第三十話 反発
なんやかんだで再び俺の家でフォークダンスの練習をすることになった。
このなんやかんだが実に大変だった。
長谷川は頑なに口は聞かないし、無反応。暇さえあれば俺を睨み、つまりぷりぷりに怒っていた。
まあ結局一ノ瀬が強引に長谷川を連れて来るという形で今に至る。
「ささ、長谷川様。【スイート・グランデ】のプリンでございます。どうぞ召し上がってくだせぇ」
昨日母ちゃんがお土産で買ってきたプリンだ。
俺が食べるはずだったがこれは必要な投資だ。やむ終えない。
「ふんっ。さっさとやるぞ」
「ほんとか! よし。やろうやろう!」
プリンは強かった。
昨日の練習である程度型は出来ている。振り付けも、流れも分かる。 だが、問題は俺と長谷川の息が抜群に合わない事だ。
どうやら俺と長谷川は本当に反発しているらしい。
「なぁ長谷川。謝るからさ、ちゃんとやろ?」
「はぁ? お前がてんでダメダメなだけじゃないか! あたしの所為にするな」
この調子である。
『正汰殿、ここは拙者に……と言いたいところでござるが憑依したままでは……』
いや、お前にだけは絶対に頼みたくない。俺はお前の事嫌いだし。この間何故か急に怒ってきたし、かと思えば俺に完全憑依したまま千尋のことを襲うし。
ほんとキャラが掴めねーんだよなぁ。
『あの時の事でござるか?』
「おい月城! 何をぼーっとしてるんだ!」
「ああ、ごめん。やるか」
そう言って俺は長谷川の手を取った。もう抵抗はないみたいだが、いかんせん手を握る力が強い。要するにまだ不機嫌。
一ノ瀬がスマホでオクラ・ホマ・ミキサーを流した。
軽快なメロディが静かに流れる。さあ踊り出しの瞬間だ。
「「せーの!」」
二人の掛け声とともにお互いの左足を前に出した。だが何故か、まるで引力に引き寄せられるかのようにこける。
どうしてだ。どうしてだこうも上手くいかないんだ。
今の出だしは完璧だった。後は一ノ瀬に教わった通りに踊るだけだったんだ。
長谷川も困った顔をしている。
この表情からも分かるように、長谷川も故意にこけている訳ではない。お互い大真面目にやってこれなんだ。
『ねーねー正汰殿。あの時は悪かったでござるよぉ。あの時は拙者もちょっとどうにかしてたでござるよぉ。恥ずかしながらあの後一人寂しく悶えてたござるよ?』
「長谷川。また作戦会議だ」
「……ああ」
俺はこのままだと真剣にまずいと思い『第2回どうして上手く踊れないのか会議』を実施した。
長谷川も流石に危機感を覚えたの二つ返事で了承をしてくれた。
「俺、一つ気になってることがあるんだけど」
「奇遇だな。あたしもだ」
やはり考える事は同じか。だってこれしか理由は考えられない。俺と長谷川の唯一の共通点。これがきっと、
「憑依が原因なんじゃないか?」
「お前がポンコツなのが原因じゃないのか?」
「「……は?」」
全く考えてること一緒じゃねーじゃねえか!
なーにがポンコツだよ、そんなこと言ったらお前もポンコツだゴラァ!
しばらく二人の間に沈黙が走った。
こんなとこまで気が合わないなんて、やはり憑依が原因に違いない。
長谷川に憑依しているサムライは確か邪蛇剣流とかいう痛い名前の流派の奴だ。負の感情を糧として力を発揮する。いわゆる『隠』の流派。
対してケンシローはよく分からん我流とかいう流派? ではないか。まあ間違いなく『隠』ではないだろ。どっちかと言えば『正』の方だ。
ブラスとマイナスを掛けてもマイナスになるだけ。おまけに向こうはおもいっきし邪道だしな、合う訳がない。
そもそもなんで長谷川が亮に憑依した奴と同じ流派のサムライに憑依されてんのかも謎だ。
「何を言ってるんだ。どう考えてもお前が足を引っ張っているに決まっているだろう」
「うーん、髪の毛が良い匂いで気が散るのは否めないけど……多分憑依が原因だと思うぞ、俺は」
俺は真剣な顔&口調で言った。
「匂い!? お、お前は練習の最中にずっとあたしの髪の匂いを嗅いでいたのか! へ、変態!」
「おいおい、今は憑依の話だろ。で、どう思うよ」
顔を赤くして睨んでくる長谷川。だからそれ可愛いから止めろ。
しっかしなぁ、これ改善方法が分からん。憑依が解けるものなら速攻で解きたいが、現状無理っぽいしな。除霊とかすれば以外と祓えるかも。
「あのーもうよろしいですか?」
待ちくたびれたようにひょこっと現れた一ノ瀬。
「ああ、ごめん。もう終わったから……」
「……ああ」
俺と長谷川のテンションの低さに一ノ瀬は疑問符を浮かべている。ごめんな、こちとらどうしよもない壁に衝突してしまったんだ。
『正汰殿〜ごめんでござるよ〜。引き続き無自覚に手当たり次第垂らして良いでござるからぁ〜。寧ろして欲しいでござるよぉ〜』
「一ノ瀬、長谷川、悪い。トイレ行ってくるわ。休憩しててくれ」
「分かりました。どうぞごゆっくり」
「ふんっ、漏らせばいいのに」
「おっ? いいのか長谷川。練習で密着
してる時に盛大にぶちまけるぞ?」
「っ!? は、早く行けっ!」
ニヤニヤと笑いながら言う俺に長谷川は悔しそうに睨む。
ほんとからかいがいがあるんだよなぁ。
そして俺は家の中に入り、トイレではなく自室へ向かった。
ベッドに腰掛け、ふぅと息を吐く。
奴と話さなくてはならない。
「お前さっきからなんだようるせーな」
練習中何度か
声に出して返事する訳にはいかないのでシカトを決め込んでいたが、
『あの時の拙者少しばかり、』
「良いって良いって。ちょっとびっくりして、なんで怒ってんのかもよく分かんなかったけど、まあ、そんな事もあるよ」
『そうではなく……実は拙者は』
「あーもう! 気にしてないし大丈夫だから! あ、気にしてないってのは嘘。千尋にしたことは怒ってるわ。あとはまあ、大丈夫」
『……』
ケンシローが酷くあの時の事を悔やんでいるみたいだが、千尋の事を除けば正直どうでもいい。
意外とケンシローは細かい事を気にする性格だったんだな。新発見だ。
「じゃ、一ノ瀬達待たせてるから」
そう言って俺は、静かに自室から出た。
♢♦♢♦♢♦♢
「……今日はこのくらいにしておきましょうか」
「はぁ……はぁ……そうだな」
「うぅ……痛い……」
再び練習を再開し、こけてこけてこけて、もう数えきれない程こけた。
俺と長谷川の身体はボロボロである。憑依されていると傷の治りが早いことが幸いしたよ。もう捻挫と打撲のオンパレードだったからな。
「すいません。お力になれなくて。私の指導がもっと分かりやすく丁寧だったら……」
涙を浮かべ俯く一ノ瀬。
「いやいやいや! 一ノ瀬の指導はすごく分かりやすかったし丁寧だったよ! 問題は俺たちにあるだけで、一ノ瀬はなんも悪くない!」
「あたしも、そう思う」
一ノ瀬はなんも悪くない。寧ろ教えるのが上手すぎるくらいである。
今日の練習はこれでお開きとなった。
このままでは長谷川といつまでたっても踊れやしない。どうする。
そんな事を考えながらコップを洗う。
「なぁ、どすればいいと思う?」
『一緒に踊るのが駄目なら、正汰殿が抱きかかえて踊ればいいでござる』
「聞いた俺が間違いだった」
発想が突飛過ぎる。もっとマシな回答が欲しかった。
いやでも、ケンシローに完全憑依されてる時だったから俺は覚えてないけど、
「どっちにしろこのままじゃなんも進歩しないな」
『うーむ。憑依にこんな特典が付いているとは。このままでは、正汰殿はあの娘と交われ——』
「ああああああああああああああ!!! はぁ!? なに言っちゃってんのお前!?」
確かに理屈で言えばそうだけど! それは言っちゃいかん! てか一生とか……それまでに憑依解けてるわ! ……多分。
『……とまあ、拙者にはどうしていいかてんで分からないでござるよ。やはり抱きかえて』
「それはもういい」
丁度洗い物が終わり、なんだか心身ともに疲れたのでソファで横になった。そして、鬱憤を晴らすかのように大きなため息を一つ吐いた。
♢♦♢♦♢♦♢
「お兄ちゃーん、起きてー! 晩御飯出来たよー」
「んあ? ……沙彩? 帰ってたのか」
「もう七時だよ。お兄ちゃんぐっすり眠ってたもんね」
エプロン姿のマイエンジェル沙彩が俺の頬をツンツンと突っついている。
「ああ、俺寝てたのか……悪いな。今日は兄ちゃんもご飯作るの手伝おうと思ってたんだけど」
いつも沙彩に作らせて悪いと思って、何か手伝える事があれば手伝いたいなと思っていたのだ。
沙彩はニッコリと微笑むと、
「それじゃあ明日は一緒にご飯作ろうね! 私は厳しいよ!」
「お手柔らかに頼むぜ沙彩シェフ」
そう言って俺は沙彩の頭を撫でた。
相変わらずこのツインテールはよく動くなぁ。パタパタパタパタと。このツインテールに餌でもやった方が良いのかな。絶対生きてるだろこれ。
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