した。しかし二名の敵がコンテナによじ登ろうとしていたので狙いを変えた。
「死んでたまるか」
五光は右側からよじ登ってきた敵にレーザーライフルを連射――上半身を穴だらけにしたところで銃身が真っ赤に焼けてオーバーヒートを告げた。新兵ゆえの失敗だった。銃撃に夢中となって冷却システムの稼働率を把握していなかったのだ。
左側からやってきた敵が、冷静に照準していた。
「新兵。オーバヒートとは運がなかったな」
「まだ負けてない!」
五光はレーザーライフルを捨てると、なりふり構わず野生動物のように飛びかかった。
勝機はひとつのみ――目の前の敵は、レーザーライフルで背中を撃たれて装甲に穴があいたやつなのだ。
しかし敵はプロだ。落ち着いてカービン銃を発砲した。精確な照準と精確な弾道。ゆえに五光は生き延びた――強化された左腕を盾みたいに扱って致命傷を防いだのだ。
撃たれた左腕に火傷したような痛み。AP弾が筋肉と骨をえぐっていた。だが脳内物質を制御して痛覚を半減させると、負傷した左腕をギロチンみたいに構えて敵の首元へ叩きつける。猛獣が人間を食い殺すように押し倒すと、負傷していない右腕でコンバットナイフを引き抜いて、背中の穴へ突き刺した。
敵の絶叫が格納庫に響く。カービン銃が鈍器のように振り回されて五光の横面を弾き飛ばした。
五光は吹っ飛ばされてコンテナを転がり落ちた――さきほどレーザーライフルで射殺した敵の死体に着地。咄嗟に転がっていたカービン銃を拾う。
背中を刺された敵は逆上していて、コンテナから落ちた五光にトドメをさそうと安易に立ち上がってしまった。
「俺が生き延びたな」
五光はカービン銃を弾切れになるまで連射した。
いくらパワードスーツといえど専用のAP弾を防ぐことはできず、敵は蜂の巣となってコンテナの上に倒れた。
ようやく二人を無力化したが、それは敵の連係プレイの成果でもあった。
敵集団の先頭を走っていたやつは、新型DSに乗りこんで、起動してしまった。
5メートルの巨人が俊敏な動作で立ち上がった。生体金属で整形加工されているから柔軟な動作が可能なのだ。しかも肉質の柔軟性と金属としての堅さを併せ持っているため、かなりの防御力を誇る。
とてもじゃないが歩兵用の銃で倒せる相手ではない。
奪われた新型DSは、格納庫のシャッターを前蹴りでぶち抜くと、外へ逃げてしまった。
こちらもDSで追いかけたいところだが、ここは本来歩兵用の火器や車両を管理する格納庫だから一機も置いていなかった。だったらなんで新型DSが置いてあったかといえば、DSを整備する格納庫が満杯で置き場所がないため、緊急措置として隔離されていたのだ。
五光は通信ユニットで本部へ報告。
『こちら花札。新型機を敵に奪われました』
すると通信に割りこみが発生して、ブックメーカーこと隊長に切り替わった。
『反対側のコンテナに予備の新型がある、そいつを使え!』
反対側のコンテナ――さきほど死闘を繰り広げた武器コンテナだった。
五光は被弾した左腕に応急処置用の救急湿布を巻きつけて、その場しのぎの治療を行う。短時間だけならDSの操縦に問題がないことを確認。
コンテナのコントロールパネルを操作すると、引き出しを開くように内容物がゆっくりと外へ出てきた。
5メートルの巨人。ボクサー体型のヒグマ。だが奪われたやつとはカラーリングが違っていた。予備機だから塗装されていないため、生体金属の灰色がむき出しになっているのだ。
コクピットの入り口である胸部装甲に、整備班向けの簡素な仕様書が貼ってあった。
白に塗装されたほうが型式番号における一号機で、生体金属の灰色がむき出しになっているほうが二号機らしい。
一号機――【型式番号:S‐001/機体名:〈コスモス〉】
二号機――【型式番号:S‐002/機体名:〈グラウンドゼロ〉】
コンテナに入っていた予備機は〈グラウンドゼロ〉だ。
『隊長、〈グラウンドゼロ〉を使いますよ』
念のために上官から許可をもらっておく。あとになって兵器の無許可使用なんていわれたくないからだ。
『やっちまえ。それと無理に敵を破壊しようとするな。足止めだけでいい。すぐにこっちも追いつくからな』
『了解。やってやります』
五光は予備の新型機――〈グラウンドゼロ〉に乗りこんだ。
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