第二十二話 本気
今分かった事実。
薬師寺には甚大な力の代償に身体強度がからっきしになるということ。
これを聞いて勝てるじゃんって思った。そりゃ思うよ、小石当てただけであの痛がり様だもん。蹴りなんかいれたら戦闘不能だろ絶対。
だが甘かった。絶対的な弱点があったとしても、甚大な力があることには変わりない。ケンシローの話では棒状の物を持った時に力を発揮すると言っていた。普通なら、だったら棒をはたきおとせばいいと考える。だがそんなこと、あの力の前じゃ不可能に近かった。
今思えば、薬師寺は不良達に路地裏に連れて行かれたと言っていた。薬師寺なら簡単に跳ね除けられるだろうと思っていたが、今納得した。その時棒状の物を持っていなかったために力が発揮出来ず、不良達になされるがままになっていたんだ。
根本的な解決方がまだ分からない。何とかして薬師寺の身体を攻撃出来ればいいのだが、現実それは難しい。
「ふふ、ふふふふ。だからなんだと言うんだい? 君が何故僕に憑依したサムライの流派を知っているのかは今は置いておこう。例え僕の弱点を知ったところでこの力の前では無力だ。君の負けは既に決しているようなものなんだよ。ただ君は僕に打ちのめされればそれでいいんだ」
「お主がかわゆい娘なら真剣に考えないこともないのでござるよ。女になっても案外いい線いくと思うでござるよ? さぞやスタイルの良い美少女なのでござろうなぁ」
「減らず口はその辺にしたまえ。君の顔面をぐちゃぐちゃにしてしまいたくなるじゃないか!」
薬師寺が飛び出した。
【中段の構え】からシンプルにパイプを振るう。
「逃げてばかりじゃ僕は倒せないよ?」
「そんなつもり毛頭ないでござる」
そして二人同時に地を蹴り上げパイプとパイプを交差させた。
金属音が響き渡る。
すかさず
薬師寺の方はというと、持ち手の部分が指圧で潰れているくらいで曲がった様子は無かった。
「驚いた。よくパイプを離さずにいられたね。手が、腕が、普通は耐えられない筈なんだが……もしかして、君、憑依されているのかい?」
薬師寺は目を見開き唖然としている。
「気づくの遅くないでござるか?」
『俺もとっくに分かってると思ってたわ』
「面白いな、本当に面白いな君は。僕が選ばれた人間だと舞い上がっていたことが恥ずかしいよ。まさか僕以外にもサムライの力を手にした者がいるとは。打ちのめしがいがあるってもんさ」
そう言って素早く
『まずい!』
「えいっ」
「え? ……っ!? うぐぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああ!!!」
石を当てた時よりもオーバーな痛がり方をしており、こちらが見ていられない程だ。いやほんと、悲壮すぎてまじ見ていられない。
「そろそろ【上段の構え】で来ると思ってたでござる。その構えだと下ががら空きになるでござるよ? 拙者、速さには自信がある故、鉄の棒を振り下げるよりも速く蹴りを入れるぐらい容易でござる」
薬師寺は「ふーっ、ふーっ」と肩で息をし、若干白目を向いている。
『勝った……のか?』
ぴくぴくと身体を動かし倒れている薬師寺を見れば誰だってそう思うだろう。
いやー、案外あっけなかったもんだな。力を持った者は大体油断するからな。ゲームの魔王とかも慢心の塊みたいなもんだし。あ、勿論慢心しないガチ強な魔王もいるけどね。
「……まだでござる」
『え?』
突然ひやりとする風が吹いた。最初はただの通り風だと思った。だがこの風の正体はただの風ではなく、薬師寺から放たれる殺気が増大し、溢れ出るように噴出したものだとすぐに分かった。
いつの間にか薬師寺は起き上がり、目は充血している。
「これは、まずいでござるな。今のあやつの状態の攻撃を受けたら、拙者はともかく正汰殿の身体がもたない」
『そんなガチトーンで言われても困るんだけど』
俺から見ても、いや誰から見ても今の薬師寺の雰囲気、気迫は異常だ。もう人とは思えない。死神のよう、というのはオーバーだが本当に殺そうとしているというのは嫌でも伝わってくる。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!」
薬師寺はその場でパイプを横薙ぎに振った。振っただけなのにそれは、まごう事無き斬撃だった。斬撃を、飛ばしたのだ。
凄まじい斬撃とスピードに
「ぐはっ!」
『ケンシロー! おい! 大丈夫かよケンシロー!』
「……」
ケンシロ―からの返答は無かった。
俺の内から沸々と危機感と恐怖が沸き上がる。
「大……丈夫でござるよ。正汰殿。ほら、鉄の棒が元に戻ったでござる」
『は? お前何言って……っ!?』
わざと避けずにパイプで防いで真っすぐに戻したのか。その代わり俺の身体への負担は図りしれないな。あー想像しただけで気絶しそうだ。
「正汰殿。完全憑依解けたら、めっっっちゃ痛いでござるよ? はっはっは」
『そん時はそん時だよ。学校休めるし。多分また看病されると思うし良い事尽くめだ』
「それは羨ましい」
こんな極限状態だってのになんで俺達はこんなに落ち着いているんだろう。よく分からない感情まで感じてる。
「何をごたごた言っている! 早く死ねぇぇぇぇ!」
「正汰くんっ!」
透き通るような鈴の様な声。それはいつも聞き慣れている声だった。
そこには、絶対にここには来て欲しくなかった人物がいた。
『千尋! なんでここに来てんだよ!』
「帰れッ! 今すぐここから立ち去れ!」
「……すごい怪我……早くお家帰ろう? すぐに手当してあげるか、」
「やぁやぁ黛千尋ちゃんじゃないか! 昨日はこんな僕にプリンを譲ってくれてありがとう。お礼を考えていたんだが……そうだな、よし。決めた。今から彼をペシャンコにしてプレゼントしてあげるよ。僕の渾身の芸術作品になるだろう」
「や、やめて! 正汰くんにもうこれ以上乱暴しないで! なんでそんな酷いことするの? おかしいよ!」
千尋は少し怯えながらもハッキリと言い切る。
その言葉に薬師寺はしばし呆気にとられていたが、「ふふふ、ふふふふ」と口角を上げて笑いだした。
「そうかそうか。どうやら君も僕とは馬が合わないらしいな。いいだろう。まずは君から殺そう。そうだそうしよう。いやでもなぁ、ただ殺すだけじゃつまらないから、彼の目の前でゆっくりといたぶって殺そう。さぞ綺麗な叫び声が聞けることだろうな。断末魔なんて……ふふふ、ふふふふ。あー楽しみだ。楽しみ過ぎるよ全く」
薬師寺は冷徹な笑みを浮かべながらゆっくりと千尋へと近づく。
千尋は二、三歩後ずさるが、それ以上は下がらなかった。よく見ると千尋の足がピクピクと小刻みに震えている。手は強く握りしめられており、必死に何かに堪えようとしている。おそらくは薬師寺から放たれる殺気だ。
『おい! 早く千尋を助けてやってくれ!』
「……」
『何してんだよ! 早くしないと千尋が殺、』
突如視点が切り替わり、金属音と、何かが壁に衝突するような音が聞こえた。
『一体何が……』
「未遂とはいえ、女子に対し殺気を向けるとは感心せんでござるなぁ。女は男を殺めてもいいでござるが、男が女子を殺めることはどんな訳があろうともしてはならん。常識でござろう?」
『あの一瞬に何が……っ!?』
パイプを右手に持ち、空いた左手を相手へ向け、姿勢は体を正面に向けるのではなく横にして中腰になっている、テニスのフォームに酷似している構え。
「君……一体何をした!」
「何簡単なこと。何も力を甚大に出来るのは
「何だと!? おい
薬師寺はぶつぶつと一人事の様に呟くと、ゆっくりと起き上がる。
そして、パイプを握りしめ、
「なら丁度いいじゃないか。同じこの力で打ち合う。それもまた面白い!」
「盛り上がってるとこ申し訳ないでござるが、この力はあと一度しか出せないのでござるよ。この身体にこれ以上負荷をかければ壊れてしまうでござるからな」
じりじりとお互いが詰め寄り、そして打ち合った。
薬師寺のシンプル且つ強力な斬撃は周りに砂埃が舞う程だった。だがそれを
「このままじゃ拉致があきませんよ」
「そろそろ決着をつけるでござるか?」
二人はニヤリと笑い、パイプを構える。
「正汰殿。申し訳ないでござる。完全憑依が解けた瞬間気絶する程に激痛が走ると思うでござる。それ程に正汰殿にただでさえ負荷をかけているにも関わらず、今からさらに、」
『ケンシロー! 今更何言ってんだ。俺のことは気にしないでさっさと倒して来いよ。今まで俺の身体気にして、本来の力抑えてきたんだろ? そんな気い遣わなくていいからさ。今は千尋を守ってやってくれよ。こればっかりは俺にはどうしよも出来ない』
この闘いが始まった辺りから、ケンシローがやりずらそうにしている感はあった。それは単に
「……分かったでござる。では。……自我流七奥義二ノ段……【弾圧斬】!」
それを待ってたとばかりに薬師寺が渾身の斬撃でもって相殺しようとする、が。
「ぐぬぬ! なんなんだこの力は!? 僕が、押し……負ける……!?」
薬師寺のパイプがぐにゃりと曲がり、
泡を吹き、眼鏡は粉々に砕け、整った顔立ちが台無しになっている。間違いなく気絶している。
よし。これで一見落着――
「っ!!!」
『やっぱりこうなるでござるか……』
全身を巨大な万力でプレスされた様な鈍くそして衝撃的な痛みが襲い、意識が遠のく。
戻った瞬間気絶かよ。千尋に声かけなきゃいけない……の……に……。
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