第二十三話 少女
正汰と薬師寺との闘いは幕を閉じた。
気絶し未だ動けずにいる正汰。そんな正汰の肩を千尋が担ぎ、一歩、また一歩と足を引きずりながらその場を去っていった。
正汰よりも小さなその華奢な体のどこにそんな力があるのか。正汰を早く手当したいという気持ち、いやそれ以上の特別な感情が成せた業だろう。
一方、路地裏で繰り広げられた
千尋が正汰の肩を担ぎこの場から立ち去った後、未だ仰向けで倒れている薬師寺の元へ少女は軽い足取りで向かって行く。
「お兄さん大丈夫? 救急車呼ぶ?」
「……ははは。呼ばないで、欲しいかな」
今にも意識が途絶えそうに話す薬師寺に少女はニコリと微笑んだ。
「そっか。じゃあお大事にね! お兄さん!」
満面の笑みを薬師寺へと降り注ぐと、軽い足取りで
正直こっちのお兄さんはどうでも良かった。今はあっちのお兄さんの方が気になってしょうがない。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
薬師寺に呼び止められ、少女は振り返る。
「ん? なーにお兄さん。やっぱり救急車呼ぶ?」
「いや、それはいいんだ。一つ君に……聞きたい事があるんだ」
「いーよ! 何が聞きたいの?」
少しの間を空けて、薬師寺が躊躇いがちにその口を開く。
「……君も……なのか?」
薬師寺は少なからずこの少女に自分達と同じ雰囲気を感じた。それは直感的なもので、決して根拠がある訳ではない。
ただ、薬師寺が正汰と始めて対面した際に感じた自分と似た雰囲気を、この少女からも感じるのだ。
「えー? どういう意味? わたし別に怪我とかしていないよー?」
「そういう意味では……いや、何でもない。引き止めてしまってすまなかった」
「変なお兄さーん。それじゃお大事ね!」
少女は満面の笑みで別れの言葉を告げると、薬師寺の視界からすたすたと遠ざかって行った。
♢♦♢♦♢♦♢
路地裏を抜けた少女は商店街へ行くと、今人気のプリンを売っているフードカートを見つけた。
「あープリンだ! わたしも並ぼーっと」
プリン専門店【スイート・グランデ】のフードカートには既に長蛇の列が出来上がっている。
少女は何も気にすることなく列の最後尾に並ぶ。並ぶことも少女にとっては楽しいことだった。
瞬く間に少女の後ろには次々と人が並んでいく。少女は既に最後尾ではなくなっていた。
「さっきのお兄さんボロボロだったね! ……え? すぐに治る? そうだったね! 憑依されると全治1か月くらいの怪我でも3日もあれば治っちゃうもんね!」
「あの子……一体誰と話しているんだ?」
「気味が悪いわ」
「おい、可哀想だろ」
突然大きく明るい声で独り言を呟く少女に、前後に並んでいる客は困惑した。大半が少女のことを奇異の目で見るか、
「あっ、そうそう。もう一人のぱっとしないお兄ちゃんすごかったね! 最初の方はひやひやしたけどそこから追い返して……え? 我流? 何それすごいの? うぅー!
少女は人目を気にする素振りも見せずに尚も独り言を呟く。友達と楽しそうに話すように、そして、大きな明るい声で。
「――え? なになにー? たかの……みや……けんしろう? 誰それ、ねー時雨ちゃーん!」
♢♦♢♦♢♦♢
「ん……んん……」
「正汰! 気が付いたのね!」
「お兄ちゃん! 私……すっごく……心配……ぐすっ、したんだからねっ!」
「母ちゃん……? 沙彩……?」
母ちゃんは涙ぐみ、沙彩はポロポロと涙をこぼしていた。
俺は……そっか。やっぱり気絶したのか。一瞬だったけどあの時の激痛はやばかった。思い出すだけでもう一度気絶しそうだ。
ふむ。どうやらここは自宅ではないらしい。見慣れない天井にテーブル付きのベッド。察するにここは病院か。
俺の手には両腕ともギプスがつけられ胸にも包帯の様なものがぐるぐると巻かれている。さっきから軽く胸に痛みが走るから肋骨が折れたかひびが入ったかのどちらかだろう。薬師寺に斬撃で吹っ飛ばされて一回目は受け身を取ったらしいけど二回目はがっつり壁に衝突したからな。しょうがないか。
「廊下に千尋ちゃん達が待ってるから呼ぶわね。あ、そうそう。千尋ちゃんにはちゃんとお礼言わなきゃだめよ? 倒れている正汰を千尋ちゃんが家まで引っ張って来たんだから。でもね、千尋ちゃんはすぐに救急車を呼べば良かったって泣きながらお母さんに謝ってきたの。そんな事気にしなくてもいいのに、寧ろこっちが感謝しなきゃいけないのにね。……ほんと……千尋ちゃんはなんて優しい子なんだろうね。まあとにかく、千尋ちゃんにお礼言いなさい。分かった?」
「……分かった。ちゃんと言うよ」
俺が返事すると、「お母さん達はお邪魔になるから出るわよ」と言って母ちゃんは沙彩の手を握って病室から出ようとする。しかし沙彩が「ずっとお兄ちゃんといるー!」と抵抗しその場を動こうとしなかった。
仕方無しに母ちゃんは沙彩の腕を掴むと流れる様な動きで沙彩の腕の間接を決めた。
「っ!? 痛いっ! 痛い痛い痛いっ! お母さん痛いよ!」
「痛いのが嫌だったらとっとと出る! 正汰、夜にまた来るからね」
「わ、分かった。それより母ちゃん、早く沙彩解放してやれよ……」
結局母ちゃんは沙彩に間接を決めたまま病室を出ていった。てか実の娘に間接決めてんじゃねぇよ……。昔合気道やってたからってそれは無いぜ母ちゃん。あれ本当に痛いから。冗談抜きで痛いから。
しかしなぁ……千尋が俺のことを家まで連れてってくれたのか。あの小さな体で……重かっただろうな……。ほんと申し訳ない。
そういえば、母ちゃんは「千尋ちゃん達」って言ってたな。千尋以外にも誰か来ているのか?
母ちゃん達と入れ違いで新たな足音が聞こえてきた。一人の足音ではない。そしてその足音がこちらに近づいてくる。
「正汰くん。開けても大丈夫?」
「ああ千尋か。大丈夫だよ」
ベッドの周りを囲むカーテンがゆっくりと開かれた。
そこには千尋の他にも一ノ瀬と……以外なことに長谷川が来ていた。正直長谷川が来ているとは微塵も思わなかった。
「正汰くん。痛みとかどう?」
「胸が少し痛いかな。あと呼吸する時に軽く倦怠感がある」
「そっかぁ。出来る事なら私が変わってあげたいよ……」
目をうるうるさせ、自分の手をぎゅっと握りしめている。
なんだこの天使のような献身的すぎる美少女は。ああ、俺の幼馴染か。
「月城くん。家から果物の詰め合わせを持ってきました。林檎を剥こうと思うのですが、食べられそうですか?」
「食べれるよ。ありがとう」
こんなフルーツの盛り合わせ漫画やアニメでしか見た事ねぇぞ!? うわすごい! メロンまで入ってる! パイナップルも!
「ふんっ、大変だったみたいだな」
「おう」
長谷川は恥ずかしそうに俺から顔を反らす。そしてすぐに「じゃああたしは帰る」と言って病室を出て行こうとした。
「ちょっと待て長谷川」
「な、なんだ」
「来てくれてありがとな。まさかお前が来るとは思わなかったよ。素直に嬉しい。あーそれと帰り道には気を付けろよ? 最近事故多いみたいだし」
「あ、あたしを子ども扱いするなっ!」
そう言って勢いよく病室を出て行った。ったく他の患者もいるんだから静かに行けよな。そういう所で育ちの良し悪しが分かっちゃうんだぞ!
俺と長谷川のやり取りを千尋と一ノ瀬はニコニコしながら見ていた。
「長谷川さんは素直じゃないですね」
「恥ずかしがり屋さんなんだよ」
長谷川よ。なんか知らんが一応お前に同情しておく。でも来てくれたことは本当に嬉しかったよ……。
「二人とも。お見舞いに来てくれてありがとな。一ノ瀬はこんな高級そうな果物の詰め合わせなんて持ってきてくれて……それと千尋、気絶してた俺を家まで連れてってくれてありがとう。重かったろ? ほんと俺って迷惑かけっぱなしでごめんな」
「そんなこと無いよ! 正汰くんは知らないと思うけど、私は正汰くんにいっぱい助けられて来たんだからね? これくらい迷惑の内にも入らないよ」
「こんな物で良かったら、もっと持ってきますよ? 私にはこれくらいの事しかできませんが……」
「いやいや、なんか気持ちだけで嬉しいというか、なんというか……」
自分のことを心配してくれている。この事が何よりも一番嬉しい。
「あー、一ノ瀬。この果物の詰め合わせだけで十分だから、もっとはいらないよ。もうほんと充分すぎるくらいだわ」
俺は笑いながら一ノ瀬に言った。
「そうですか?」と首をかしげる一ノ瀬に、千尋も笑っている。
さっそく一ノ瀬が剥いてくれた林檎を頂いた。一ノ瀬にあーんで食べさせて貰ったのだが、この際は仕方がない。だって俺両腕ギプスで自分じゃ食えないんだもん。
ただ、このあーんは素晴らしかった。何が素晴らしかったってそれは一ノ瀬の表情よ。顔を赤くし、「ふぇぇ……あーんなんて、私、恥ずかしいですよぉ……」と言わんばかりのあのけしからん表情は非常に堪らなかった。これは千尋や沙彩では味わえないものだった。
あれ? なんか俺段々変態になってきてない? あいつの性格が俺の性格を侵食している気が……いやいやシャレにならん。
一先ず林檎を食べ終わり、俺達はしばし雑談した。近い内に行われる体育祭の事や、好きな先生や苦手な先生は誰かなど、学校関係の話しが主だった。
一ノ瀬は担任である竹やんのことが苦手らしい。好き嫌いしない子だと思ってたから結構びっくりした。千尋は聞かなくても分かったがどの先生も好きらしい。俺は担任の竹やんと養護教諭である朝比奈先生が苦手だ。竹やんは生理的にアウト、朝比奈先生はどこかケンシローと性格が似通っているのでアウト。
雑談し終わって気づいたが、笑うと胸がめっちゃ痛い。肋骨の辺りがズキズキする。
一ノ瀬は家の都合で途中から帰った。明日も来てくれるらしい。
この病室には俺以外にも患者はいるが、カーテンによって仕切られた中では、俺と千尋は二人きりということになる。
お互い話すことなく、沈黙が訪れる。さっきまでのテンションとは打って変わってなんだか気まずい雰囲気だ。
「あのさ、正汰くん」
「ん、どうした?」
最初にこの沈黙を打ち破ったのは千尋だった。
千尋は躊躇いがちに、言おうかどうしようかという感じで恐る恐る話しかけてきた。
大体は何を話そうとしているのかは分かっている。なにせ千尋は
野球部の部室で亮と闘った時にも千尋はいたのだが、放心状態だったためにそこだけ記憶は無いらしい。だが今回は、言い逃れ出来ない程に、目の前で、はっきりと見ている。
「正汰くんって…………」
「おう」
俺の目を見つめて真剣な表情をする千尋に思わずゴクリと唾を呑み込む。
「実は…………すっごく強いんだね!」
「そうなんだ実はサムライに憑――え? 強い?」
あれ? なんか思ったのと違う。あの場にいたなら会話とか聞いてたはずだろ? 結構踏み込んだ会話内容だと思うんだけど。
あの時、さすがに千尋にバレたなぁってあきらめたけどまさかの杞憂?
「うん! だってすごい速さで私の前に現れて、それでパイプを一振りしただけで
「……そ、そうか。すごかったか。実はな、家で毎日コツコツ筋トレやっててさ、成果が出たんじゃないかな? あはは……」
「そうなの!? すごいね! 私毎日なんて続けられないよー」
あぁ。千尋が千尋で良かった。絶対オレオレ詐欺とか架空請求に引っかかるタイプだよ。それはそれで困ったな。
病室の窓から外を見ると、既に日は沈み真っ暗になっていた。
「正汰くん。また、私のこと助けてくれてありがとね。正汰くんは私にとってヒーローだよ! ……それじゃあ私、そろそろ帰るね? 明日もお見舞いに行くから!」
「おう。ありがとう」
そう言って、千尋が病室から出ていった。
俺は今、とても複雑な気持ちを抱いている。千尋を助けたのは確かに俺だ。だが違うんだ。身体は俺だけど実際に千尋を守ったのケンシローだ。
亮の時だってそう。あの時ケンシローに完全憑依されていなかったらどうなっていたか分からない。
ケンシローの手柄を俺が横取りしているだけにすぎない。自分の無力さを痛感する。
「毎回ごめんな。闘わせて」
『何を言ってるでござるか。拙者がお主に憑依してから大分たったでござるが、拙者は今の憑依生活になんら不満は無いでござるよ? 正汰殿の周りにはかわゆい娘がいつもいるでござる。目の保養になって仕方ないでござるよ。逆に、申し訳ないのはこちらの方でござる。おそらく完全憑依は他の憑依されている奴らよりも負荷が大きい。正汰殿の身体を完全に乗っ取り動かしている訳でござるからな』
「ふっ、やっぱお前が謝るとなんかキモイわ」
『辛辣でござるなぁ』
こいつも色々考えてんだなぁ。セクハラ発言さえなければマジでいい奴なのに。
ケンシローの力に耐えうるように、俺も真剣に筋トレ始めないといけないな。千尋に嘘ついた手前、目に見えた変化を肉体に与えないといずれバレる。
完全憑依と、サムライの力だけを借りるタイプの憑依があることは分かっているけど、俺にもただケンシローの力だけを借りることは出来るのだろうか。そして、力を借りるタイプの憑依の奴らも、完全憑依は出来るのだろうか。
謎は深まるばかりだ。
『拙者はもう寝るでござる』
「おう。おつかれさん」
俺も眠いし寝ようかな。でもお腹すいたなぁ。
そんな事を考えて目を瞑ると、また足音が近づいてきた。
「お兄ちゃん! 来たよ!」
可愛い可愛い俺の妹が「えへへー」と笑みを浮かべ、俺の頬を撫でてくる。……撫でてくる?
「さ、沙彩!? 何してるんだ!?」
「お兄ちゃんが早く良くなるように、私がとっておきの治療をしてあげる」
そうして沙彩の顔がゆっくりと俺の顔へと近づいていく。
喧嘩してから沙彩の様子がおかしい! なんか昔よりもずっと甘えんぼうになってるんだけど! てかこれは甘えの
割とすぐにナースが病室に入り、俺の元へ来る。
沙彩は俺からすっと離れ、ナースは「どうされましたか月城さん?」と様子を窺ってくる。
ふっ……計画通り!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます